表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/61

56 死のリング


 邪神が指先に再び魔力をためはじめる。


 この怪物の魔力は底なしか。強大な魔力を放ち続けているというのに、魔力の衰えが一切見られない。どんな魔法の熟練者であっても魔力は無尽蔵ではない。必ずどこかで限界が来るのだ。放つ魔法が強ければ強いほど魔力の枯渇は早く訪れる。邪神は絶大な威力の魔法を放ち続けているというのに、その魔力には一切の衰えが見られない。邪神とて不死身の存在ではないはず。だというのにそのあまりに理不尽な強さに、そんなバカげた考えが頭をもたげてしまう。


 高密度の魔力がヴァルドの指から飛び出した。魔力が黒い線を描き、一直線に少女へ襲いかかる。


 ラトナが全身の魔力を一気に高める。金色の髪が逆立ち、ふわりと浮かび上がる。


「はああああああっ!」


 先端のとがった氷の塊が、姫の両手から飛び出し、直進してくる黒い魔力と激突する。魔法同士がぶつかり合い、周囲に激しく火花が散った。ヴァルドの放った魔法が進路を阻まれて動きを止める。――かと思ったのもつかの間、氷が一瞬にして蒸発する。


「なっ――」


 自由を取り戻した黒い光が少女に直撃した。華奢きゃしゃな体が宙に投げ出される。


 ラトナの前方、石柱に背中をあずけたグレンの顔に、一気に緊張が走る。


(い、いかん!)


 邪神の魔法をまともに食らったラトナは、宙を飛ばされると、ルドラの数メートル前方に背中から落下した。その全身が、ヒモの切れたマリオネットのように完全に脱力する。


「クックック。ハッハッハ!」


 邪神が腹の底から愉快そうに笑う。


「これでルクトルクの血も途絶えた! このヴァルドが世界の新たな支配者となるのだ!」


 はるか太古、ルクトルクの一族によって封印されたヴァルドにとって、その末裔であるラトナは滅ぼすべき憎き相手。そんな彼女を葬ったことで、邪神はついに長き因縁の糸から解放されたのだ。これほど愉快なことも無いだろう。


 黒獣が、ひとしきり笑い終えたあたりで、倒れているラトナの指先がピクリと動く。


「う……」


 ラトナが奇跡的に意識を取り戻す。全身に激痛が走り、体はまるで自分のものではなくなってしまったかのように重い。ダメージがひどい。立ち上がりたいのに、体がまったくいうことをきかない。


「ほう。まだ生きているか」


 邪神は、感心したような、あるいは、少女のしぶとさにあきれたような、そんな声を漏らした。


 ラトナが体に力をめる。なんとか、片手だけは動かせた。腕を自身の胸の前に運ぶ。意識がぼやける。精神の集中が難しい。そんな最悪なコンディションの中、ラトナは精神を集中させて、全身に残った魔力を手のひらに集める。集まった光が、手を中心にして全身に広がっていく。それとともに、ラトナの全身に走っていた痛みがいくらかやわらいでいく。王女は回復魔法によって自身のキズを回復させることに成功する。しかし受けたダメージが大きすぎる。完全回復には遠く及ばない。だけど全身にいくらか力が戻ってくる。まだぼんやりとする意識の中、ラトナは、なんとか立ち上がる。


「うっ……」


 少女の足元がふらつく。ダメージと疲労がひどく、ラトナは今にも倒れ込んでしまいそうだった。


 ヴァルドは、立ち上がった相手に冷ややかな視線を送る。


「しぶといな」


 ヴァルドは何かをひらめいたように口元を吊り上げる。


「よし、まずは貴様たち三人を跡形もなく消し去ってやろう。その後に王国の住人を根絶ねだやしにしてくれる」


 その言葉に、王女の遠のきかけていた意識が一気に戻ってくる。


「待ちなさい」


 少女の声には、いささかの力強さが戻っていた。


 ヴァルドの両目に、わずかに力がこもる。


「あなたの狙いは私でしょう。私だけを殺しなさい」


 ラトナの言葉に、邪神は、しばし黙ると。


「……人間風情が」


 邪神の声から、苛立いらだちがにじむ。すさまじい殺気だった。それは今までの殺意がかわいく思えるほどの本物の殺意。


 その声を聞いた途端、ラトナは背筋が凍り付いた。そして自分でも気づかないうちに一歩、退しりぞいていた。


「誰に口を聞いている。身の程をわきまえよ」


 苛立ちを隠さぬ顔で言い放った後、ヴァルドが全身に力を込める。


「はーーーーーーーーッ!」


 邪神の全身から黒いオーラが立ち込める。ヴァルドの肉体が、今までとは比較にならないほどの魔力で覆われていく。ただでさえ異常だった魔力が、一段と強さを増していく。


「くっ!」


 風が吹きすさび、ラトナの髪が激しく乱れる。


「な、なんてこと……」


 それは圧倒的な魔力の圧。尋常ならざる魔力に押し返される。その場に立っていることさえ困難になり、ラトナは体勢を低くして、なんとかその場に踏みとどまる。しかしこれでは、ただこの場所にいるだけで体力が失われていく。


 ラトナの後ろで、うつぶせに倒れているルドラの指先が、かすかに動く。


「う……」


 ルドラが倒れたまま顔を上げる。視線の先には、今までよりもはるかに強い魔力をまとった邪神がいる。


「クックック。まとめてあの世に送ってやる」


 ヴァルドが片腕を顔の前にかかげる。その手に、うずを巻くように魔力が集まっていく。闇よりも黒い魔力の球体が、ヴァルドの手中に出現する。それは今までの魔法よりもはるかに強力な魔力の塊。


(な、なんてこと! 今までは本気じゃなかったというの!?)


 暴力的なまでの魔力に、ラトナが目を見開いて動揺する。


(こ、このままではルドラとグレンまで……)


 ルドラとグレンにはもはや戦う力が残されていない。


 この数年間、ラトナは多くの時間を二人と共に過ごした。


 グレンとは物心ついた時からの仲だ。歳がちょうど十歳離れている彼を、ラトナは兄のようにしたった。特に幼いときは、よくわがままを言って困らせたものだ。そんな少女に対してグレンは、時には小言を言って、たしなめつつも、なんだかんだラトナと行動を共にして近くで少女を守っていた。普段は仏頂面ぶっちょうづらの彼だが、意外にも面倒見のよいところがあった。ラトナに剣を教えたのも彼だった。


 ラトナに魔法を教えたのはルドラだ。


 魔族である彼女は、魔法の扱いに長けていた。圧倒的な魔法の腕を持つ彼女は、ラトナの魔法の師匠としても優秀だった。彼女の元でラトナはメキメキと腕を上げ、一流の魔法使いへと成長した。


 あまり弱音を吐かないラトナではあるものの、時にはルドラに悩みを打ち明けることもあった。長命なルドラは、その度に、ラトナには無い知見を与えてくれた。ラトナにとってルドラは、魔法の師であると同時に人生の師でもあった。そして家族のような存在でもある。


 今、三人の命は終わろうとしていた。


(……させはしない! この命に代えても……)


 ラトナ姫に左手で死のリングが不吉な輝きを放つ。この指輪の力があれば、次こそはヴァルドにとどめを刺せるはず。失われる命を三つから一つに減らせる。


(ルドラ……グレン……)


 こんな時だというのにラトナの心は不思議と穏やかだった。これで邪神との因縁に幕を下ろせる。もう誰かが悲しむことは無くなるのだ。大切な二人の仲間を守れる。幕切れとしては悪くない。そんなふうに感じていたのかもしれない。


「ありがとう」


 ラトナの瞳から、涙が流れた。


 グレンの目が見開かれる。


 倒れたルドラが、ラトナに向かって、かすれた声を絞り出す。


「よ、よせ!」


 口角を吊り上げたヴァルドが腕を振り上げる。


「消え去れーーーーーーー!」


 その時、大気が震えた。


 ラトナとヴァルド、向かい合う二人の中央で、漆黒しっこくのマントがなびいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ