第15話 距離を置くという選択
ギルドに戻ると、空気はさらに重くなっていた。
視線が、露骨に避けられる。
囁きは小さいが、確実にそこにある。
「……噂、広がってるわね」
リアが、苦い顔で言った。
「“近くにいると不運が起きる”“関わった場所が壊れる”】【条件外の呪い】なんて言い方もされてる」
胸の奥が、じくりと痛む。
かつて無能と呼ばれた時とは、質の違う痛みだった。
「否定、しないんですか」
「できないわ」
リアは即答した。
「完全な嘘じゃないから」
事実が、いちばん人を傷つける。
ギルドマスターのドグラスは、執務室で一人、腕を組んでいた。
「……状況は聞いた」
短い言葉。
「神殿は、表向き静観」
「だが内部では、意見が割れてる」
それは、予想していた。
「アレン」
ドグラスは、まっすぐこちらを見る。
「お前を切り捨てる気はねぇ」
「だが、このままギルドに置くのは危険だ」
胸が、静かに沈んだ。
「……分かってます」
「違う」
ドグラスは、首を振った。
「これは、罰じゃねぇ」
机の上に、一枚の地図を広げる。
「**距離を置け**」
その言葉は、思ったより重くなかった。
「しばらく、表の依頼から外れる」
「ギルドの名も、使わない」
半ば、追放に近い。
でも――
「神殿にも、管理者にも」
「“近くにいない”という事実を見せるためだ」
なるほど。
存在を消すのではなく、距離を取る。
「……どこへ?」
「国境沿い」
「条件の薄い土地だ」
管理が行き届かず、異常が表に出にくい場所。
「独り、ですか」
問いかけると、ドグラスは鼻で笑った。
「馬鹿言え」
視線が、リアに向く。
「鑑定士が一人で放り出すわけねぇだろ」
リアは、肩をすくめた。
「……仕方ないわね」
その言葉に、少しだけ救われた。
準備は、早かった。
最低限の装備。
身分を示すものは、持たない。
夜明け前。
ギルドの裏門。
「……行くわよ」
リアが、淡々と言う。
振り返ると、そこには誰もいない。
見送りは、なかった。
それでいい。
門を出る直前、足が止まる。
「……レオンには?」
「伝えてない」
リアは、短く答えた。
「あなたの選択だから」
頷き、門をくぐる。
街の灯りが、背後で遠ざかる。
土の道を踏みしめ、夜明けの気配を感じながら歩く。
振り返らない。
これは、逃走じゃない。
隔離でも、追放でもない。
**選択**だ。
近づけば壊れる。
離れれば救えない。
だから、その中間を選ぶ。
誰にも守られず、
誰も守らず、
それでも――
境界に、立ち続けるために。
東の空が、白み始めた。
新しい土地。
新しい条件。
新しい距離。
世界は、まだ僕を手放していない。
そして僕も――
世界を、手放さないつもりだった。
その決意だけが、足取りを前に進めていた。
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