第23話 再評価の天秤
翌日、空は重く曇っていた。
管理区域の天候制御は安定しているはずだが、今日は微妙に外れている。
雲の流れが、予定より遅い。
「……天気まで、迷ってるみたいね」
リアの皮肉に、笑えなかった。
神殿本部からの呼び出しは、朝一番だった。
小会議室ではなく、上階の観測室。
ガラス張りの壁。
外には、街全体を見渡せる位置。
「こちらへ」
セドリックは、すでに待っていた。
今日は記録官がいない。
それだけで、空気が変わる。
「……単刀直入に言います」
彼は、窓の外を見ながら口を開いた。
「あなたの評価を、見直しています」
胸の奥が、わずかに鳴る。
「補助扱い、でしたよね」
「ええ。昨日までは」
昨日まで、という言い方。
「境界介入は、不完全」
「責任の所在が曖昧」
「第一選択にはなり得ない」
復唱するように語り、それから――
「ですが」
振り返る。
「**管理による完全封印より、住民の心理負荷が低い**」
意外な角度だった。
「……心理負荷?」
「完全封印は、“何も起きなかった”ように処理します」
「しかし人は、違和感を覚える」
ガラス越しに、街を指す。
「何かを奪われた感覚」
「説明されない不安」
確かに。
管理は、正しいが、冷たい。
「あなたの介入は」
セドリックは、言葉を選ぶ。
「**問題が残る**」
「だが、その分、“理解できる形”で残る」
初めて、肯定に近い言葉だった。
「……それは」
「評価しづらい」
即答。
「数字にしにくい」
「再現性も低い」
だが――
「無視も、できない」
その一言が、重かった。
リアが、静かに口を挟む。
「つまり?」
「天秤にかけています」
セドリックは、正直に言った。
「完全な安定」
「不完全だが、人が納得できる回復」
「どちらが、世界にとって得か」
世界にとって。
人ではなく。
「……結論は?」
「まだです」
きっぱりと。
「だから、次の案件を用意しました」
机の上に、地図が広げられる。
管理区域の外縁。
境界線ギリギリの集落。
「ここは」
リアが、眉をひそめる。
「……条件が、混ざってる」
「ええ」
セドリックが頷く。
「管理下だが、境界の影響を受けやすい」
「これまで、処理方法が定まらなかった場所です」
嫌な予感がした。
「ここで、あなたが介入した場合」
「結果次第で、評価が決まる」
試験だ。
しかも、はっきりとした。
「成功すれば?」
「境界介入を、正式な選択肢として検討します」
失敗すれば。
聞かなくても、分かる。
「……断ることは?」
「可能です」
即答。
「ただし、その場合」
「評価は“安定重視”に傾きます」
事実上の、拒否権なし。
リアが、こちらを見る。
不安と、信頼が混ざった目。
深く、息を吸う。
「……受けます」
逃げる理由は、もうなかった。
セドリックは、短く頷いた。
「では、準備を」
「今回は……見届け人を付けます」
「見届け人?」
「ええ」
扉が開く。
そこに立っていたのは――
「……久しぶりですね」
ミナだった。
制服姿。
表情は、以前より引き締まっている。
「監査官としてではなく」
「**立会人**として来ました」
視線が、真っ直ぐにこちらを射抜く。
逃げ場は、完全になくなった。
境界か。
管理か。
その二択を、現場で突きつけられる。
曇天の向こうで、雷が小さく鳴った。
天秤は、すでに揺れている。
そして次の一手が――
どちらに傾くかを決めることになる。
その重さを、ようやく実感し始めていた。
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