45 ごちそう
◇
夜が明けた。
王宮のベッドはふかふかで、自宅のベッドよりも、うんと快適。と言うか家のベッドは、サーニャに占拠されている。なので自宅では硬い床がゼロのベッド。あんまりである。久しぶりのベッドは、はっきり言って最高で、柔らかさに包まれて眠ることのなんと幸福なことかを再発見するゼロ。熟睡できたおかげで本日の寝覚めは、すこぶるよし。
なのでゴキゲンに朝の勇者活動――つまるところゲーム――をしていると、お城のメイドがラトナ姫のことづてを部屋まで届けてくれた。いわく“朝食の準備ができているので、食堂まできてね”とのこと。お城の朝食ということはごちそうか!? 朝から期待がふくらむゼロ。
1000万クレジットという大金を手に入れたうえ、昨日の夕食はごちそう。しかも城の一等室で宿泊して、目覚めれば、またごちそう。至れり尽くせりのもてなしを受けて、人生最高潮のゼロ。今が人生のピークなんじゃないか? と不安になるほど。しかしきっとそんなことは無いはず。これからもっといいことが起こるに違いない。そうに決まっている! そんな身勝手なことを思いながら、身支度を済ませた。
ということで仲間たちと合流して食堂へGO!
「好きなだけ召しあがってくださいね」
食堂にたどりつくと、最奥のイスに座ったラトナが、やわらかい笑みでうれしい言葉をかけてくれる。そのたたずまいは相変わらず上品で、美しい純白のドレスを着ていることもあり目を奪われる。いや、少女そのものに目を奪われたといったほうが正直か。ラトナの手前の席にはルドラがいる。ラトナと一緒に食事をとっていたのだろうか。
それにしてもやたらと広い食堂だ。奥行きのある間取りで、入口から最奥まではかなりの距離がある。そんな食堂内には白いテーブルクロスつきの長テーブルが、入口から奥に向かってズラッと並んでいる。テーブルの上には所せましと、おいしそうな食べ物が並んでいる。出来立てのパンやスープの匂いが漂い、実に食欲をそそられる。
「うおーーーー! ありがてーーーー!」
ごちそうを前にしてクゥは大盛りあがり。小さな少女は早朝だというのにすこぶる元気。そういえばクゥはお城のごちそうが食べたくてセイントナイトを目指してるんだっけ、と思い出すゼロ。念願のごちそうが目の前に広がっていたら興奮するのも無理はない。
「お腹減ったぞ!」
「昨日めちゃくちゃ食べたよな?」
「また減ったぞ!」
金の瞳を輝かせたクゥは、よだれを垂らしながら、お腹を鳴らしている。どうやら本当に腹ペコらしい。昨日の夜、誰よりも食べていたのに、もう腹ペコとは。クゥの底なしの食欲には、あきれを通りこして、もはや感心する。
「一生分、食いだめするわよ!」
そでの無いローブを着ているのに、なぜかそでまくりのしぐさをする魔法使い。
「昨日も言ってたよな」
サーニャはサーニャで、こんな調子。こっちもクゥとあんまり変わらないのでは?
「すっごーい! ゼロ、一緒に食べよ!」
「お、おい……」
アルルが気やすく腕にしがみついてくる。腕越しに少女のぬくもりが伝わってきて、変に意識してしまう。なんだか急に恥ずかしさがこみあげてきて、もじもじしてしまう。ゼロが奥ゆかしく照れていると、アルルが強引にゼロを引っ張っていく。少女は目の前のごちそうを、わーきゃー言いながら楽しそうにプレートに乗せだした。
「とーう!」
ルドラの正面のイスに飛び乗ったクゥが、ずずいっとテーブルに身を乗り出す。
少女の目の前に広がるのは、焼きたてのパンや、ベリーソースの添えられたヨーグルト、色とりどりのフルーツの盛り合わせ、湯気ののぼるできたてスクランブルエッグ。そのほか、挙げだしたらキリがないくらいの大量の食べ物が、テーブルの上にみっしりと並んでいる。そしてそのどれもが抜群においしそうだ。
「す、すげえ!」
あまりにもすさまじい料理の嵐にクゥが圧倒されている。こんな光景を目の前にしたら、クゥじゃなくても同じ反応をするだろう。事実ゼロたちも似たようなものだった。
クゥの前方、テーブルの中央付近には、何段にも重ねられたパンケーキタワーがそびえ立つ。作りたてなのだろう、きつね色のふわふわなスポンジからは湯気がのぼっている。うっすらと甘みのある香りがただよってきて、なんともおいしそう。
ごくりとツバを飲み込んだクゥが、小さな手を皿に伸ばす。皿をつかむ瞬間、パンケーキの皿が奥に逃げた。スカッ! 少女の手が空ぶる。
「むお!? ま、待つのだ!」
皿をつかみ損なったクゥがあわてて、「むああ!」と手を伸ばす。しかしパンケーキタワーは、そのまま奥に向かってススス……と逃げていく。その時。キラン! ヒーラーの目があやしく光る。
「むおおおお!」
気合。それは気合である。激しい気合と共に小さな手が、逃がすまじとパンケーキの皿に襲いかかる!
スカッ! クゥはパンケーキを取り損ねた!
「ぬわーーーーーーーーーーー!」
涙目ヒーラーの大声で、テーブルの上の皿がカタカタと音を立てて震える。すごい音量が隣に座るゼロの鼓膜を激しく震わせる。もはや軽い攻撃である。
「うっさ! どうしたんだよ、悪魔にでも襲われたか?」
となりに座っているクゥがパニクっている。流石に心配になるというか気になるというかウルサイ。とはいえそんなことはいつものことなので、もはや慣れっこなゼロ。焼きたてパンをモグモグとほおばりながら挙動不審な小動物もといクゥを興味深く鑑賞する。温かいパンは綿のようにふんわりしていて、バターやジャムをつけなくても、ほんのりと甘みがあって絶品。おそらくお抱えの一流シェフが作っているのだろう。こんなおいしいパン、家では一度も食べたことが無い。記念に食いだめしておこうと思い、手を伸ばしてテーブルの上からもう二、三個いただく。
クゥの視線のずっと先、テーブルの向こう端にはパンケーキタワーの皿がある。その奥には、深紅のローブをまとい、フードを目深にかぶった少女――ルドラがいる。彼女がパンケーキタワーを引っ張って持って行ったらしい。あんなにたくさん待っていくとは意外にも大食いなのだろうか。
「ゴクリ……」
ルドラの前で湯気をあげるパンケーキを、クゥは物欲しそうな目で見つめている。相変わらず食べ物に対してだけはすごい執念。
ルドラはテーブルの上の大きなビンをつかむと、フタを開けてスプーンを差し込んだ。引き上げられたスプーンには、黄金色に輝くハチミツがたっぷりとすくわれていた。それをパンケーキの頂上から贅沢にかける。パンケーキのてっぺんがキラキラと輝く。すさまじくおいしそう。
「あ、あんな贅沢にぃぃぃぃ」
「クックック……」
震え上がるクゥに、ルドラは、ほくそ笑む。
スプーンのハチミツが無くなると、ルドラはなんと第二弾に取りかかる。ハチミツのビンにスプーンを深々と差し込むと、大量のハチミツをすくいだす。
眼前で繰り広げられる大胆なハチミツさばきから、クゥは目が離せない。
「うちならゼロに怒られるぞ……」
クゥがボソリと言った。
「ゼロなんて“薄く延ばせば小さじ一杯でいける!”だもん。ケチくさっ!」
ゼロの二つ隣の席に座るサーニャは、腹立たしげだ。
「勝手に居座っておいて文句言うな!」
出来たてパンを口いっぱいに入れて、ハムスターみたいに頬を膨らませたゼロが、言いたい放題な同居人にふがふがと注意する。
ゼロたちが不毛な言い争いをしているうちに、大量のハチミツを全身に浴びた、黄金色に輝くパンケーキが完成した。
「むおおおおおお!」
贅沢パンケーキタワーに、クゥの瞳がキラキラと輝く。
「ククク……」
ルドラは意味深に笑うと、パンケーキの皿を両手で持って立ち上がる。おもむろにクゥの元にやってくると、赤い瞳で小さな少女を見下ろした。
「な、なんなのだ?」
ビビっているのか、クゥの声はかすかに震えている。
クゥの目の前に、パンケーキの皿がそっと置かれる。
「す、すげえ! た、食べていいの?」
クゥが恐る恐る聞くと、フードの少女はコクリとうなずく。その瞬間クゥはパァッと顔を明るくしてフォークとナイフを握る。パンケーキを一口サイズに切って、震える手で口に運ぶ。パクリ。
「うっ……」
口に入れた途端、クゥの顔色が変わる。
「うまい! うまいぞ!」
大喜びでパンケーキを食べる少女を、ルドラはおだやかな顔で見守っていた。




