42 襲撃
「あー、気にしないで! ただの口癖なのよ」
紫がかった長髪の少女サーニャが、慌ててゼロの言葉を否定する。そして今度は腰に手を当てると、不満気な顔をゼロに突きつける。
「ちょっとゼロ? お姫様の前で変なこと言わないでよね! はずかしいから!」
「だってホントのことじゃん?」
「あんたの中ではね」
「いいや、俺は勇者だ」
軽くあしらわれても、ゼロは一歩も引かない。
「自信だけは満々ね。根拠はなによ?」
「根拠ぉ? そりゃあ、アレだよ。その~」
言葉に詰まり、ゼロの視線が泳ぐ。必死になって考えるも、言葉の先を見つけることができない。
「ほ~ら、無いじゃない。この自称勇者!」
「ふっ。なんとでも言うがいい。“自称”天才魔法使い!」
「なーんですってー!」
ぷりぷり怒ったサーニャが追いかけてくる。謁見の間で、のんきに追いかけっこする二人。そんなゼロたちを見て、ラトナが「ふふっ」と笑いをもらす。しょうもないことでいがみ合っている二人を見て、少女は、なんだか幸せそうな顔を浮かべている。しばらくすると、しょうもない追いかけっこは幕を下ろす。
「大丈夫だよ! ゼロは私の勇者だからね!」
アルルが健気にもフォローしてくれた。
「う、うん……」
気を使わせてしまったみたいで、ちょっぴり気まずいゼロ。
ふとグレンの姿が目に入る。騎士団長は、銀色に輝くフルプレートアーマーに、首から下を隠している。見るからに重装で、堅苦しそうだ。
「重そうな鎧だなー。しんどくないの?」
ゼロが率直な感想を、騎士にぶつける。当のグレンはゴツい鎧を着ていると言うのに涼しい顔をしている。
「この鎧はミスリル製だ」
「ええ! すごっ!」
とつぜん興奮するサーニャ。
「ミスリルってなんなのだ?」
クゥが瞳をぱちくり。と、サーニャが。
「恐ろしく軽い金属よ。しかもメチャクチャ堅いから武器や防具に最適ね。ま、レア素材だから、めったに手に入らないけど」
レア素材。その言葉にゼロの目つきが変わる。
「レ、レア素材だって!? す、すごひ……」
うっとりとした瞳で、銀色に輝く鎧を見つめる少年。
「詳しいな」
騎士が初めて笑顔を見せる。博識なサーニャに感心しているようだ。
ふっとほくそ笑んだサーニャは、得意げに髪をかきあげると。
「天才魔法使いは、なんでも知っているってね!」
ほめられたことで魔法使いは得意げ。
「サーニャは物知りだぞ!」
クゥもサーニャをほめる。
「おーっほっほっほ! もっとほめていいのよ!」
「サーニャすっごーい!」
アルルが満面の笑顔で拍手する。
「あーっはっはっは! あたしは天才魔法使い!」
「……お前らの人生楽しそうだな」
実にお気楽な仲間たち。彼女らの生き方がゼロは心底うらやましくなる。
グレンは、背中に携えた巨大な剣の柄を握り込む。ゆっくりと鞘から抜くと、体の前で構えた。さすが騎士団長と言うべきか、その立ち姿は様になっている。
「この剣もミスリル製だ」
銀色の刀身が美しい輝きを放つ。
「こ、これがレア素材の剣……!」
ごくり。ツバがノドを落ちていく。光を放つ刀身を、うっとりと見つめているとグレンが。
「握ってみるか?」
「いいのか!?」
超レアなミスリルの剣を、何と触らせてくれるらしい。実に気前がいい。グレンは、剣先を下にして逆手に握ると、ゼロに差し出す。
「す、すげえ! 羽みたいに軽い!」
構えてみると、大剣はサイズに反して驚くほど軽い。これだけ軽ければ力の弱い者でも簡単に扱えるだろう。ならば、力の強い者が使えば? 当然恐ろしい威力を発揮するだろう。グレンの腕前は、王女の紹介によれば“王国一の剣の使い手”。そう評される彼がミスリルの剣を使えば、鬼に金棒だろう。
ゼロが指先で刀身をノックすると、硬質な音が返ってくる。恐ろしく硬い剣であることが、指先の感覚でわかる。
「刃には触れるなよ。指が飛ぶぞ」
そう言うとグレンは、まじまじとゼロを見つめる。
(まるで隙だらけ。よくこれでバズージャに勝てたものだ)
ミスリルの剣は美しい輝きを放つ。いつかこんな武器を手に入れてみたい、なんてことをゼロは思った。勇者が剣を使って戦うのはゼロの勇者観から外れていない。むしろかっこいいと思っている。ゼロは、なめるようにミスリルの剣を堪能すると、グレンに返した。
その時、ゼロに違和感。どこかから見られている気がする。視線を泳がせてみると、それが思い込みではないことがわかった。ラトナ姫がこちらを見つめていた。
「どうかしたか?」
不思議に思ってたずねると、玉座に座した王女は何かを語り出そうとした。と。
「待て。なにか外が騒がしい」
グレンが訝しげな顔で言った。
ゼロもすぐに異変に気づいた。外から叫ぶような声が聞こえてくるのだ。
グレンが走り出す。ゼロたちも後を追う。
城下町に面するバルコニーに出た。この場所からは黄昏時の城下町が一望できる。グレンが険しい顔で町を見下ろしている。
「町が襲われている!」
「なんてこと……」
グレンの隣でラトナ姫が言葉を失う。
城下町のところどころからは、火の手が上がっていた。絶え間なく悲鳴が聞こえる。何者かが城下町を襲撃しているのだ。
「ひどい……!」
アルルが悲痛な表情になる。
「ちょっとどこのアホよ! 町を襲ってるアホは! どうしようもないアホね!」
アホ連呼の魔法使い。
「ムムムッ……! 許せないぞ!」
クゥがめずらしく息巻く。ゼロも同じ気持ちだった。
「討伐に向かいます!」
そう言うと、グレンは隣にいるゼロに顔を向けて。
「ゼロ殿」
ふいに名を呼ばれたゼロが、城下町から視線を外して、青髪の騎士を見る。
「手伝ってくれないか?」
グレンはゼロに悪魔退治のサポートを依頼してきた。
「いいぜ! 俺は勇者だしな」
ゼロは騎士団長の申し出を快諾する。
「まーだ言ってる」
「なんだよ、お前も来るだろ? “自称”天才魔法使いさん?」
「なーんですってー!」
顔を真っ赤にしたサーニャが、地団太を踏む。
「まあまあサーニャ! みんなで行こうよっ!」
いまにもゼロに襲いかかろうとするサーニャに、後ろから抱き着いて止めるアルル。
「ウム。ボクらが協力すればどんな相手にも負けないぞ!」
クゥもやる気十分。
グレンが無言のまま、ゼロの全身に視線を這わす。
(バズージャを倒したこいつの実力、この目で確かめてやる)
「そういやラトナ、なにか言おうとしてなかったか?」
「それは――」
「今は緊急時。また後で話せばよかろう」
姫の隣にいる、フードを目深にかぶった少女――ルドラが姫の言葉を遮った。
「そ、そうですね……」
ラトナ姫は素直に言葉を引っ込める。しかしその顔は何かを言いたそうだ。
「じゃあ行ってくるぜ!」
そう言い残してゼロがその場を立ち去ろうとした時。
「ゼロ」
姫に呼び止められる。
「うん?」
少女のやさしそうな瞳と目が合う。姫は自分から話しかけておいて、なかなか続きを喋り出そうとしない。さっきまでは饒舌にしゃべっていたのに、なぜか急に歯切れが悪くなる。ついにはゼロの視線から逃げるように、目線をそらしてしまった。
「……いえ、なんでもありません。どうか気をつけて」
ラトナは、なぜか言葉を濁す。ゼロは、ラトナ姫の様子が気になったものの、今は城下町に急いだ。




