54 ゲームでもリアルでも世界を救わなきゃいけないってのが勇者のつらいところだよな
◇
ルクトルク城の見張り台に、ゼロ、サーニャ、アルルの三人はいた。
高台にあるこの場所からは、本来であれば遠くの景色がよく見える……はずなのに、少し前に空が急に暗くなったため、見通しは、いまひとつ。
冷たい石の床に座ったゼロは、壁にもたれて真剣にゲームにいそしむ。焦った顔の少年は携帯ゲーム機のボタンを激しく連打する。朝食の時にラトナに一面をクリアしてもらったので、その続きを遊んでいたのだが……。
「……二面で詰んだ」
ゲームが難しすぎて、どうにもうまく先に進めない。
腕を組んで見張り台に立っているサーニャは、遠くに向けている険しい目線を、足元の少年に移す。
「……あんた、こんな時によく遊んでられるわね」
淡い紫色の長髪を垂らした、一見、聡明そうな少女は、ゲームをクリアできずに呆然としている少年に、冷ややかな視線を送る。
サーニャに遊びだと、こき下ろされはしたものの、ゼロにとってはゲームの中で世界を救うことも勇者としての立派なつとめ。勇者活動をただの遊びだと否定されては、さすがのゼロも黙ってはいない。
「いや、このゲームは主人公が悪の魔王から世界を救ってるんだよ。つまり俺は遊んでるんじゃなくて、世界を救ってるわけよ」
堂々たる態度でウンチクを語り、自身の活動の正当性をアピールする銀髪のゲーマー。世界を救うのは勇者のつとめ。とはいえ、はたから見たら遊んでいる以外の何物でも無かったりする。
「ハイハイ」
魔法使いは、おざなりな態度で調子を合わせる。適当とはいえ、反応してくれるだけ、まだ優しさがあると言えなくもない。
「俺たちの仕事は、ここを守ること。慌てたってしょうがないさ」
こんな時だというのに、ゼロは落ち着いている。
「そうだけど……」
サーニャは何か言いたげな顔をしつつも、それ以上は口を動かさなかった。ゼロの言い分にも一理あるのは確かなのだ。
ゼロのとなりで足を山にして座っているアルルは、不安そうな顔で。
「お姫様、大丈夫かな」
「死のリング、か。命を失うほどの呪い……。呪いの中でも最上位ね。発動する魔法は、すさまじく強いはず」
魔法使いのサーニャは、いつになくマジメな顔でつぶやく。魔法の専門家であるサーニャなら、その魔法がいかにすさまじいかを感覚的に理解できるのだろう。
「もしそれで倒せなかったら……」
アルルの表情は硬い。その答えを聞くことを怖がっているようにも見える。
「たぶん誰にも勝てない」
魔法使いは断言した。
その時、突き上げるような衝撃が、見張り台を襲った。
「じ、地震!」
アルルが慌てて壁につかまる。
サーニャは壁に手をついてバランスを取りながら、北を見て目を見開く。
「な、なんて魔力! ラトナ姫が例の指輪を使ったんだわ!」
目元に汗を浮かべたサーニャが興奮して叫ぶ。ここから北の神殿までは結構な距離があるというのに、この場所にまですさまじい衝撃が伝わってきた。それは王女の放った魔法がそれほどまでに強力であるということ。
「た、倒したの?」
アルルに問われたサーニャは、しばし沈黙した後、暗い顔で首を横に振る。
「どういうことだ?」
「……まがまがしい魔力が消えていない」
サーニャは北の方角を見つめたまま、顔をこわばらせている。
「……指輪でも倒せなかったんだわ」
それはつまり作戦は失敗したということ。状況が急激に悪化したということ。切り札である指輪でも倒せないとなれば、もはや邪神に勝つ手段は残されていない。
「そんな!」
魔法使いが告げた事実に、アルルが取り乱しながら立ち上がる。ゲーム機をポケットにしまったゼロも、続いて立ち上がる。
「失敗した場合は、すぐに逃げろって言ってたな。……そういやクゥはどこに行ったんだ?」
「まさか食堂に忍び込んでご飯食べてるんじゃないでしょうね……」
「……あいつの場合あり得るから怖いな」
そんなことを話しながら三人でクゥのことを待っていると、ほどなくして見張り台に、よく知る声が響いた。
「た、大変だー!」
小さな影が叫びながら見張り台まで上がってくる。
「クゥ! どこ行ってたんだよ」
「た、大変だぞ!」
慌ててやってきたクゥは、大広間での出来事をゼロたちに説明した。
「ルドラとグレンがラトナの元に向かった?」
「ウム……」
クゥは深刻な面持ちで、うなずく。
四人が顔を見合わせて黙り込む。作戦が失敗したとなると、ここも安全ではない。いつ邪神がこの城を襲ってきてもおかしくはないのだ。事態は極めて深刻。もはや一刻の猶予も無い。逃げるべきか。ここに残って邪心を迎え撃つか。それともルドラたちを追うべきか。
「ルドラたちを追おうよ! 私もラトナ姫と一緒に戦いたい!」
口火を切ったのはアルルだった。少女は澄んだ瞳で仲間を見つめる。
「ウム! ボクもラトナたちを助けたいぞ!」
大きな杖を背負った金髪の少女が、元気な声でアルルに同調する。
「逃げたところでどうせ邪神は世界を征服するつもりだ。どの道、戦いになる。だったらこっちから打って出ても同じこと。ラトナを助けに行くぞ!」
ゼロもラトナ救出を心に決める。三人の心は決まった。しかし……。
ただ一人、サーニャだけは北の方角を見て、黙り込んだまま口を開かない。少女は全身にびっしょりと汗をかいていた。
(なんてこと……。こ、こんなに離れてるってのに、ここほどまでにとんでもない魔力を感じるなんて……。こ、こんな生き物が実在するなんてね……。……甘かった。もっと早いタイミングで、無理矢理にでも全員を連れて逃げ出すべきだった……!)
サーニャは、額からひどい汗を流している。少女はゼロを見据えて厳しい表情で告げる。
「復活した邪神ってのは、ゼロが思ってるよりずっと強いわよ。いくらゼロが強くても勝てる保証はない。……それでも行くの?」
魔法使いは、いつにない真剣な眼差しでゼロに問う。サーニャの緊張が伝わったのか、クゥとアルルも心配そうな顔でゼロを見つめる。
もしも邪神の力がゼロを凌駕するなら、ゼロたちは間違いなく全滅する。いや、ゼロたちだけではない。ラトナやルドラ、そしてグレン。さらにはルクトルク王国の住人達。ひいては世界中の人々までもが。――膨大な数の人々が命を落とすことになるのだ。
今ここで邪神を止められなかった場合、世界は滅亡の道へ直行するだろう。今や世界の命運は、ゼロたちの手にかかっていた。邪神の強さはゼロにとっても全くの未知数。サーニャの言う通り、勝てる保証はどこにもない。しかしゼロは一切ひるまない。少年は勇者としての自分の存在を一切疑わない。勇者である自分がするべきことは、たった一つ。そのたった一つをいつも通り遂行するだけ。単純なその一つの行動を、当たり前のように実行に移すだけ。
こんな時だというのに、少年は笑みを浮かべてサーニャに返す。
「世界の平和を守るのが勇者なんだぜ」




