49 ラトナ
◇
ルクトルク城、食堂にて。
朝食を終えたゼロたちは、食堂に残ってくつろいでいた。
食堂の最奥に腰かけたラトナは、一人考え事をする。
(ゼロなら邪神に勝てるだろうか)
昨晩、ゼロはA級悪魔をたった一撃で倒して見せた。それも武器を使うことすらなく、素手で。ゼロの強さは、明らかに常人離れしている。ここまで強い人間をラトナは知らない。
(彼は強い。それも恐ろしく。しかし……)
姫は目を伏せる。気分は憂鬱だった。
(相手はあの邪神。いくらゼロが強くても、戦えば命は無いでしょう。……そうなったら彼の仲間たちは、きっと悲しむ。私だってルドラやグレンがそうなったら耐えられない。それと同じこと)
ラトナは悩んでいた。果たしてゼロを邪神と戦わせていいものかと。圧倒的に強いゼロが邪神と戦えば、勝てないまでも善戦程度ならできるだろう。ある程度の手傷を負わせるくらいはできるかもしれない。そして弱った邪神に、総力を上げてとどめを刺す。そんなシナリオが頭の中にある。しかしそれはゼロの犠牲の上に成り立つ計画。王国の外からやってきた彼にそこまでの重責を背負わせる決断を、ラトナはできないでいた。
ラトナの左前方の席には、ルドラが腰かけている。彼女は食後の読書をしていた。そんなルドラに、幼い女の子が話しかける。昨晩、A級悪魔であるケンタウロスに襲われていたブラウンのおさげ少女だ。一体どうやって忍び込んだのか、少女はこんな場所までやってきていた。とはいえ少女が元気そうでラトナは安心する。
「本好きなの?」
「まあな」
少女は興味深そうに、ルドラの本を覗き込んでいる。文字のたくさん並ぶ本は女の子にはちょっぴり難しいかもしれない。
ルドラの対面に座っているクゥが、幼い少女に気づいて声をかける。
「あ、キミは昨日の」
ヒーラーはイスから飛び降りるとテーブルの下に潜り込む。ほどなくして反対側から姿を現す。幼い二人の少女が、ルドラの隣で顔を見合わせる。
「私、リコ」
ブラウンのおさげ少女はそう名乗った。リコは、小さなクゥよりも、さらに一回り小さい。クゥよりも少し年が下のようだ。
「ボクはクゥ!」
大きな杖を背負ったヒーラーは、元気に返す。
二人の少女は笑い合うと、きゃあきゃあ騒ぎながら食堂を駆け出した。楽しそうにじゃれあっている。
ラトナは前方に視線を向ける。イスに座っているゼロは、真剣な表情で携帯ゲーム機のボタンを連打している。
ゲーム画面では、剣を持った少年が、首のたくさんある竜のようなモンスターと戦っている。竜の方が明らかに大きく、とても勝てそうには見えない。そんな相手に少年は剣を振る。しかしモンスターは身を引いてあっさりと回避してしまう。直後、モンスターが口から燃え盛る火炎がまき散らし、あたりは一瞬にして火の海と化してしまう。ピンチに追い込まれた少年は、後ろにぴょんぴょん飛び跳ねて迫り来る炎から逃げ回るものの、ついに画面端に追い詰められて、火炎を食らってしまった。少年がパタリと倒れた。
「ムッズ! ほんとに一面か!?」
悔しそうにするゼロ。どうやらゲームが難しくて最初のステージを突破できないらしい。
「ゼロがヘタなだけじゃないの~?」
ゼロの隣で、サーニャがニヤつく。彼女は少年をからかって楽しんでいるようだ。
「ゲーマーの俺が、ゲーム下手なわけないだろ?」
「どうかしら。案外、姫様のほうがうまかったりして」
「ムッ」
ゲームの腕前を貶されたゼロが、ちょっぴり不機嫌そうに口を尖らせる。ゲーム機片手に立ち上がると、ラトナの元までやってくる。ゼロはゲーム機を少女に差し出すと、画面を指さしながら説明を始める。
「この左にいるのが勇者。画面の右から敵が襲ってくるから、剣と魔法でやっつけるんだ」
ゲーム機を手にしたラトナは、操作方法をレクチャーされる。端末の左側にあるスティックで勇者を動かし、右にあるボタンで、剣を振ったり魔法を放ったりするらしい。ごくごくシンプルなゲームシステムだ。
「姫様、あっさりクリアしちゃったりしてね~?」
サーニャがまた茶化す。
「そんな簡単じゃないぞ? ゲーマーの俺ですら詰まってるんだから。ゲーマーの俺ですら!」
やたらとゲーマーを強調するゼロ。バカにされたことで相当お冠らしい。
「あ、クリアできた!」
ゼロが勝てなかった敵にラトナはあっさりと勝ってしまった。
「ウソだろ!?」
ゼロが慌ててゲーム画面をのぞき込む。
ゲーム画面には倒れたモンスターと、勇ましく剣を突き上げる勇者の姿が映されている。
「す、すげえ……。ラトナってゲーマーなの?」
「ゲームで遊んだのは初めてです」
「天才か!?」
興奮気味の少年は、ラトナからゲームを受け取ると、走って席に戻っていく。そしてゲーム画面を食い入るように見つめて、カチャカチャと激しくボタンを押しだした。ゼロは相当にゲームが好きらしい。
紫色の長髪をした魔法使いは、テーブルに頬杖をついてほっぺたをゆがませながら。
「あんた朝から遊んでばかりね」
「遊んでるんじゃなくて、世界の平和を守ってるの!」
正直なところラトナの目からも遊んでいるようにしか見えなかったものの、彼の中では違うらしい。
するとゼロの隣の席に座っているアルルが、ゼロの首に抱きつき。
「さっすがゼロ! 世界のために戦うなんてえらい!」
「うわあ!?」
アルルの顔がゼロの目の前に迫る。少年は露骨に焦っている。
「なーに朝っぱらからなにイチャついてんのよ」
ニヤついたサーニャが、ゼロをからかう。
「イヤ、ちがっ! これはアルルが……」
ゼロは顔を赤くしながら必死に否定する。
「くっくっく。一緒に食べるのだ」
悪い顔をしたクゥは、皿一杯のフルーツをリコに見せる。普通の人なら食べられない量だけどクゥなら問題なさそう。なんせクゥの食欲は底なしだ。
「すっごーい!」
フルーツの山にリコの目が輝く。
ゼロたちは食後のひと時を、楽しそうに過ごしている。それは、言ってしまえば、なんてことのない日常。ラトナの目にはその様子がひどく幸せそうに見えた。邪神の復活は目前に迫っている。ラトナはひとり悩む。この少年を邪神と戦わせて良いものか。
ふとルドラに目を向ける。偶然にも同じタイミングで彼女もラトナを見た。ルドラの表情は心なしかいつもよりも険しい。邪神の復活が迫り、さすがの彼女も緊張しているらしい。それはラトナも同じだった。今日は朝から落ち着かない。冷静を装って入るものの心の中は穏やかではなかった。ついにこの時が来てしまった。日常の終わり。果たして明日の今、ルクトルクは存在しているのか。ルドラやグレンと再び会話を交わすことはできるのだろうか。再び三人で遊びに行くことはできるだろうか。
思えば普通のことが幸せだった。ただの日常。なんてことない毎日。ルドラたちと過ごす日々。それこそが何よりも大切なことだと、強く思う。ラトナは何よりも日常の崩壊が怖いのだ。この毎日が崩れ去ってしまうことが心の底から怖い。ルドラやグレンがいなくなってしまうことが怖くてたまらない。たまらなく悲しい。……それはゼロ達も同じだろう。何かを失うことはとても悲しいことだから。とても怖いことだから。じゃあ自分はどうしたいのか? ラトナ自身は、この状況で何をしたいのか。邪神が復活するというこの状況においてどのように生きたいのか。いや、答えは決まっていた。ラトナは悲しむ人を見たくないのだ。誰かが涙する姿を見たくないのだ。それは王族だからそう思ったわけではない。民を守る使命を帯びているからそう思ったわけでもない。ラトナという一人の人間としてそう思ったのだ。ラトナはこの世界を守りたい。心の底から強くそう思っている。
簡単なことだった。自分の気持ちに気づけばよかっただけなのだ。もう迷いはなかった。
「みんなに見せたいものがあるの」




