50 宝物庫
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ここはルクトルク城の謁見の間。部屋の奥にはラトナがいつも腰かけている背もたれの高い玉座がある。そのさらに奥、部屋の最奥にあるのは一見なんの変哲もない石壁。部屋はそこで行き止まりになっているが……。もちろん何の理由も無くここまでやってきたわけではない。ラトナは目的があってゼロたちをここまで連れてきた。姫は石造りの壁の一部を強く押し込んだ。その部分の石が壁に埋まっていく。連動するように足元が揺れ出し、地鳴りのような不気味な音が謁見の間に響く。
「な、なんだ?」
背後にいるゼロは驚いて、キョロキョロしている。
玉座の裏の床が、段を作ってへこんでいく。揺れが収まる頃には、玉座の裏には、地下に続く階段ができていた。
ラトナはさっそく階段をおりていく。
「あ、ラトナ!」
ゼロが背後から呼びかけてくるが、今は先を急ぐ。もはや一刻の猶予もないのだ。
ラトナの後を、ゼロたち四人、騎士団長のグレン、ルドラと続く。
さほど長くない階段を下り切ると、そこは小部屋になっていた。あまり広くないため、七人もの人間がいるとやや窮屈だ。
小部屋の壁には、やたらと大きな盾や不気味な仮面、へんてこな形の杖などの装備が飾られていて、なんとなく物々しい雰囲気が漂う。
部屋の奥には棚があり、アクセサリーのような小物が、無数に置かれている。価値があるようにも、ガラクタのようにも見える。宝飾に詳しいものが見たら喜ぶのかもしれない。
「王宮にこのような場所があったとは」
グレンは部屋を興味深そうに見回す。
「ここは王族だけが知る秘密の場所」
そう言うと王女は最奥にある棚から箱を取り上げる。
「私はずっと、邪神に対抗する方法を探していました。それがこれです」
ラトナは両手で持った宝石箱をみんなに見せた。小さな箱ではあるものの、美しい装飾がされていて高級感がある。
「ちょっと待てよ。邪神ってなんだ?」
「そうでした。ゼロたちには説明しておかなくてはいけませんね」
ラトナは、かつて邪神がルクトルクの地を崩壊寸前まで追い込んだこと、邪神は勇者によって封印されたこと、その封印が間もなく解けることをゼロたちに説明した。
「ずっと昔にそんなことがあったのか……」
「邪神が復活することは、伝承によりわかっていました。ルクトルク王国が毎年、武道大会を開いているのは、邪神と戦える戦士を見つけるためなのです。……しかしそれも必要なかったのです」
「どういうことだ?」
ルドラが訝しげにラトナを見つめる。無理もない。ラトナはその理由をルドラに話したことがない。
説明するよりも見せたほうが早いと思い、ラトナは宝石箱を開く。
箱の中には指輪が一つとイヤリングが二つ入っている。
少女は指輪をつまんで取り出す。
「これは死のリング。一種のマジックアイテムです」
そう言うとラトナは自身の衣服に視線を落とす。
「ちなみに、このドレスと靴もマジックアイテムなんですよ。装備した者の魔力を爆発的に高めてくれるの」
姫が身に着けている純白のドレスと透明なガラスの靴は、魔力を高めてくれるマジックアイテムだ。これらは、魔法が得意なラトナと相性のいい装備だった。
「そのマジックアイテム……」
サーニャの表情が硬い。
どうやら勘のいいサーニャは気づいたらしい。
「気づいた? そう。これは呪いのアイテム。この死のリングは、使用者の命と引き換えに、強大な魔法を発動できます」
ラトナは、説明しながら左手の人差し指にリングをはめる。
「なんだと?」
ルドラが赤い瞳を光らせる。めずらしく語気が強い。目深にかぶったフード越しにも、ルドラが動揺しているのがわかる。
「邪神はあまりにも強い。その強さはA級悪魔をはるかに超える。このアイテム無しに倒すことは不可能でしょう」
「まさか使うつもりか?」
ルドラの視線は今まで見たことが無いくらいに鋭い。威圧感さえ覚えるほどの眼光が、指輪を使うなと訴える。
「ええ」
指輪を使えば命を落とす。だというのにラトナは平然としている。
「ちょっと! そんなことしたらお姫様が死んじゃうんでしょ!?」
サーニャも、さすがに声を大にする。興奮気味の魔法使いを落ち着かせるように、ラトナは努めて穏やかな口調で返す。
「安心して。死ぬつもりはないから」
「どういうことだよ? 指輪を使えば命を落とすんじゃないのか?」
ゼロは、意味がわからないといった顔で戸惑っている。
その答えを教えるために、姫が宝石箱の中から、イヤリングをひとつ取る。耳飾りについた赤く輝く正八面体の宝石が揺れた。
「これは命のイヤリング。身につけた者が命を落とした時、一度だけ死を肩代わりしてくれます」
指先につまんだイヤリングを片耳に着けるラトナ。箱の中のもう一個も反対の耳に装備。
「死のリングを発動すれば、本来なら使用者は命を落とします。しかしこのイヤリングをつけていれば、死を無効化してくれるの」
「安全に死のリングを使えるってことか!」
ラトナがうなづく。
「しかもイヤリングは二つ。チャンスは二回」
万が一、一度目を外しても、もう一度チャンスがある。だとすると、勝率はグンと上がる。
「隙を見て、私が邪神に魔法を打ち込みます。おそらく一撃で勝負はつくはず」
「じゃあ俺たちで邪神の気を引きつければいいんだな」
「いいえ。邪神は、私が一人で倒します」
「バカな! 自殺行為です! 全員でかかればいいでしょう」
ラトナの無謀な発言に、グレンが取り乱す。
「伝承によれば、邪神には大魔法ですら、まともなダメージを与えられなかった。死のリング以外でダメージを与えることは難しいでしょう。半端な戦力がいても無駄死にするだけです。であれば私が一人で戦うのがベスト」
ラトナとて危険は承知の上。万が一の場合の犠牲を最小に抑えるという意味でも、一人で戦いに臨むのが最善だと姫は判断したのだ。それはルドラやグレンを守るためでもある。彼らはラトナにとって大切な仲間なのだ。
「姫様」
グレンは神妙な面持ちで、主君に語りかける。
「今年の武道大会で、邪神に匹敵し得る人物は見つかったはずです」
騎士団長が指摘すると、その場にいる全員の視線がゼロに集まる。
しかしラトナはグレンを見つめて、首を横に振る。
「自分の国のことです。人に押し付けるべきじゃなかったのよ」
ラトナは生まれた時から王女の地位にいた。王族は、その人生の多くを民のために捧げなくてはいけない。一個人としての幸福を優先することは許されない。彼女の肩には、王族としての責務が常にのしかかっていたのだ。幼い頃からずっとだ。
だから彼女は、重責を押し付けられることの辛さを知っている。だからこそゼロを邪神と戦わせることに抵抗があった。彼一人にその責務を負わせることは酷だ。それにもしこの戦いでゼロが命を落とすようなことがあれば、彼の仲間たちはきっと悲しむだろう。そんな姿を見るのは、ご免だった。ならば自分が邪神と戦えばいい。ラトナは、そう考えた。勝算が無いわけではない。苦労して手に入れた呪いのアイテムが味方してくれる。本来であれば忌み嫌われるアイテムも、こんな時に限っては心強い味方だった。ラトナは邪神との一騎打ちを決意する。
「みんなは民の避難が終わるまでの間、国の守りをお願い。万が一、魔法が発動しても邪神の気配が消えなければ、全員すぐに逃げてください」
「それって……」
王女に尋ねるサーニャは、いつになく真剣だ。
「邪神の討伐に失敗したということです。その場合、邪神はこの国を滅ぼして、そのあとは本格的に世界の支配を始めるでしょう」




