第25話 どちらが正しいのか
集落を離れてしばらく、誰も口を開かなかった。
馬車の軋む音と、遠くで鳴る風の音だけが続く。
成功だったのか。
失敗だったのか。
まだ、誰にも言えなかった。
「……ねえ」
沈黙を破ったのは、ミナだった。
「あなたは、怖くないんですか」
視線は前を向いたまま。
責める調子ではない。ただ、確認するように。
「さっきの判断」
続ける。
「正統解を混ぜれば、境界解の責任は曖昧になる」
「全部を管理に任せれば、あなたは責められなかった」
その通りだ。
「それでも、あなたは前に出た」
馬車が、少し揺れる。
「……怖いですよ」
正直に答えた。
「間違えたら、全部ひっくり返る」
「誰かが傷つく」
一瞬、言葉を切る。
「でも」
ミナが、こちらを見る。
「……全部を“正しい”で押し潰す方が、もっと怖い」
それは、反論じゃない。
感情だった。
「人が、何も分からないまま救われるのは」
「救いじゃない気がして」
ミナは、すぐに言葉を返さなかった。
「……私は」
やがて、低く言う。
「間違えないことを、選び続けてきました」
拳が、わずかに震えている。
「判断を早めれば、犠牲は減る」
「責任を明確にすれば、立ち直りは早い」
それが、彼女の正しさだ。
「あなたのやり方は」
視線が、揺れる。
「人に、考えさせる」
「迷わせる」
「うん」
否定しない。
「だから、嫌われる」
ミナは、苦く笑った。
「ええ」
「現に、嫌われています」
その言葉に、胸が詰まる。
「でも」
彼女は、続けた。
「今日の集落……」
「誰も、取り残された顔をしていなかった」
小さな声。
「それが、正しいのかどうか」
「私は、まだ分かりません」
馬車が、止まる。
休憩地点だった。
外に出ると、空は少し明るくなっていた。
雲の隙間から、細い光が差している。
セドリックが、少し離れた場所で立っていた。
こちらに気づき、近づいてくる。
「……報告は、終わりました」
「評価は?」
リアが、率直に聞く。
「保留です」
予想通りの答え。
「ですが」
セドリックは、続ける。
「境界解と正統解を“同時に成立させた”事実は、重い」
視線が、ミナに向く。
「彼女が否定しなかったことも、含めて」
ミナは、何も言わなかった。
否定できないからだ。
「どちらが正しいか」
セドリックは、静かに言う。
「それは、まだ決められません」
それでいい。
「ただし」
一歩、近づく。
「世界は、あなたの存在を“学び始めている”」
その言葉が、胸に残った。
正解ではない。
模範でもない。
だが、無視できない。
それが、今の立ち位置。
休憩が終わり、再び歩き出す。
リアが、横で小さく言った。
「……ねえ」
「ん?」
「どっちが正しいと思う?」
即答は、できなかった。
「……多分」
しばらく考えてから、答える。
「正しいかどうかじゃない」
「“誰が引き受けるか”なんだと思う」
ミナが、足を止めた。
「引き受ける?」
「うん」
振り返る。
「管理は、世界の責任を引き受ける」
「境界は、人の迷いを引き受ける」
どちらも、楽じゃない。
「……だから」
歩き出す。
「両方、必要なんだ」
空を見上げる。
雲はまだ厚い。
それでも、光は確かにある。
どちらかを切り捨てる話じゃない。
どちらかに逃げる話でもない。
正しさは、一つじゃない。
その事実を抱えたまま、前に進む。
境界に立つ者として――
いや。
**境界を越えて歩く者として。**
次の歪みは、もう待っている。
そして、次の選択も。
答えは、まだ先だ。
だが歩みは、止まらなかった。
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