46 出会い
◇
「どこに行くのですか」
よく知った声に背後から呼び止められて、ラトナはギクリと肩をすくめた。できればこの人物にだけは見つかりたくなかった。理由は面倒だから。
しぶしぶ振り返ると、そこには首から下をミスリルの鎧で守り、さらにミスリルの大剣を背負った青髪の騎士グレンがいた。お忍び用に町娘の格好をしたラトナとは大違いで、グレンは重装備だ。ラトナよりもちょうど十歳年上の彼は、若干二十歳にして、すでに騎士団長の座についている。これは王国騎士団の歴史の中でも、異例の若さだった。青年は美男子だが、その眼光は年齢不相応に鋭く、ただならぬ雰囲気をまとっている。そんなグレンを前に、ラトナはどうやって言い訳しようか考えることで頭がいっぱいだった。
こっそりと散歩をしようと思っていたラトナは、ルクトルク城の裏門を抜ける直前で、グレンに阻止されてしまった。まったく、王女というのは散歩も自由にできないのかと、ラトナは嫌になる。とは言えそれは仕方のないことだと自分自身でもわかってはいるのだが。そうは言っても窮屈なのは事実。遊びたい盛りの少女としては実に堅苦しい。
「一人で外に出ては危険です」
グレンはいつも通りの厳格な態度で注意してくる。とは言え責めるような言い方ではなく、淡々とした口調で。これもいつも通り。そしてラトナが良からぬことをしないかといつも目を光らせてもいる。やっぱりこれもいつも通り。こんなに同じことばかりしていて、この男は飽きないのだろうかとラトナはいらぬ心配をする。
「あら、王国一の騎士も一緒よ?」
十歳の少女は、すまし顔で騎士に返すと、裏門に向かって何事も無かったかのように歩き出す。グレンのお小言をいつも通り聞き流すお姫様。
忠告を全く聞き入れる気のないラトナに、青髪の騎士はあきれて首を振る。
「……やれやれ」
城の外に向かう少女の後を、グレンがついていく。グレンは、ラトナ姫のおてんばに対しては、いつも一つ二つ小言を言うものの、なんだかんだで毎回のように付き合っていた。
「姫様」
ラトナを呼び止めたグレンが小さな剣を差し出す。ラトナが普段、剣の稽古をするときに使うものだ。
「護身用にお持ちください」
「必要ないわ。あなたがいるもの」
「念のためです」
「相変わらず心配性ね」
グレンから受け取った剣を腰に装備する。こうしておけば彼はとりあえず満足する。ラトナはラトナでグレンの扱いには慣れていた。
グレンと一緒に城を出たラトナは、馬に乗ってルクトルク領内を当てもなくさまよう。
天気はすこぶる良く、雲ひとつない。さんさんと輝く太陽は真上から大地を照らし、あたりは心地よい陽気に包まれていた。ときおり吹く風が肌を撫でて気持ちいい。辺りに生い茂る草花も踊り、のんびりとした雰囲気が漂っていた。自然に囲まれているからか、ラトナは城にいるときよりもずいぶんと落ち着きを感じた。
「んー! 気持ちいい!」
グレンにもたれて、ラトナが大きく伸びをする。グレンは足腰が強く、ラトナがちょっとやそっと寄りかかったくらいではビクともしない。
ラトナのウェーブがかった金の長髪を、そよ風が揺らす。
「遠出なんて久しぶりね」
久々のお出かけにラトナは上機嫌。普段、城の中で過ごすことの多い彼女にとって、外の世界は刺激にあふれていた。ついつい楽しくなって身を乗り出してあちこち見まわしていると、グレンに注意される。
「あまりはしゃぐと落ちますよ」
「あら?」
ルクトルク領内の小さな村に差し掛かった時だった。
数名の住人が一か所に集まっているのが遠目に見えた。いったいどうしたというのだろう。
村人たちは何かを囲って騒いでいるように見える。なんとなく不穏な空気が漂っていた。ラトナは嫌な予感がした。
「グレン」
「わかってます」
阿吽の呼吸でグレンが馬をそちらに歩かせる。
村人たちは馬で向かってくるラトナたちに気づくと、アリの子を散らすように方々に去っていった。皆、恐怖に顔が引きつっている。野次馬がいなくなったことで囲まれていたものの正体が分かった。それは少女だった。深紅のローブを着た赤髪の少女が、うつぶせに倒れている。
「み、水を……」
赤髪の少女は馬に乗ったラトナたちを見上げると、枯れた声で言った。その瞳は血のように赤く、全身は痩せこけている。肩口まである赤髪にはツヤが無く、顔はやつれている。しかしそれよりもなによりも、特に目を引いたのが、少女の額から生えている二本の角。それは普通の人間には存在しないはずのもの。さらに、耳はとがっていて、普通の人間よりもずっと長い。それはある種族に特徴的な形質だった。
「あの角は、魔族ですな」
グレンはいつも通りの口調で淡々と言った。
ラトナ姫は何も言わずに馬から降りた。
「姫様?」
グレンの声を背中に受けながら、ラトナは倒れた少女に歩み寄る。そばまで行くと身をかがめて、懐から取り出した水筒を、赤髪の少女にそっと差し出した。
「どうぞ」
赤髪の少女のやせた手が、弱々しく水筒を受け取る。よほどノドが渇いていたのだろう。彼女は水筒を一気に傾けると、ノドをゴクゴクと鳴らした。
中身を一気に飲み干すと、少女はいくらか元気が戻ったのか、自ら立ち上がった。ラトナとグレンの中間くらいの背丈。見た目は十五、六に見える。しかし魔族は人間よりも、はるかに長命。外見から実年齢を知ることは難しい。少女は背中に垂れたフードを自らの頭にかぶせる。角が隠れた。
「助かった。感謝する」
魔族の少女は、ラトナにお礼を言う。
「私はラトナ。彼はグレン」
ラトナは、隣に立つ騎士団長を手で指して紹介した。
「ルドラだ」
赤髪の少女は自らを、そう名乗った。
ラトナはなぜこんなところに魔族がいるのか気になった。しかしその理由は、あえて聞かないことにした。きっと何かしらの理由があるのだろう。知り合ったばかりのタイミングで聞くことでもあるまい。そう判断したのだ。
町娘の格好をしたラトナは、細身の剣を腰に下げていた。どう考えても似つかわしくない組み合わせ。そのミスマッチに、ルドラは違和感を覚えたのだろう。
「剣を扱えるのか」
その質問にラトナは耳が痛くなる。ラトナは自分の顔が知らぬうちに曇っていることに気づかなかった。
「なかなかうまくならなくて……」
「筋は悪くないですよ」
グレンがラトナをフォローする。珍しいこともあるものだ。
「そうかしら?」
ラトナは自身の剣の腕前に、まるで満足していない。グレンから習って頑張って特訓してはいるものの、その成長速度は遅々としていた。
「その年で腕の立つ者など、そうはいません」
グレンのその言い方にラトナは引っかかる。姫は不満げに騎士を見上げる。
「あなたは幼い頃から強かったじゃない」
「私には剣の才があります」
「あら! 自分で言うのね」
青年の口調には、まるで嫌味が無い。常に淡々としていて、ただ思ったことを口にしているだけにしか見えない。自慢する意図が一切ないことがわかるのだ。
そんなグレンがおかしくて、ラトナは吹き出してしまう。
声を上げて笑う少女を、グレンはいつも通りの厳格な顔で見つめる。たぶん彼は、自分がなぜ笑われているのかを、わかっていないだろう。そんな顔をしていた。それが面白くてラトナはさらに笑いがこみ上げてくる。そしてひとしきり笑い終えると満足したので、ルドラに質問をぶつけてみた。
「あなた、剣は使える?」
彼女は首を横に振る。もしルドラが剣を扱えるなら教わろうと思っていたので、これは残念な結果。しかし。
「魔法だけだ」
なんと彼女は魔法を使えるらしい。その言葉にラトナは驚く。何せ魔法だ。
「えっ! あなた魔法使いなの!」
魔法。超常の力。それを目の前の少女――といっても実際の年齢はわからない――は扱えるらしい。それを知ってラトナは興奮を隠せない。
「ねえ、お願い! 私に魔法を教えて!」




