40 武道大会決勝6
「ただいまの勝負、ゼロ選手の勝利です!」
マイクを通したレフェリーの声が、歓声を押しのけて会場中に響き渡った。レフェリーは壊れたリングの横で、ゼロの勝利を高らかに宣言したのだ。
思いがけないことに会場が、どよめく。
「えっ……」
勝者として名前を呼ばれたゼロ本人も、全く意味がわからず観客席の上層からリングを見下ろして固まる。
「解説いたします! ただいまの勝負、両者ともにリングアウトいたしました。そのような場合、ルール上、先にリングアウトした選手の負けとなります!」
観客席前の壁に背中を預けて座っているバズージャは、騒々しい会場内で、冷静に審判の解説を聞いている。
「先に地面に触れたのはバズージャ選手でした。そのため本試合はバズージャ選手の場外負けとなります。よって――」
リングの比較的近くに落ちたバズージャと、リングのはるか遠く、観客席の上層まで吹っ飛ばされたゼロ。その距離の差によって、ゼロはわずかではあるものの、バズージャの後にリング外に接触した。
「第四回ルクトルク王国武道大会、優勝者はゼロ選手に決定いたしましたーーーー!」
割れんばかりの歓声が二人の戦士に送られる。
「か……勝った……のか?」
勝利を言い渡されたものの、まだ信じられない。大歓声を受けながら、ゼロは呆然と立ち尽くしていた。
観客席の最前列では、ゼロの活躍を見守っていた三人の仲間が大盛り上がり。
「きゃーーーー! ゼローーーー!」
満面の笑みのアルルが、バンザイして飛び跳ねる。涙はいつの間にか引っこんでいて、心の底からうれしそうにゼロの勝利を喜んでいた。
「うおーーーー! すげーーーー!」
金色の瞳を輝かせたクゥは、一通り叫び倒すとゴクリとノドを鳴らす。どうやらすでにごちそうのことを考えているらしい。ゼロにおごらせる気満々だ。
「っしゃあーーーー! ナイスファイト!」
握りこんだ拳を突き出して、サーニャが雄々しく叫ぶ。いつも元気な魔法使いが、さらにパワフル。
たくさんの祝福を受けて、やっと勝利の実感が湧いてくるゼロ。ついに念願の優勝を手にしたのだ。しかも強敵を打ち破ることに成功して。最高の勝利だった。少年は心の底から嬉しくなり、その場に飛び上がった。
「うおーーーー! やったぞ、みんなー!」
会場の観客に、そしてなにより応援してくれた仲間たちに勝利の喜びを伝える。ゼロはついに念願の武道大会優勝を果たしたのだ。
「あーあ。負けちゃったぁ」
壁に背中を預けたバズージャが、苦笑いしながら頭をかく。バズージャからしたらギリギリのところで優勝に手が届かず、悔しさもひとしおだろう。しかし、がっかりしながらもどこか清々しい顔だった。
バルコニーでは、イスから身を乗り出したお姫様が、食い入るようにリングを見つめている。
「す、すごい……。み、見ましたか?」
姫の声は、かすかに震えていた。決勝戦はそれまでの試合とは明らかにレベルが違った。怪物二人が繰り広げた戦いに、彼女は相当驚いたらしい。
姫の隣に立つ青髪の騎士は、今までの冷静さがウソのように目を見開いている。
「まさか、あのバズージャに勝ってしまうとは……。……信じられん」
姫は前傾した上体を戻すと、背もたれに背を預ける。優雅なたたずままいを取り戻して、つぶやく。
「彼はいったい……」
驚きを隠せていない二人の隣で、深紅のローブを目深にかぶった少女だけは、なにも語らず静かにゼロを見つめていた。
壊れたリングの隣で、ゼロとバズージャが握手を交わす。とは言ってもバズージャの手は大きすぎるので、ゼロはバズージャのデカイ人差し指を握る。
「両選手、固い握手を交わしておりまーーーーす!」
ゼロたちの隣にいるレフェリーが、よく通る声で実況する。リングから吹き飛ばされたり、鉄の爪を突き立てられて殺されかけたりしたのに、常に変わらぬ元気な姿勢で実況している。さすがプロだとゼロは感服する。
「キミってさぁ、A級悪魔よりも、だいぶ強いでしょ?」
なにを思ったのかバズージャがそんなことを聞いてくる。
「まあね」
「だよね~!」
ゼロがにこやかに返すと、バズージャは声を弾ませる。なんだか嬉しそうだ。
そんなバズージャもまた、A級悪魔を凌駕する力を持っている。幾度となくA級悪魔を倒してきたゼロには、バズージャの実力がよくわかる。
悪魔狩りのバズージャ。それが彼の二つ名。
バズージャは陽気だった。負けたばかりだというのに、そのことをまるで気にしていないように明るく振る舞う。試合中とはまるで違って穏やかな彼がそこにいた。
「君とはリング以外の場所で、もう一度戦ってみたいなぁ! このリング、僕の体にはちょっぴりせまいからさ~」
そこまで言うと、バズージャは声のトーンを落としてゼロにだけ聞こえるように。
「……キミもそうだろ?」
「――!」
ドキリとするゼロ。
(まさか、勇者の剣に気づいているのか?)
ルクトルク王国にやって来てから、ゼロは勇者の剣を使っていない。バズージャが剣について知ることは不可能なはず。なのになぜ彼はそのことを?
「おっ、その反応! やっぱり何か隠したチカラがありそうだね~」
そう言ってニヤニヤしている。どうやらカマをかけたらしい。ゼロの反応を見て、まだ何か隠し玉があると察したようだ。
「で、どんな必殺技なの?」
「ヒミツ」
口元をキュッと閉じて、口の前で人差し指を立てるゼロ。
かたくなに口を閉ざすゼロの姿に、バズージャは豪快に手を叩き、心底おかしそうに笑う。
「あっははは! まあいいや。次に戦う時の楽しみにしよーっと!」
バズージャはゼロとの再戦を望んでいるようだ。リング以外の場所で戦ったら、いったいどんな結果になるのだろう。ゼロには見当もつかなかった。背中越しに手を振りながら、悪魔狩りは控え室へと帰っていった。
(……すげーヤツがいたもんだ)
なにはともあれ、ゼロの優勝は確定した。辛くも勝利を手にしたゼロは、すべてをやり終えてホッとする。ラクに優勝できると踏んで参加した大会だったのに、ふたを開けてみれば思いもかけず強敵と巡り合う結果となった。
◇
武道大会の表彰式が始まった。……と言ってもリングは壊れてしまったので、その横で。
ついに賞金が手に入るとあってゼロはソワソワする。なにせ金額が金額だ。何体ものA級悪魔を倒しているゼロでさえ、一度の賞金が1000万クレジットを超えたことはない。馬車代を払ってまで、やってきたかいがあるというもの。そういえば魔法の馬車の代金はサーニャに立て替えてもらってたんだっけと、ゼロはいまごろになって思い出す。サーニャのことだから、ちゃんと返さないと後でうるさそうなので、忘れないように頭の片すみにメモ。
地平線の近くまでやってきた太陽は、赤みのある光で、大地をやさしく包んでいた。
リング横でルクトルク王国のお姫様が微笑む。その姿には気品があり、パドの街で生活するゼロにとっては、あまり見たことのないタイプだった。この子のようなタイプを前にすると、ゼロは決まって緊張してしまう。しかしどういうわけか、今のゼロは落ち着いている。少女は美しい上に、かわいらしさも兼ね備えていた。そしてどことなく気さくな感じがした。だからだろうか。緊張しないのは。年齢はゼロとさほど変わらないだろう。ウェーブがかった金髪は腰まであり、夕陽を受けて輝いており、まるで宝石のようだった。着こなした純白のドレスは彼女の魅力を一層引き立て、足元では透明なガラスの靴が輝く。その柔らかな表情は見ているだけで落ち着きを感じた。向かい合うゼロは優しそうな女の子だと思った。瞳の色はゼロとそっくりなブルー。
「おめでとう!」
王女から、祝福の言葉とともにトロフィーを手渡される。
会場が歓声に包まれる。会場中の人たちがゼロを祝福してくれる。
「ありがとうございます!」
トロフィーをうやうやしく受け取る。その時、姫がゼロの耳元でささやく。耳に息がかかった。
「この後、ぜひお城に」
どういうことだろう。お姫様はなぜか城に誘ってくる。
姫はゼロの耳元から顔を離す。彼女は、やはり柔らかい笑みのままだった。
「ごちそうも用意してありますよ」




