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アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編

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47 西の王女の憂いごと



 ルクトルク城の庭にて。


 ラトナが前方に向かっておもむろに片腕を伸ばす。その先には、離れた位置に巨大な岩がある。岩に照準がバッチリ合ったことを確認すると、ラトナは精神を集中させる。全身の魔力がどんどん増えていくのを感じる。体が魔力に包まれていく。と。


「はっ!」


 気合を込める。同時、手のひらから、小さな氷の塊が飛び出した。刃物のようにとがったその氷は、一直線に飛ぶと、離れた岩にまたたく間に襲いかかる。硬質な岩の表面をあっさりと貫いて、氷が深々と突き刺さっていく。氷の塊が岩の中に完全に消えると、あたりは、しんと静まり返った。


 トクントクン。心臓の鼓動が高まるのを、ラトナは全身で感じた。それによって自分がめずらしく緊張していることに気づく。


 ほどなくして、岩の中心に亀裂が入る。それは瞬く間に四方に広がっていき、岩の表面を無数のヒビが覆いつくした。直後、大岩が木っ端微塵に吹き飛んだ。


 ラトナの背後で見守っていたグレンが、目を見開く。彼にしてはめずらしく、目の前の光景に見入っていた。


「ねえねえ、今のどう!?」


 瞳を輝かせたラトナ姫が、すぐ後ろで見守っているルドラに、弾む声で聞く。


「驚いた。この短期間で、ここまで成長するとは」


 ルドラはラトナの魔法の腕前に感心している。実際、少女の成長スピードには目を見張るものがあった。


 ラトナ自身、剣よりも魔法のほうが明らかに手応えがあった。剣が苦手というよりは魔法が得意なのだろう。


 ラトナがルドラと出会ってから一週間。姫は毎日、彼女から魔法を学んだ。朝から晩まで魔法の練習に明け暮れた。ルドラに城に住むように頼みこんで、彼女に師事していたのだ。


「見事です。姫様には魔法の才がある」


 ルドラの隣にいるグレンも、姫の魔法の腕前をたたえる。彼がここまで褒めるのはめずらしいことだ。


「わーい! 褒められたー!」


 褒められるとやっぱり気分がいいもので、ラトナはついつい笑顔になる。特にこの二人はみだりに他人を褒めるようなタイプではないので、なおさらうれしい。今までの努力が報われたことを実感する。姫は満面の笑みを浮かべてルドラの元にかけ寄る。ドレス姿の新米魔法使いは、師匠を前にしてニコニコと微笑む。ルドラの表情も心なしかいつもより柔らかい気がする。しかし、しばらくするとラトナの表情は暗くなる。


「この前はごめんなさい」

「何の話だ?」


 聞き返してくるルドラに、姫はうつむく。返答を躊躇ちゅうちょしてしまう。その問いに対する答えは、ラトナにとっても、おそらくルドラにとっても気持ちの良いものではないからだ。ラトナは急に気が重くなる。しかし言わないわけにもいかず、口を開く。


「私があなたと初めて会った時、国の人は怖がるばかりで、倒れているあなたを誰も助けようとしなかった」


 ラトナはルドラと出会った時のことを気にしていたのだ。あの時、ルドラに手を差し伸べたものはいない。ラトナを除いては。少女はそのことがずっと心に引っかかっていた。


 ルドラは、目深にかぶったフードの隙間から、赤い目を王女に向ける。彼女の表情は乏しく、何を考えているのかまではわからない。


「気にするな。慣れている」


 彼女の声はいつも通りだった。声色には一切のブレが無く、普段と全く変わらない。本当に何も気にしていないようだった。しかしそれはとても悲しいことだとラトナは思った。


「ここは人の国。いまだに魔族に対する偏見があります」


 人は魔族を恐れる。積極的に関わろうとする者は、まずいない。それは何もルクトルク王国に限った話ではない。人の治める地であれば、だいたいそうだろう。


「いずれ、そうではない国にしたい」


 それはラトナの本心だった。


 魔族に生まれたというだけで不当に扱われるのはおかしい。そんなことはあってはならないはずだ。手を取り合ってとまではいかなくても、死にかけている相手をすら助けないのは行きすぎだ。人の世界に、またルクトルク王国に思うことの多いラトナではあったが、すぐには変わらないのもまた人の世。変えていくためには時間がかかる。それも膨大な時間が。それはとても大変で覚悟のいることで果てしないことだ。


 ルドラは、そういった理由もあってか、ラトナに魔法を教えているとき以外は、ほとんどの時間を一人で過ごしていた。姫は、いつも一人でいるルドラの事が気がかりだった。とは言え、強引に人と触れさせることもしなかった。彼女の正体が魔族であることがバレたら、それはそれで面倒なことになるだろう。ルドラを国から追い出そうとする者も出てくるかもしれない。それはルドラにとってもラトナにとっても不幸なことだ。


 幸い彼女は書物が好きらしく、城の図書館で本を借りては、よく自室に持ち込んで読んでいるようだ。城の図書館には膨大な蔵書がある。ルドラの暇もしばらくは潰れるだろう。


「姫は、なぜ剣や魔法を学んでいるのだ?」


 ラトナ姫の魔法への取り組みは真剣そのもので、護身のためとか、単なる興味本位の域を明らかに超えていた。それはなにか強い意志に基づいた行動のように見える。それほどに少女の取り組みには鬼気迫るものがあった。


「それは……」


 姫が口ごもる。なぜならそれが良い内容ではないからだ。いや、正直に言えば最悪と言っていい。そんなことをルドラに伝えてもいいのだろうか。ルドラはこの国と深い関係のある人物ではない。余計な心配をかけないためにも、伝えるべきではないのかもしれない。しかし彼女にこのことを打ち明ければ、何か助けが得られるかもしれない。だがそれは彼女を余計な不幸に巻き込むことにもなりかねない。言うべきか、言わざるべきか。考えても答えは出ない。困り果てたラトナはグレンに助け船を求める。彼は何も言わずにうなずいて見せた。ラトナは決心を固めると、おもむろに口を開いた。


「いまから六年後、この地に邪神が復活します」

「邪神?」


 邪神。それはルドラにとって聞きなれない言葉だったのだろう。彼女はその言葉の意味を聞き返してきた。その答えをラトナが語り出す。


「はるか太古、このルクトルクの地を邪神が襲いました。それによって王国は、わずか半日で滅亡の危機にひんしたのです」

「半日? たった半日で国が滅びかけたというのか?」

「ええ。信じられないことですが伝承でんしょうにはそう記されているの」

「……とても信じられんな。第一、この国はまだ存在している」

「王国が滅亡に瀕した時、勇者を名乗る人物があらわれ、邪神を封印したの」

「勇者、か。ずいぶんと都合のいい話だな。にわかには信じがたいが……。しかしその話が事実だとすると、邪神の力は常軌を逸している。まともに戦っても勝ち目は薄いだろう。どこか遠い地に逃げたらどうだ?」


 それがルドラの考えらしい。その言い分はもっともだ。


 わずか半日で一国を傾けたのが事実だとするなら、確かにその力は人智を超えた異常なる強さ。この地にとどまって戦いを仕掛けるのは、どう考えても得策ではない。


「邪神はルクトルクを支配したら、次は世界各地を手をかけるでしょう。ならば、どこに逃げても同じこと」


 一国を一瞬にして陥落させるほどの戦力を持つなら、大陸全土を支配するのも時間の問題だろう。であれば邪神自体をどうにかしない限り、安寧あんねいは無いのだ。


「それに、民を見殺しにはできない……」


 なにより王女であるラトナには国を守るという使命がある。彼女は逃げ出すわけにはいかないのだ。


「その邪神が六年語に封印から目覚めるというのだな?」


 王女は深くうなづく。そして。


「お願いルドラ。邪神を倒すまで、私に力を貸して」


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