44 赤い月
「絶対にゆるさんぞクソガキャーーーー!」
怪物が怒り狂う。
「死ねええーーーー! 絶命斬りィィィィーーーー!」
悪魔がグレンに向かって力任せにオノを振り下ろす。ミスリルの剣の重量を、はるかに超えるであろうオノを前にしても、グレンは一切退こうとしない。どっしりと構えてオノを迎え撃つ。
「ムチャだよ! あんな大きなオノ、受けきれない!」
アルルの心配そうな声が飛ぶ。
巨大な刃がぶつかる直前、グレンは剣を立て気味に構える。オノの刃が、ミスリルの剣の表面を火花を上げて滑る。
「なにっ!」
渾身の攻撃をあっさりといなされて、怪物が動揺する。
標的を仕損じた分厚い刃が、地面に深々と突き刺さる。
「す、すごい!」
グレンの見事な剣技にアルルが歓声を上げる。
「チッ! 器用なヤツね!」
上半身の筋肉をうごめかせながら、悪魔は大地に刺さったオノを強引に引き抜く。
その隙にグレンが怪物のふところに入り込む。
「はあーーーー!」
剣を打ちおろす。
悪魔がオノを薙いで、グレンの剣に対抗する。
武器と武器が激突する。耳をつんざくような衝突音。夕焼けに染まる城下町に飛び散る火花が光る。グレンの強打を、ケンタウロスは力任せの反撃で迎え撃つ。反動で両者の武器が後方に押しのけられる。グレンはすぐに二の手、三の手を放ち、怪物に休むヒマを与えない。対する怪物もパワーで対抗。こちらも一歩も引かない。
「しつこいんだよーーーー!」
怒りをあらわにするケンタウロス。
グレンの剣は正確無比。一撃でもオノを食らえば、いかにミスリルの鎧で守っていようとも、大ケガは免れないだろう。だというのに、騎士の剣には一切の迷いがない。まさに百戦錬磨の剣技だった。
両者の戦いを食い入るように見つめるクゥが。
「すげえ! A級悪魔と互角だぞ!」
「ううん、それ以上だよ!」
アルルが興奮気味に言った。
悪魔が怒涛の攻撃を放つ。その一撃一撃がとてつもなく重く、普通の人間なら、とっくに力尽きてやられているだろう。しかしオノはグレンに届かない。A級悪魔は、目の前にいるたった一人の人間を、いまだ撃破できずにいた。
悪魔が振り回す大オノは、重量がある。対して、グレンの振るうミスリルの剣は羽のように軽い。一撃に使う体力が、まるで違う。徐々に両者のスタミナに差がつき始める。ケンタウロスが、肩を上下させて呼吸を乱す。オノのスピードが、目に見えて落ちていく。
「クッソーーーーッ!」
敵わないと思ったのか、悪魔はグレンの前から走り去る。
「逃げたぞ!」
離れていく悪魔の背中に、クゥが叫ぶ。
悪魔の向かっていく先には、幼い女の子が立っていた。おそらく逃げ遅れた子供だろう。ブラウンの髪をした、おさげの少女だ。十歳にも満たない子供は、向かってくる悪魔に気づくと身をひるがえして逃げ出した。
「くっ! あの悪魔、子供を!」
苦い顔で歯をかみしめると、グレンはすぐに駆け出す。悪魔の背を追いかける。
悪魔が奇声を上げながら、子供の後を追いかける。
「おっほっほーーーー!」
馬の体を持つ悪魔の走力は、圧倒的に高い。グレンの視線の先で、悪魔の背中がどんどん離れていく。それに反して悪魔と少女との距離は、またたく間に縮まってしまう。――と。
「わっ!」
少女の足がもつれる。小さな体が倒れ込んでいく。
「きゃあ!」
激しく地面にぶつかった少女が、顔をゆがめる。
倒れた少女に、ケンタウロスの影が重なった。
悪魔がオノを振り上げた。
「くそ! 間に合わん!」
グレンが悪魔の元に駆けるが、距離が遠い。
「くたばれーーーーーーーーーーッ!」
悪魔は容赦なく、子供にオノを振り下ろす。オノの軌道は、倒れた少女を完璧に捉えている。
「わああっ!」
女の子が叫んだ。
少女にぶつかる直前、その刀身は時間が止まったかのようにピタリと止まった。
「なんですってえ!? あ、あたしのオノを……」
オノを止めていたのはゼロだった。彼はまたしても片手でオノを止めた。分厚いオノの刃を、少年の親指と四指がはさんでいる。
「はーーーーーーーーーーーーッ!」
少年が渾身のパンチを怪物のボディに打ち込む。風を切るようなパンチは怪物の胴体に深々とメリ込んだ。
「ごはあっ!」
強烈な一撃を食らった悪魔が、宙を吹っ飛ぶ。数百キロはあろう巨体が彼方に飛んでいく。怪物の巨体が民家の壁に激突して、衝撃で壁に亀裂が入る。同時、悪魔の全身が光に包まれて爆発する。
「メッギョーーーーーーーーーーーー!」
ケンタウロスの断末魔が夕焼けに照らされる城下町に響き渡った。
悪魔がいなくなると、その場に手のひらサイズの光輝く玉――エーテルが現れて地面に落ちた。エーテルが地面のうえをコロコロと転がっていく。
エーテルを見てグレンが両目を見開く。
(バカな! 一撃だと!? 相手はA級悪魔なんだぞ!)
グレンは視線を銀髪の少年に移す。ゼロは、息一つ乱していない。
(しかもゼロはおそらく、"実力をほとんど出していない!" な、なんというデタラメな強さ!)
悪魔を倒しゼロは一安心する。
そうこうしていると仲間たちが駆け寄ってくる。
サーニャがパチンと指を鳴らして。
「ナイス、ストレート!」
続いてアルルが。
「すっごーーーーい! 素手でA級悪魔を倒しちゃうなんて!」
ピンクの巻き毛少女は瞳を輝かせると、ゼロの首に抱き着いて。
「さっすがゼロ!」
「うわあっ!?」
アルルの顔が目の前に迫ってくる。びっくりして腰が引けるゼロ。
そんな中、サーニャはニヤリと笑う。
「うちのバケモンはバケモンじみて強いのよ」
「ウム」
クゥも同意した。
「それ、褒めてるのか?」
バケモンとはずいぶんな言い草である。
グレンは剣を鞘に収めると、緊張の面持ちでゼロを見つめる。その額には、うっすらと汗が浮かんでいた。悪魔との戦いで疲労したためか、あるいは別の理由からか。
悪魔の討伐は終わった。しかし城下町はケンタウロスの襲撃によってかなりのダメージを受けていた。いくつもの民家が壊され、辺りには複数のケガ人もいる。
ふいに背後から男性の声が聞こえた。
「ひ、姫様。ここはガレキが散らばっていて危険です! 城にお戻りください!」
身なりのいい初老の男性が、オロオロしながら少女の後を追いかける。彼のすぐ前を小走りで移動するのは、ラトナ姫。姫は何度呼び止められても、止まる気配がない。
ラトナは、ゼロたちの近くでうずくまっている女の子に歩み寄った。先ほどケンタウロスに襲われて転んだ女の子だ。女の子のヒザからは血がにじんでいた。
「うう……」
「大丈夫?」
ラトナ姫は身をかがめるとケガに手をかざす。姫の手が淡い光に包まれていく。少女のケガが、みるみるうちに消えていく。回復魔法だ。ラトナ姫もクゥと同じでヒールを使えるらしい。
「ありがとう、姫様」
そう言った女の子の顔からは、さっきまでの苦痛がきれいさっぱり消えていた。
ラトナは少女に微笑むと、立ち上がって。
「ガレキに埋もれている人がいるかもしれません! 手のあいた人は救助を!」
「ボクも手伝うぞ!」
クゥは背中から世界樹の杖を取り上げると、ケガ人の元に走り出した。
仲間たち全員で救助に参加するのだった。
◇
その晩、ゼロたちは再び王宮を訪れた。
今ゼロたちがいるのは城の食堂。白いテーブルクロスに覆われた長いテーブルの上に、肉や魚、果物やパンなどのごちそうが、所せましと並んでいる。
「今日は町を救っていただき、ありがとうございます。さあ、みなさん、どうぞ好きなだけ召し上がってくださいね」
一番奥のイスに腰かけたラトナが、ゼロたちに食事を勧める。
「すっげーごちそう!」
目の前にあるのは、人生で見たことのないレベルのごちそう。ゼロは興奮を隠しきれない。隣のアルルも。
「こんなすごい料理はじめて見たよ!」
クゥは無言でゴクリとつばを飲み込んだ。
「一生分、食いだめするわよ!」
魔法使いが張り切る。紫髪の少女は器用な手つきで食材を皿に並べていく。赤緑黄のカラフルな野菜やフルーツが、白い皿に次々と並んでいく。その盛り付け方は、やたらときれいで、意外にもセンスがいい。
ゼロたちはテーブルを行ったり来たりしながら、次々と食べ物を皿に乗せていく。
クゥは、食べ物で山盛りになった皿をテーブルに置くと、イスに腰かける。そして、ごくりとツバを飲み込むと。
「うおーーーーーーーーーーー!」
鬼気迫る様子で食事を開始する。少女はウインナーだろうが、卵焼きだろうが、パンだろうが、構わずに手づかみで口に押し込む。皿の上の食べ物が、次々と小さな口に消えていく。
「ええーーーー!? す、すごい食欲……」
小柄な体に反比例するクゥの食べっぷりに、アルルが目を丸くする。
ゼロたちは夕食を大いに楽しんだ。
食事が終わる頃には、すっかり夜もふけていた。
「夜も、ふけました。今日は王宮に泊まっていかれるといいでしょう」
ラトナの好意に甘えて、少年たちは城で一泊することにした。
◇
謁見の間のバルコニーにて。
バルコニーの手すりを背にして、ラトナ姫が言った。
「……あの少年。どう思います?」
ラトナ姫に向かい合って立つ青髪の騎士グレンは、静かに口を開いた。
「共に戦ってみてわかったのは、彼が常軌を逸して強いということです。彼はA級悪魔を素手で倒しました」
「あなたの口からじゃなきゃ、とても信じられない話ね」
「目の前で見た私もまだ信じられません。それにあの少年は……」
グレンはそこで一度言葉を切る。その先の言葉を選んでいるようだ。
「どこか普通の人間とは違う」
「どういうこと?」
「……わかりません。なんとなくそう感じたというだけの話なので」
グレンは歯切れ悪く続ける。
「あの少年。もしかしたら、あるいは……」
ラトナは何も言わずに身をひるがえす。少女は空を見上げた。
夜空には月がある。赤い月。満月には少し足りない欠けた月。
血の色に染まった月は、不気味な月光を王国の大地に放っていた。




