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アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編

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44/61

44 赤い月


「絶対にゆるさんぞクソガキャーーーー!」


 怪物が怒り狂う。


「死ねええーーーー! 絶命ぜつめい斬りィィィィーーーー!」


 悪魔がグレンに向かって力任せにオノを振り下ろす。ミスリルの剣の重量を、はるかに超えるであろうオノを前にしても、グレンは一切退こうとしない。どっしりと構えてオノを迎え撃つ。


「ムチャだよ! あんな大きなオノ、受けきれない!」


 アルルの心配そうな声が飛ぶ。


 巨大な刃がぶつかる直前、グレンは剣を立て気味に構える。オノの刃が、ミスリルの剣の表面を火花を上げて滑る。


「なにっ!」


 渾身の攻撃をあっさりといなされて、怪物が動揺する。


 標的を仕損じた分厚い刃が、地面に深々と突き刺さる。


「す、すごい!」


 グレンの見事な剣技にアルルが歓声を上げる。


「チッ! 器用なヤツね!」


 上半身の筋肉をうごめかせながら、悪魔は大地に刺さったオノを強引に引き抜く。


 その隙にグレンが怪物のふところに入り込む。


「はあーーーー!」


 剣を打ちおろす。


 悪魔がオノをいで、グレンの剣に対抗する。


 武器と武器が激突する。耳をつんざくような衝突音。夕焼けに染まる城下町に飛び散る火花が光る。グレンの強打を、ケンタウロスは力任せの反撃で迎え撃つ。反動で両者の武器が後方に押しのけられる。グレンはすぐに二の手、三の手を放ち、怪物に休むヒマを与えない。対する怪物もパワーで対抗。こちらも一歩も引かない。


「しつこいんだよーーーー!」


 怒りをあらわにするケンタウロス。


 グレンの剣は正確無比。一撃でもオノを食らえば、いかにミスリルの鎧で守っていようとも、大ケガは免れないだろう。だというのに、騎士の剣には一切の迷いがない。まさに百戦錬磨の剣技だった。


 両者の戦いを食い入るように見つめるクゥが。


「すげえ! A級悪魔と互角だぞ!」

「ううん、それ以上だよ!」


 アルルが興奮気味に言った。


 悪魔が怒涛どとうの攻撃を放つ。その一撃一撃がとてつもなく重く、普通の人間なら、とっくに力尽きてやられているだろう。しかしオノはグレンに届かない。A級悪魔は、目の前にいるたった一人の人間を、いまだ撃破できずにいた。


 悪魔が振り回す大オノは、重量がある。対して、グレンの振るうミスリルの剣は羽のように軽い。一撃に使う体力が、まるで違う。徐々に両者のスタミナに差がつき始める。ケンタウロスが、肩を上下させて呼吸を乱す。オノのスピードが、目に見えて落ちていく。


「クッソーーーーッ!」


 敵わないと思ったのか、悪魔はグレンの前から走り去る。


「逃げたぞ!」


 離れていく悪魔の背中に、クゥが叫ぶ。


 悪魔の向かっていく先には、幼い女の子が立っていた。おそらく逃げ遅れた子供だろう。ブラウンの髪をした、おさげの少女だ。十歳にも満たない子供は、向かってくる悪魔に気づくと身をひるがえして逃げ出した。


「くっ! あの悪魔、子供を!」


 苦い顔で歯をかみしめると、グレンはすぐに駆け出す。悪魔の背を追いかける。


 悪魔が奇声を上げながら、子供の後を追いかける。


「おっほっほーーーー!」


 馬の体を持つ悪魔の走力は、圧倒的に高い。グレンの視線の先で、悪魔の背中がどんどん離れていく。それに反して悪魔と少女との距離は、またたく間に縮まってしまう。――と。


「わっ!」


 少女の足がもつれる。小さな体が倒れ込んでいく。


「きゃあ!」


 激しく地面にぶつかった少女が、顔をゆがめる。


 倒れた少女に、ケンタウロスの影が重なった。


 悪魔がオノを振り上げた。


「くそ! 間に合わん!」


 グレンが悪魔の元に駆けるが、距離が遠い。


「くたばれーーーーーーーーーーッ!」


 悪魔は容赦なく、子供にオノを振り下ろす。オノの軌道は、倒れた少女を完璧に捉えている。


「わああっ!」


 女の子が叫んだ。


 少女にぶつかる直前、その刀身は時間が止まったかのようにピタリと止まった。


「なんですってえ!? あ、あたしのオノを……」


 オノを止めていたのはゼロだった。彼はまたしても片手でオノを止めた。分厚いオノの刃を、少年の親指と四指ししがはさんでいる。


「はーーーーーーーーーーーーッ!」


 少年が渾身のパンチを怪物のボディに打ち込む。風を切るようなパンチは怪物の胴体に深々とメリ込んだ。


「ごはあっ!」


 強烈な一撃を食らった悪魔が、宙を吹っ飛ぶ。数百キロはあろう巨体が彼方に飛んでいく。怪物の巨体が民家の壁に激突して、衝撃で壁に亀裂が入る。同時、悪魔の全身が光に包まれて爆発する。


「メッギョーーーーーーーーーーーー!」


 ケンタウロスの断末魔が夕焼けに照らされる城下町に響き渡った。


 悪魔がいなくなると、その場に手のひらサイズの光輝く玉――エーテルが現れて地面に落ちた。エーテルが地面のうえをコロコロと転がっていく。


 エーテルを見てグレンが両目を見開く。


(バカな! 一撃だと!? 相手はA級悪魔なんだぞ!)


 グレンは視線を銀髪の少年に移す。ゼロは、息一つ乱していない。


(しかもゼロはおそらく、"実力をほとんど出していない!" な、なんというデタラメな強さ!)


 悪魔を倒しゼロは一安心する。


 そうこうしていると仲間たちが駆け寄ってくる。


 サーニャがパチンと指を鳴らして。


「ナイス、ストレート!」


 続いてアルルが。


「すっごーーーーい! 素手でA級悪魔を倒しちゃうなんて!」


 ピンクの巻き毛少女は瞳を輝かせると、ゼロの首に抱き着いて。


「さっすがゼロ!」

「うわあっ!?」


 アルルの顔が目の前に迫ってくる。びっくりして腰が引けるゼロ。


 そんな中、サーニャはニヤリと笑う。


「うちのバケモンはバケモンじみて強いのよ」

「ウム」


 クゥも同意した。


「それ、めてるのか?」


 バケモンとはずいぶんな言い草である。


 グレンは剣を鞘に収めると、緊張の面持ちでゼロを見つめる。その額には、うっすらと汗が浮かんでいた。悪魔との戦いで疲労したためか、あるいは別の理由からか。


 悪魔の討伐は終わった。しかし城下町はケンタウロスの襲撃によってかなりのダメージを受けていた。いくつもの民家が壊され、辺りには複数のケガ人もいる。


 ふいに背後から男性の声が聞こえた。


「ひ、姫様。ここはガレキが散らばっていて危険です! 城にお戻りください!」


 身なりのいい初老の男性が、オロオロしながら少女の後を追いかける。彼のすぐ前を小走りで移動するのは、ラトナ姫。姫は何度呼び止められても、止まる気配がない。


 ラトナは、ゼロたちの近くでうずくまっている女の子に歩み寄った。先ほどケンタウロスに襲われて転んだ女の子だ。女の子のヒザからは血がにじんでいた。


「うう……」

「大丈夫?」


 ラトナ姫は身をかがめるとケガに手をかざす。姫の手が淡い光に包まれていく。少女のケガが、みるみるうちに消えていく。回復魔法だ。ラトナ姫もクゥと同じでヒールを使えるらしい。


「ありがとう、姫様」


 そう言った女の子の顔からは、さっきまでの苦痛がきれいさっぱり消えていた。


 ラトナは少女に微笑むと、立ち上がって。


「ガレキに埋もれている人がいるかもしれません! 手のあいた人は救助を!」

「ボクも手伝うぞ!」


 クゥは背中から世界樹の杖を取り上げると、ケガ人の元に走り出した。


 仲間たち全員で救助に参加するのだった。



 その晩、ゼロたちは再び王宮をおとずれた。


 今ゼロたちがいるのは城の食堂。白いテーブルクロスに覆われた長いテーブルの上に、肉や魚、果物やパンなどのごちそうが、所せましと並んでいる。


「今日は町を救っていただき、ありがとうございます。さあ、みなさん、どうぞ好きなだけ召し上がってくださいね」


 一番奥のイスに腰かけたラトナが、ゼロたちに食事を勧める。


「すっげーごちそう!」


 目の前にあるのは、人生で見たことのないレベルのごちそう。ゼロは興奮を隠しきれない。隣のアルルも。


「こんなすごい料理はじめて見たよ!」


 クゥは無言でゴクリとつばを飲み込んだ。


「一生分、食いだめするわよ!」


 魔法使いが張り切る。紫髪の少女は器用な手つきで食材を皿に並べていく。赤緑黄のカラフルな野菜やフルーツが、白い皿に次々と並んでいく。その盛り付け方は、やたらときれいで、意外にもセンスがいい。


 ゼロたちはテーブルを行ったり来たりしながら、次々と食べ物を皿に乗せていく。


 クゥは、食べ物で山盛りになった皿をテーブルに置くと、イスに腰かける。そして、ごくりとツバを飲み込むと。


「うおーーーーーーーーーーー!」


 鬼気迫る様子で食事を開始する。少女はウインナーだろうが、卵焼きだろうが、パンだろうが、構わずに手づかみで口に押し込む。皿の上の食べ物が、次々と小さな口に消えていく。


「ええーーーー!? す、すごい食欲……」


 小柄な体に反比例するクゥの食べっぷりに、アルルが目を丸くする。


 ゼロたちは夕食を大いに楽しんだ。


 食事が終わる頃には、すっかり夜もふけていた。


「夜も、ふけました。今日は王宮に泊まっていかれるといいでしょう」


 ラトナの好意に甘えて、少年たちは城で一泊することにした。



 謁見の間のバルコニーにて。


 バルコニーの手すりを背にして、ラトナ姫が言った。


「……あの少年。どう思います?」


 ラトナ姫に向かい合って立つ青髪の騎士グレンは、静かに口を開いた。


「共に戦ってみてわかったのは、彼が常軌じょうきいっして強いということです。彼はA級悪魔を素手で倒しました」

「あなたの口からじゃなきゃ、とても信じられない話ね」

「目の前で見た私もまだ信じられません。それにあの少年は……」


 グレンはそこで一度言葉を切る。その先の言葉を選んでいるようだ。


「どこか普通の人間とは違う」

「どういうこと?」

「……わかりません。なんとなくそう感じたというだけの話なので」


 グレンは歯切れ悪く続ける。


「あの少年。もしかしたら、あるいは……」


 ラトナは何も言わずに身をひるがえす。少女は空を見上げた。


 夜空には月がある。赤い月。満月には少し足りない欠けた月。


 血の色に染まった月は、不気味な月光を王国の大地に放っていた。


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