第11話 正しさの監査官
その日、ギルドに現れた一団は、ひどく整然としていた。
白を基調とした外套。胸元には神殿の紋章。
だが、騎士団特有の威圧感はない。あるのは、無駄のない動きと、冷えた空気だけだった。
「……来たわね」
リアが、小さく呟く。
視線の先。
一団の先頭に立つ女性が、まっすぐこちらを見ていた。
年は二十代前半。
長い銀髪を一つに束ね、無駄な装飾のない軽装鎧を着ている。
剣は抜かれていない。だが、姿勢に隙はなかった。
彼女は、ギルドの中央で足を止める。
「神殿監査官補佐、ミナ・ルクレールです」
よく通る声。
怒気も、侮蔑もない。ただ、事務的な響き。
「本日より数日間、当ギルドおよび関係者への聞き取り調査を行います」
ざわり、と空気が揺れた。
監査官。
それは、神殿が“本気で介入する”という合図だ。
「対象は、最近発生した――」
ミナの視線が、まっすぐ僕を射抜く。
「**鑑定不能事案および、観測対象Aに関連する人物**」
心臓が、一拍遅れて強く打った。
リアが、静かに前に出る。
「質問なら、私が受けるわ」
「いいえ」
ミナは、即座に首を振った。
「当事者本人に聞きます」
周囲の視線が、一斉に集まる。
居心地の悪さは、久しぶりだった。
でも、不思議と逃げたい気持ちはなかった。
「……僕ですか」
「はい」
ミナは、一歩近づく。
距離は、剣が届くほどではない。だが、心理的には十分すぎるほど近い。
「あなたが、アレン・グレイですね」
「そうです」
「元・勇者パーティ所属。現在はギルド鑑定士補助」
事実だけを、淡々と並べる。
「そして、複数の“条件逸脱事象”の発生地点に居合わせている」
逸脱。
その言葉に、胸が僅かに軋んだ。
「……偶然です」
「偶然は、一度までです」
即答だった。
ミナの目には、感情がほとんど映っていない。
ただ、“正しさ”だけがある。
「地下水路」
「制限区域」
「街道封鎖事案」
彼女は、指を一本ずつ折りながら続ける。
「いずれも、あなたが現場にいた」
「いずれも、原因不明の沈静化が起きている」
間違ってはいない。
けれど、それは――
「僕は、被害を減らそうとしただけです」
言葉が、思ったより強く出た。
「何もしなければ、もっと酷くなっていた」
「その可能性は、否定しません」
ミナは、あっさり認めた。
それが、逆に怖かった。
「ですが」
一歩、さらに近づく。
「**あなたが関与した地点では、世界条件の安定度が低下しています**」
ざわり、と空気が震えた。
「……それは」
リアが口を挟もうとするが、ミナは視線だけで制した。
「測定データがあります」
彼女は、携えていた薄い水晶板を掲げる。
そこに、細かな数値と図表が浮かび上がった。
「魔法成功率の揺らぎ」
「鑑定精度の低下」
「局所的な条件遅延」
数字は、嘘をつかない。
「あなたがいることで」
ミナは、はっきりと言った。
「世界は、正しく動かなくなる」
その言葉が、胸の奥に突き刺さった。
正しい。
条件どおり。
安定している。
それが、この世界の価値基準。
「……だから、排除するんですか」
問いは、静かだった。
「いいえ」
ミナは、即答する。
「現時点では、そこまでの判断はしていません」
少し、間を置く。
「ただし」
視線が、逸れない。
「このまま活動を続ければ、いずれ選択を迫られる」
「選択……」
「管理下に入るか」
「行動を制限されるか」
「それでも従わないなら――」
言葉を、続けなかった。
でも、十分だった。
「あなたは、悪人ではない」
ミナの声は、最後まで平坦だった。
「むしろ、善意で動いている」
「だからこそ、厄介です」
善意。
それが、否定される理由になるなんて。
「あなた一人を守るために」
「多くの人間が、不安定な世界で生きることになる」
その論理は、揺るがない。
僕は、何も言えなかった。
リアが、強く唇を噛んでいるのが見えた。
「……以上です」
ミナは、一歩下がる。
「本日から数日、あなたの行動を監査します」
「依頼は制限」
「単独行動は禁止」
それは、宣告だった。
「反論は?」
問われて、初めて気づく。
――ない。
数字は正しい。
被害は、現実だ。
僕が“原因”である可能性は、否定できない。
「……ありません」
絞り出すように答えた。
ミナは、わずかに頷いた。
「ご協力に感謝します」
その言葉は、皮肉でも脅しでもなかった。
本当に、そう言っているだけだった。
彼女は踵を返し、一団とともにギルドを後にする。
扉が閉まったあと。
重い沈黙が落ちた。
「……ひどい」
リアが、低く言った。
「全部、正論だ」
僕は、笑おうとして――やめた。
胸の奥にあるのは、怒りでも悲しみでもない。
納得してしまった、自分自身への戸惑いだった。
「アレン」
リアが、こちらを見る。
「あなたは、間違ってない」
「……でも」
言葉が、続かない。
助ければ、歪む。
何もしなければ、誰かが傷つく。
どちらも、正しい。
どちらも、間違っている。
ミナ・ルクレールは、敵じゃない。
むしろ――この世界の“正解”だ。
だからこそ。
その正しさに、押し潰されそうになっていた。
僕は、拳を握りしめた。
選ばなければならない時が、近づいている。
逃げ場のない、選択を。




