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全属性適性ゼロと鑑定された俺、〈空欄〉のまま世界の仕様外で生きることにした 〜スキル欄が空白の俺は、なぜか全ての魔法と職業を条件無視で使えるらしい〜  作者: 空白 シオン


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第28話 決めないという力

 イリスは、町外れの崩れかけた建物に住んでいた。


 正確には、住んでいるというより「留まっている」。

 家具はなく、荷物も少ない。必要最低限だけが、壁際に寄せられている。


「……ここが、一番静かだから」


 彼女は、そう言った。


「歪みが近いと、みんな動くでしょ」

「でも、ここは……見て見ぬふりをされる」


 静けさの理由が、胸に刺さる。


 建物の床は、微妙に傾いている。

 だが、崩れるほどではない。

 “まだ大丈夫”のライン。


「……あなたが、止めてるの?」


 リアが、慎重に聞いた。


 イリスは、首を振る。


「止めてない」

「何もしないように、してるだけ」


 彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「私が何かをすると」

「必ず、誰かが選ばれる」


 視線が、床に落ちる。


「それが、嫌だった」


 胸の奥で、嫌な共鳴が起きた。


「……選ばないと」


 イリスは続ける。


「世界は、勝手に均される」

「ゆっくり、平らになる」


 その“平ら”が、破壊だということを、

 彼女はまだ、実感していない。


「……力は、あるんだね」


 僕が言うと、イリスは一瞬だけこちらを見る。


「……分からない」


 正直な答え。


「何かをしようとすると」

「胸が、苦しくなる」


 手を、胸に当てる。


「だから……しない」


 リアが、僕を見る。

 止めるな、という視線。


 これは、僕が向き合うべき問題だ。


「……イリス」


 彼女の名を、静かに呼ぶ。


「“何もしない”のも、選択だ」


 イリスは、眉をひそめる。


「違う」

「私は、選んでない」


「選んでる」


 はっきり言う。


「“決めない”って、決めてる」


 イリスは、言葉を失った。


「……それは」


「逃げじゃない」


 一歩、近づく。


「でも、力だ」

「世界に影響する、立派な力だ」


 彼女の肩が、わずかに震える。


「……そんなつもり、なかった」


「分かってる」


 だからこそ、厄介だ。


 外で、鈍い音がした。

 地面が、また一段沈んだ。


「……ほら」


 イリスが、焦ったように言う。


「まだ、大丈夫」

「誰も、傷ついてない」


 その瞬間。


 遠くで、悲鳴が上がった。


 短い。

 だが、はっきりと。


 胸の奥が、強く鳴る。


「……来た」


 リアが、身構える。


 建物を飛び出すと、通りの端で家屋の一部が崩れていた。

 瓦礫の下敷きになった老人。


「動くな!」


 住民が叫ぶ。


 イリスが、立ち尽くす。


「……違う」

「これは、まだ……」


「イリス!」


 声を強める。


「今、選ばないと」

「“誰かが勝手に選ばれる”」


 彼女の目が、揺れる。


「……でも」


「誰かを、選ぶんじゃない」


 一歩、踏み出す。


「**責任を、選ぶ**」


 その言葉が、彼女の中で何かを弾いた。


 イリスの周囲の空気が、微かに歪む。

 だが、暴走しない。


「……私が、動いたら」


 震える声。


「間違えるかもしれない」


「間違える」


 即答した。


「絶対に」


 リアが、息を呑む。


「でも」


 目を逸らさない。


「間違えた責任は、僕が一緒に背負う」


 イリスの呼吸が、荒くなる。


「……一緒に?」


「一人で、背負わせない」


 それが、境界の答えだ。


 イリスは、ゆっくりと手を伸ばした。


 地面に触れる。

 だが、力を流さない。


 ただ――**留める**。


 崩れかけた瓦礫が、そこで止まった。


 完全じゃない。

 でも、進行は止まった。


 老人が、息を吐く。


「……助かった」


 住民たちが、ざわめく。


 イリスは、その光景を呆然と見ていた。


「……私が」


 小さく呟く。


「選んだ……?」


「うん」


 頷く。


「初めて」


 イリスの目に、涙が溜まる。


「……怖い」


「当たり前だ」


 それでも、彼女は立っている。


 町は、まだ壊れかけている。

 問題は、何も終わっていない。


 だが。


 “決めない力”が、

 初めて“決める力”に変わった瞬間だった。


 境界は、才能じゃない。

 選択の、連鎖だ。


 それを、彼女は――

 今、知り始めている。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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