第30話 救えない同類
管理官たちは、町に入るなり動いた。
崩れた三軒の家を確認し、負傷者を記録し、被害範囲を地図に落とす。
感情の入る余地はない。
必要なのは、数字だけだ。
「……対応は、妥当」
隊の責任者が言った。
「町全体の崩壊を防いだ判断としては、正解です」
その言葉に、誰も喜ばなかった。
イリスは、俯いたまま立っている。
肩は小刻みに震え、指先は白くなるほど握りしめられていた。
「……でも」
責任者は、続ける。
「判断主体が、不明確だ」
視線が、イリスに向く。
「あなたが、決めたのですか」
イリスは、言葉を探す。
喉が、震える。
「……わ、私が」
小さな声。
責任者は、首を傾げる。
「あなたは、登録された管理者でも、神殿関係者でもない」
淡々とした事実確認。
「つまり――」
空気が、冷える。
「**無許可介入**です」
イリスの顔から、血の気が引いた。
「……待ってください」
一歩、前に出る。
「彼女は、判断を迫られた」
「放置すれば、町が崩れていた」
「理解しています」
責任者は、僕を見る。
「だからこそ、問題なのです」
言葉は、正しい。
「この判断を認めれば」
「同様の“独断介入”が、今後も起きる」
その通りだ。
正論だ。
「……私が」
イリスが、声を絞り出す。
「私が、悪いんです」
その言葉に、胸が痛む。
「……全部」
「私が、選んだ」
責任者は、少しだけ目を細めた。
「責任を引き受ける、と?」
イリスは、頷いた。
「はい」
その瞬間。
「……ダメだ」
思わず、口を開いていた。
全員が、こちらを見る。
「それは」
「君一人が、背負う話じゃない」
イリスは、驚いたように顔を上げる。
「でも……」
「でも、じゃない」
視線を、責任者に向ける。
「判断構造を作らずに」
「現場に丸投げしたのは、管理側だ」
一瞬、空気が張り詰めた。
責任者の目が、冷たく光る。
「それは、管理批判ですか」
「事実です」
退かない。
「彼女は、“決めなかった結果”を見せられた」
「だから、決めた」
「それを、罪にするなら」
言葉を区切る。
「**次に、誰も決めなくなる**」
沈黙。
住民たちが、息を詰めて見ている。
責任者は、しばらく考え――
「……処分は、保留」
そう言った。
「だが、彼女はこのまま自由にはできない」
視線が、イリスに向く。
「判断能力はあるが、制度がない」
「危険だ」
危険。
それは、否定できない。
「神殿へ、同行してもらう」
拘束ではない。
だが、自由でもない。
「……私」
イリスが、震える声で言う。
「行きます」
即答だった。
「……待って」
思わず、腕を掴みかけて、止める。
彼女は、こちらを見る。
「……逃げないって、決めたから」
その言葉が、胸を打つ。
これは、第26話で――
僕ができなかった選択だ。
「……分かりました」
それ以上、引き止められなかった。
管理官たちが、イリスを囲む。
彼女は、最後にこちらを振り返った。
「……あなたが、言ってた」
小さな声。
「一人で、背負わせないって」
喉が、詰まる。
「……でも」
彼女は、微かに笑った。
「一緒に、背負うって」
「こういうこと、なんですね」
そのまま、連れていかれる。
町には、静けさが戻った。
守られたものと、壊れたもの。
両方が、そこにある。
リアが、隣に立つ。
「……救えなかったわね」
「うん」
否定できない。
「でも」
遠ざかる隊列を見る。
「放ってはおけなかった」
それが、境界の限界だ。
全てを救えない。
同類ですら、守り切れない。
それでも、選ぶ。
逃げない。
その選択の先に、何が待っているのか。
まだ、分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
**境界は、優しい場所じゃない。**
そして、優しさだけでは、
誰も救えない。
その現実を、胸に刻みながら、
僕は、立ち尽くしていた。
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