41 姫と騎士と魔法使い
◇
武道大会会場、控え室にて。
「お姫様から城に誘われた?」
サーニャは不思議そうな顔でゼロを見る。
「なんでわざわざ。もう賞金は受け取ったんでしょ?」
「さっき確認したら振り込まれてた」
いつも持ち歩いている携帯ゲーム機で残高を確認したところ、確かに1000万クレジット増えていた。念のため仲間にも見せる。残金には『10,000,004』の表示。
「すっごーい! ゼロってば、おっ金持ちー!」
「ハチミツ100個買える!?」
「もっと買えるぞ」
「すっげー! 買いに行くぞ!」
「ねえねえ、みんなで城下町に遊びに行こうよ!」
「あ、ちょっとゼロ! あんたあたしが立て替えた馬車代返しなさいよね! ほら早く! 急いで!」
「そんなの後でいいじゃん! 遊びに行こ!」
「ハチミツ買うぞ! あとミルクとパン!」
「だー! うっせえ!」
大騒ぎしながら詰め寄ってくる三人を落ち着かせる。
「とにかく! お姫様に呼ばれたの!」
「面倒だし、すっぽかしちゃえばー?」
「そうだよ! 城下町に遊びに行こ! ねっ!」
そう言って腕に抱き着いてくるアルル。
「うわあっ!?」
驚いて逃げ腰になるゼロ。そして顔が赤くなる。年ごろの女子に抱き着かれると、年ごろの男子は恥ずかしいのだ。なのでゼロはアルルをそっと引きはがす。
「ま、まあ絶対に来いとは言ってなかったしな……。このまま町を観光してから帰るか?」
「ウム。素晴らしい提案だ。……この国の名物料理はなにかな? ぐふふ……」
ヒーラーが、よだれをたらす。
「あ! 飯で思い出したけど、お姫様がごちそうを用意してるって言ってたな」
「行くぞーーーーーーーーーー!」
クゥが猛ダッシュで控え室を飛び出す。
「ああっ、待ってクゥ!」
アルルが呼びかけたころには、クゥの背中は小指の先くらいの極小サイズになっていた。普段の十倍は素早いヒーラー。いつもはあんなキビキビしてないのに。
「んっもう! 食いしん坊なんだから!」
サーニャは、細い腰に手を当てて呆れる。
「……しゃあない。追うぞ」
◇
ルクトルク城の、どデカい城門前に大きな杖を背負った金髪ボブの少女がいる。クゥは小さな円を描くようにクルクルとその場ダッシュ。延々と回り続けている。しかもめちゃ速い。
「遅いぞ、みんな! なにをしているのだ!」
「それはこっちのセリフだ。ちょっとは落ち着け!」
ゼロがツッコむと、クゥが手を握ってくる。
「はやくはやく!」
「お、おい、引っぱるなよ……!」
予想外に素早い少女。ゼロは転ばないように注意しながら後を着いていく。
ゼロたちが城内に消えると、取り残されたアルルとサーニャが、顔を見合わせる。サーニャがやれやれと首を振ると、アルルが「あははっ!」とお腹を抱えて笑った。
◇
「まあ! 来てくれましたね」
嬉しそうに手を合わせるお姫様。
ここはルクトルク城の謁見の間。
部屋の一番奥には、背の高い玉座がある。玉座にはゼロを城に誘った張本人――ルクトルクの王女が座っている。年齢はゼロと同じくらいなのに、妙に威厳がある彼女。そして玉座の右には、深紅のローブを着た少女が立っている。
目の前にいるお姫様を見て、アルルがヒソヒソと耳打ちしてくる。
「美人だね」
「だよな」
「ぷくっ!」
ハムスターみたいに、ほおをふくらませるアルル。ふくれっ面のまま涙目で抗議してくる。
「浮気だよ!」
「ええ……。自分から言ったじゃん……」
困惑しながら正論をこぼすゼロ。勇者は少女のワナにかかってしまった。
しかし冗談抜きにきれいなお姫様だった。
純白のドレスに、ガラスの靴。ウェーブがかった金の長髪はよく手入れされていてキラキラと輝いている。
王女の視線が、ゼロの隣にいるアルルたちに向く。
「あら、そちらの方たちは……?」
「俺の仲間です」
ふいに謁見の間に金属音が鳴った。ゼロたちの後ろからだ。
入り口から、首から下を金属の鎧で覆った青髪の男性が歩いてくる。
表情はどことなく硬く、とっつきにくそうな印象。しかし顔立ちは整っていて目を惹きつけられた。年齢は20代半ばくらい。背は180センチを軽く超えている。背中には鞘に収まった巨大な剣。切れ長の目元から放たれる眼光は鋭く、城の中で見かけた他の兵士達とは、別格の雰囲気をまとっていた。
男はゼロたちの隣までやってくると足を止め。
「困りますな。休憩中に呼び出されては」
青髪の男がトゲのある口調で言った。
「あら、それはごめんなさいね」
姫は、まるで悪びれずに微笑む。
「休憩中の呼び出しは原則禁止のはず。姫様と言えどもルールは守っていただかなくては」
一見、優男風ではあるものの、その発言には一切の遠慮がない。ピリッとした緊張感が場を支配した。しばしの静寂。こういう時間は実に長く感じる。
重苦しい空気を壊したのは、サーニャだった。
「なによケチくさいわねえ」
目を細めた魔法使いは、冷ややかな視線を男に送る。
騎士は無言のままサーニャに顔を向ける。その視線はサーニャを超えて、隣にいるゼロで止まる。
「君は武道大会の……」
王女が、青髪の男を手で指して。
「彼は騎士団長のグレン。王国一の剣の使い手です。見ての通り規律に厳しいの」
くすくすと笑う王女。するとグレンに横目で一瞥されて、姫は、いたずらっぽい顔のまま笑いだけを止めて視線をそらす。騎士団長をからかって遊んでいるようだ。それに気づいたのかグレンは「やれやれ」と小声でつぶやく。
姫は続いて、玉座の右側を手で指す。
「彼女はルドラ。私の魔法の先生です。すごい魔法使いなんですよ」
その言葉にサーニャの全身がピクッと震える。ライバル意識でも持ったのか、ルドラのことを上から下までなめるように見つめるサーニャ。
ルドラはフードを目深にかぶっているため、その素顔はわからない。年はゼロたちと、そう離れてはいないだろう。まったく言葉を話さず、ただ静かにたたずんでいる。ラトナと違ってずいぶんと無口だ。おとなしくて目立たない印象があるものの、ただ一つ、フードからのぞく赤い瞳だけは、やけに目を引いた。
ゼロは、ルドラの瞳に吸い寄せられていることに気づいた。いや違う。ルドラがゼロのことを見つめているのだ。少女は口を開かず、じっとゼロを見つめている。表情は、フードに隠れているため読み取りにくい。なので彼女が何を思っているのかまではわからない。
なんとなく気まずくなり、ゼロは視線を外す。
姫はヒザの上に両手を重ねて姿勢を整えると。
「私はラトナ。この国を治めています」
そう。この人物こそが、ゼロを城に招いた張本人。
彼女はなぜそんなことを? 単にゼロと食事を楽しみたかっただけなのか。もしくは、何か他の目的があるのか。あるいは、ただの気まぐれか。
王女たちに続いて、ゼロたちも自己紹介を済ませた。
「大会、すごかったですよ」
ラトナはニッコリする。
「いや~それほどでも!」
ストレートにほめられて、ゼロは照れながら後頭部をかく。
「ムッ!」
デレデレするゼロの姿に、アルルが口をとがらせる。
「しかし驚きました。まさか、あのバズージャに勝ってしまうなんて。あなたは何者なのですか?」
ラトナは目を丸くする。ゼロに興味津々といった様子。
ゼロは、ぱっと見、普通の少年。変わったところと言えば、ツンツンした髪形と、背中の漆黒のマントくらい。
「俺は勇者です」
ゼロは、いつもの調子で答えた。
「えっ……」
ラトナが目を見開く。どういうわけか彼女はゼロの言葉にひどく動揺していた。黙り込んで、ゼロの顔をまじまじと見ている。さっきまで、ほがらかにおしゃべりしていたというのに、急に口をつぐんでしまう。いったいどうしたというのだろう。




