59 最後の手
「バカめ! その攻撃は絶対に止められんぞ!」
すでに勝ちを確信したのか、ヴァルドは余裕の笑みで高みの見物を決めこむ。
「ぐああああぁっ!」
対して地上のゼロは必死に巨大な魔法球を押し返す。しかし魔法球の勢いは止まらない。すでに腰まで地面に埋まっている少年の足元がさらに崩れる。少年の全身が一瞬にして大地に埋まってしまう。少年は大魔法と大地とに挟まれて完全に姿を消した。
「ゼローーーーーー!」
アルルの叫びが、ゼロの消えた荒野に響き渡った。
「これでルクトルクも終わりだ」
魔法球が大地を削って埋まっていく。すでに半球ほどが大地に埋まろうとしていた。その全体が大地に埋まった時、このルクトルクの地は終わりを迎える。
誰もが固唾をのんで見守る。誰も声を出そうとしない。出すこともできなかったのかもしれない。
ゼロはついに地中にまで追い込まれた。もはや地上の光は届かず、仲間の声も聞こえない。ここは暗闇の世界だった。暗闇の中は静かで、こんな時だというのにゼロは妙な安らぎを覚えた。体中が軋み、全身は今にもばらばらになってしまいそうだった。だというのにゼロの心は落ち着いていた。ゼロ自身も不思議だった。なぜ自分はここまで落ち着いているのか。そして、なぜここまでの力が湧き上がってくるのか。闇の中でゼロは全身から力が湧き上がってきたのだ。
その時、魔法球が止まる。いや、止まっただけではない。大地に埋まっていた魔法が、押し返されはじめたのだ。
「なに……」
「はあーーーーーーーーーーーーっ!」
地面の下からゼロの叫びが聞こえる。
ここでこの魔法を落とさせたらこの地が滅んでしまう。ゼロはすべての力を使って、魔法を押し返した。魔法球が大地から浮かび上がる。暗闇の世界に光が差し込む。そのタイミングで、ゼロが一段と両腕に力を込めてた。魔法球がゼロの手を離れて、上空に上昇を始めた。
「バカな!」
跳ね返された魔法球は、圧倒的スピードで空中にいるヴァルドへ向かっていく。その軌道は完全にヴァルドを捉えている。
魔法球がぶつかる直前、ヴァルドは体をそらして魔法の軌道から逃げる。ヴァルドをかすめた魔法が、天へと飛んでいく。
「ぬう!」
ヴァルドが魔法球に振り返る。
球体は、はるか上空でひときわ強く光り輝くと、そのまま天の彼方へと消えていった。
「……チィッ!」
自らの放った魔法の最期を見届けた邪神は、ゼロに振り向くと舌打ちをした。
半球状に削れた大地の中央にゼロが立っている。
「はあ……はあ……」
ゼロの全身を強い疲労が襲う。少年は肩を上下させて息を切らせていた。大魔法を跳ね返したことでかなりの体力を消耗してしまっていた。
「たかが人間に、なぜこれほどの力が……」
邪神はつぶやくと、いぶかし気な表情のまま、大地へと飛んでいく。巨体が地上に降り立つと、その重量を受けた地面が大きく揺れる。ヴァルドはクレーターの淵から、その下にいるゼロを見下ろした。
「はあ……はあ……はあ……はあ……」
ゼロの疲労は、相当に激しかった。いまだ息が整わず、全身には強烈は疲労感がある。これ以上の戦闘を続けることも困難なレベルだった。
「貴様、ただの人間ではないな。何者だ」
ヴァルドがゼロに問いかけた。
「俺は勇者だ」
「……勇者、か。……クックック。はっはっは!」
ゼロの返答を受けて、邪神は豪快に笑う。
「その言葉、あながちウソとも言い切れんな。まさかこの我とまともに戦える人間にめぐり合えるとは」
ヴァルドは感心したように言うと続ける。
「勇者よ。我と組まぬか。我らが手を組めば、世界の支配などたやすい」
「いやだね」
「では貴様の望みはなんだ? ……まさかこのヴァルドを倒して世界を救うなどと言うつもりではあるまいな」
「今からそうなる」
「ハッハッハ!」
邪神は再び大声で笑った。そしてひとしきり笑うと、ピタリと笑いを止め、拳を震わせた。
「人間風情がーーーーーーーーーッ!」
激昂した邪神が、穴の底にいるゼロに飛びかかる。
「――くっ!」
ゼロはすかさず対応の構えを取ろうとしたものの、疲労が激しくうまく体を動かせない。
そんなことなどお構いなしに、邪神がゼロ目がけて拳を振り抜く。黒い拳がゼロのボディにクリーンヒットする。少年が上空に投げ出された。
「うわあああーーーーー!」
穴の底から投げ出されたゼロは、背後にいた仲間たちの元まで吹っ飛ばされた。
「ゼロ!」
ラトナが倒れたゼロに駆け寄る。そして倒れたゼロの体をゆすって呼びかける。しかし少年は反応しない。顔を歪めて倒れ込んだまま身動きが取れない。
ラトナたちの目の前の穴から、二本の角が生えた。邪神が穴を上ってこちらに向かってきていた。
(こ、このままではゼロが……)
頼みの綱のゼロが倒れた今、もはや勝利は絶望的。邪神とまともに戦える戦士はもう残っていない。しかし唯一残された希望もある。それはラトナの指にある死のリングだ。リングの魔法は、唯一邪神にダメージを与えることに成功している。もう一度発動すれば邪神を倒せる可能性があった。邪神が向かってくる。もはや悩んでいる時間は無かった。
ラトナの指で死のリングが光る。
「よせ、ラトナ! 命のイヤリングは、もうないんだぞ!」
ラトナの指で輝く死のリングを見て、ルドラが王女を制止する。
「ム!」
前方から向ってくるヴァルドも指輪の輝きに気づいたらしく、穴を上がり切ったところで足を止めた。
「指輪よ……」
ラトナが指輪を発動するべく、そうつぶやいたときだった。倒れていたゼロがラトナの足元でおもむろに体を起こした。
立ち上がったゼロは、ラトナの指で輝く指輪を手で押さえる。
「ゼロ?」
「はあ……はあ……」
ゼロがラトナの指から指輪を抜きとる。
そして指先につまんだリングをクシャッとつぶした。
「な、何をするのです!」
突然のゼロの暴挙。ラトナは声を荒げて抗議する。
「指輪無しでは邪神に勝てないのですよ!」
「……勇者は負けない」
「ゼロ……!」
ゼロは気の早いお姫様にそう言うと、つぶれたリングをズボンのポケットにしまう。そして振り返ってヴァルドと向かい合う。
「クゥ! ゼロを回復してあげて!」
後方でアルルが叫んだ。
「わかったぞ!」
そう言って世界樹の杖を握ったクゥがゼロに駆け寄ろうとする。と。
「邪魔をするなーーーーーーーーー!」
ヴァルドが腕を振り上げる。同時、発生した強風が、ゼロを除く仲間たちを一斉に吹き飛ばす。
「うわああああっ!」
叫びながらクゥが後方へと吹き飛ばされていく。
六人の仲間たちは大神殿の前まで飛ばされてしまった。
「はあ……はあ……」
ゼロの足元がふらつく。片足を一歩踏み出して、何とか踏みとどまる。
(ゼ、ゼロの疲労が激しい……)
ゼロを見守るサーニャの表情は厳しい。ゼロにいつものような余裕がまるでない。
「さっきまでの威勢はどうした?」
邪神の挑発にゼロは何も返せない。
「所詮は人間。このヴァルドに敵うはずがなかったのだ。……今、楽にしてやる」
その時、ゼロが片手をまっすぐ伸ばして構える。
(あの構えは! つ、使うのねゼロ!)




