60 死闘
「……なんのマネだ?」
腕を突き出して息を切らしているゼロを、邪神は訝し気に睨みつける。少年の疲労、そしてダメージが甚大なことは明らかで、この状態から大それた攻撃など、とてもできそうにない。……普通ならそう考えるだろう。しかしヴァルドは違う。瞳の奥に警戒の色を宿し、ゼロの動向に注意を払っている。
(何か企んでいるな……)
ゼロの目の前がかすむ。少年の足元がふらついた。
(……ダメージがひどい。体がうまく動かせない……。早く決めないとまずいぞ……!)
険しい顔のサーニャが親指を噛む。
(お願い、これで決まって! もし勇者の剣でも倒せなかったら、もう打つ手がないわよ!)
「……来い」
ヴァルドは仁王立ちの構えを取る。ゼロの攻撃を受けて立つつもりだ。
ゼロは体力の限界を感じていた。自分に残された体力が、もう残り少ないことを実感していた。これが最後のチャンスだった。
少年が息を整える。最高の一撃を放つために、コンディションを整える。絶対にミスはできない。ゼロは全身の神経を右手に集中する。この一撃に世界の命運がかかっているのだ。
そしてついに、その時がやってきた。
「はあーーーーーーーーーー!」
ゼロが勇者の剣を発動する。少年の手のひらから巨大な剣先が現れる。鈍く銀色に輝く剣が、斜め上方に向かって一気に伸びていく。巨大な剣は邪神に影を落としてその姿を闇の中に包み込んでいく。剣の大きさは、巨躯の邪神を遥かにしのいでいた。
上空を見上げた邪神が表情を崩す。その顔は驚愕に染まっている。
「――! なんだ、これは!」
剣の勢いは止まらない。規格外なサイズの刀身が現れ、次いで柄が現れたところで、ゼロは柄の下端を右手で握り。
「勇者の剣!」
同時、ゼロが勇者の剣を振り下ろす。
落下する剣を目でとらえると、邪神はすぐさま上方に身構えなおした。そして迫り来る大剣に片腕を伸ばす。
「かあーーーーーーーーーッ!」
ヴァルドが勇者の剣を片手で受け止める。
「なにっ!?」
ありえない。勇者の剣を止めるような相手がこの世界に存在するなんて。これまでの戦いで勇者の剣を止めて見せた相手など一人たりとて存在しない。しかもこの邪神は片手で止めて見せた。ありえないことだった。ゼロの内心で急激に焦りが膨らむ。
「嘘でしょ!? 勇者の剣を受け止めるなんて!」
サーニャが髪を振り乱す。少女は目に見えて取り乱していた。
しかし剣を止められたとて、ここで止まるわけにはいかない。ゼロ最強のこの武器で押し切る以外の道は無いのだ。ゼロはもう一方の手も柄に添えると、両手で勇者の剣を振り下ろす。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
剣の激しい圧力で、邪神の足元が大地に埋まった。
邪神も、もう一方の腕を上げて、両腕で剣にあらがう。
「があああああああああああああッ!」
しかし剣の方が強い。足元が大地に埋まっている邪神の体が、さらに沈み込んでいく。その全身はついに腰までが地の下に埋まってしまった。
「い、いけるわ!」
サーニャの声にわずかばかりの希望が戻る。
その時、邪神の目が赤く光る。
「カーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
邪神の全身から、黒い魔力が噴き出す。
「図に、乗るなーーーーーーーーーッ!」
剣が押し返される。大地に沈んでいた巨大な刀身が、徐々にではあるが持ち上げられていく。勇者の剣が押し返され始めた。
「なに!?」
ありえないヴァルドのパワーに、ゼロの顔がゆがむ。
「くっ……!」
ゼロが全身に力をためる。これが正真正銘、最後の力だった。ゼロは残された力の一滴も残さず、この一撃にすべてを賭けた。
(これが最後の力だ。頼む! これで決まってくれ!)
ゼロが力を一気に解放させた。
「はあーーーーーーーーーーーーーーッ!」
フルパワーの勇者の剣が再び邪神を押していく。
「ぐあああああああああ!」
邪神がうめく。その巨躯が大地に埋まっていく。
「こ、このヴァルドが……。人間ごときに負けるかーーーー!」
ヴァルドを包む黒い魔力が、勇者の剣を侵食していく。
「な、何だ!?」
突然の現象に、ゼロは思考の処理が追いつかない。勇者の剣が、邪神の魔力で黒く染まっていく。
「邪神の魔力が剣を蝕んでいく!」
後方でラトナが叫ぶ。
黒い魔力が、勇者の剣を完全に包み込んでしまった。
「かああああーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
ヴァルドが絶叫する。黒い腕が剣を押しつぶしていく。勇者の剣の表面がいびつに変形していく。
直後、勇者の剣が消し飛んだ。
「なんだと!?」
超巨大な剣が一瞬にして消えてしまった。目の前の現実に理解が追いつかず、ゼロが言葉を失う。
「バ、バカな……。ゆ、勇者の剣が効かないなんて……」
後方でサーニャが震える声を漏らす。少女はガックリと、ひざを落とした。その全身から完全に力が抜けていく。
ゼロが大地に膝をつく。完全に体力を使い果たしてしまった。
邪神がこちらに向かって歩いてくる。赤く輝く瞳と目が合った。
ゼロは、そのまま前のめりに倒れ込み、意識を失った。
「ゼロ!」
ラトナの悲痛な声が無機質な荒野に響いた。
「グオオォォ……」
地獄の底から湧き上がるような低いうなり声。聞くものを震え上がらせる声を上げながら、邪神がゼロの元に歩いてくる。少年の元にたどり着くまで、そう時間はかからなかった。
赤い瞳が、倒れた少年を見下ろした。
その時、ヴァルドがひときわ大きな咆哮を上げた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「ま、まずいわよ! ゼロはもう戦えない!」
ゼロは倒れた。残された六人で目の前の邪神を何とかしなくてはいけない。絶体絶命の状況にサーニャたちは追い込まれた。
ヴァルドンの全身が黒い煙に包まれていく。と、次の瞬間。その全身が激しく爆発を起こした。
黒い煙が周囲に巻き散らかされ、すさまじい風が吹きすさぶ。
「きゃああああああああ!」
爆風にさらされたアルルが、その場にしゃがみこんで、暴風に耐える。
意識を失ったゼロが暴風に煽られて大神殿の方へ吹き飛ばされる。
「――!」
とっさに立ち上がったグレンが、無防備な少年を受け止める。そして暴風にゼロが吹き飛ばされないように少年をかばうように身を伏せた。
どれだけ経っただろう。暴風はいつの間にかおさまっていた。
すると空を覆っていた黒い雲が晴れていく。雲の隙間から光が差し、大地をあたたかなぬくもりで包み込む。
「ば、爆発した……」
伏せていたサーニャが呆然としながら体を起こす。
邪神の姿はすでにそこには無かった。
「力を使い果たしたのだ」
ルドラの口調は穏やかだった。
「か、勝ったのか!?」
クゥの問いにルドラは深くうなずく。
「や……。やったあ!」
アルルが明るい顔を浮かべると、身軽な動きで立ち上がる。
「すっげえ!」
大きな杖を天に掲げて、クゥが喜びをあらわにする。
「はっ! ゼ、ゼロは?」
我に返ったアルルが、ゼロの姿を荒野に探す。少年はグレンの隣で、大地に座っていた。
彼は疲労困憊の笑顔を仲間たちに向けていた。
「ゼロ―ーーーーーーー!」
アルルがゼロに飛びつく。
すると少年は、そのまま倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫、ゼロ?」
驚いて離れるアルル。
ゼロは透き通るブルーの瞳で空を見上げながら。
「……疲れた」
ぽつりとつぶやいた。その声は弱々しく、少年に残された力がみじんも残っていないことがうかがえた。正真正銘ゼロはすべての力を使い果たしていた。
「ヒール!」
クゥの声が大地に響いた。
するとゼロの傷が見る見るうちに回復していく。
倒れたゼロが気持ちよさそうに目を閉じる。そして目を閉じたまま。
「サンキュー、クゥ」
ヒーラーに感謝を告げる少年。その声には幾分か元気が戻る。とは言えヒールでは体力までは回復しないので、疲労感はすごい。
「いいってことよ」
クゥは腕を組んでニヤリと笑う。ヒーラーは得意げだ。
暖かい光がゼロたちを包む。さわやかな風が通り抜けた。
「ゼロ」
ラトナがゼロに声をかけた。
少年は目を開けると体を起こす。大地を両手で押し、両膝に手をつきながら立ち上がる。
「終わったな」
「ええ」
ゼロはポケットの中から死のリングを取り出すと、ラトナに差し出した。王女が手を広げる。ゼロは少女の手にリングを乗せた。つぶれた指輪がラトナの手で横たわっている。
ラトナは手の中の壊れたリングを見つめて微笑む。
「切り札が無くなってしまいました」
しかしそれを使う相手ももういない。邪神は滅びたのだ。
「困ったら俺を呼べよ。すぐに来るから」
邪神はもういない。しかしもしもラトナたちが困ったとき、ゼロは彼女たちを迷わず助けるだろう。
「ゼロ……」
邪神は滅びた。勇者ゼロの手によって。
ルクトルクの大地に平和が訪れたのだ。




