38 武道大会決勝4
疾走するゼロが、バズージャの手前で急停止する。少年はハンマーの間合いの直前で止まると、一瞬で姿を消した。
「――!」
バズージャの目つきが険しくなる。直後、ハンマーが誰もいないリングを叩きつけた。壊れたリングにハンマーが深々と沈む。
バズージャに致命的な隙が生まれる。空ぶったハンマーは地面にメリ込んでいる。引き抜かなくては次の攻撃に移れない。対戦相手をとらえ損ねた巨人は、完全な無防備をさらす。いかにバズージャとあっても、崩れた体勢を立て直すには刹那の時が要る。それこそが最大のチャンス。刹那の時を縫って、ゼロが巨人の横顔に姿を現す。同時、握り込んだ拳を全力で振り抜く。
「――な!?」
ゼロに異変が起こる。視界のすべてが暗闇に包まれたのだ。理解不能な状況。ゼロは一瞬にして暗闇にとらわれてしまう。直後、世界が回転する。
「うわあああっ!」
景色があまりにも早く流れていき、自分がどこにいるのかすら、わからなくなる。意味も分からず、もがき続けていると、ほどなくして全身に衝撃が走った。
「ああーーーーーっと! ゼロ選手、リングに叩きつけられたーーーーーーーー!」
近くから、レフェリーの叫ぶ声が聞こえる。それによってゼロは、やっと自分の状況を理解できた。顔に触れるリングは冷たく、硬い。ひんやりとするリングを押すと、世界に光が差す。
(バカな……。ハンマーは、かわしたはず……)
四つん這いのまま顔を上げる。視線の先のバズージャは、ハンマーを持っていないほうの手をグーパーさせながら笑みを浮かべる。
「はあ~い! 必ずしもハンマーで攻撃するとは限りません」
バズージャは、ゼロがパンチを放った瞬間、ゼロのパンチにカウンターのビンタを合わせたのだ。リングに埋まったハンマーでは対応が間に合わないと判断して、小回りのきく素手での対応に切り替えたのだろう。ゼロの並外れたスピードに、あの一瞬で対応できる人間が、この世界に何人いるだろう。一人は今見つかった。
まさかあの状態で反撃が飛んでくるとは思いもしなかったゼロ。意識を攻撃だけに向けていたため、完全に無防備な状態でカウンターを食らってしまった。まるで受け身も取れず、さらに叩きつけられた先は、あろうことか高硬度の強化石材製リング。しかしゼロもまた並外れた強さを持っている。並の戦士であれば、今の一撃で絶命していてもおかしくないというこの場面で、立ち上がって見せたのだ。そんなゼロから見て、バズージャの強さは、今までに戦ってきた相手の中で、間違いなくナンバーワンだった。その強さはA級悪魔をはるかに超えていた。
(こいつ……。……今の一撃でリングアウトさせることだってできたはず。いや、今だけじゃない。一回目や二回目のダウンを取られた時もそうだ。わざわざリングに叩きつけず、場外に投げ飛ばせば、それで勝ちなのに。……こいつは、それを"あえて"しなかった)
ゼロの考えを見透かしたように、バズージャが笑みを浮かべる。
「せっかくの決勝戦だ。お客さんに楽しんでもらいたいからね~。一瞬で場外負けなんて……つまらないよね?」
無表情に近いその顔からは、どういうわけかすさまじい殺気が感じられる。
(こいつ……遊んでやがる。……自信があるんだ。自分が負けるわけがないと……! ……くっ! 勇者の剣さえ使えれば……)
そう。必殺技である勇者の剣を使えば、形勢を逆転できるだろう。しかし、ここは武道大会の会場。大勢の観客が周りを埋め尽くしている。この場所で勇者の剣を使えば、観客も巻き添えになる。超巨大かつ超破壊力の必殺武器が、この場所では仇となった。
過去最強の相手を前にして、自身最強の武器は使えない。ゼロは過去最大のピンチに追い込まれていた。
「さ~て。そろそろ疲れてきたかな~?」
クルッとハンマーを一回転させて握りなおすと、バズージャはリング中央から歩き出す。向かう先はもちろん、対戦相手である銀髪の少年。
敵対者の接近に、リングの隅で、うずくまっていたゼロは慌てて立ち上がる。
バズージャの一歩は大きい。あっという間にゼロとの間合いを殺して、目の前にたどり着いてしまう。巨人は絶えずプレッシャーをかけ続けてくる。これでは体力を回復させるヒマさえない。
目の前のバズージャが無言でハンマーを振り上げる。リングをあっさりと砕くその威力からしても、木槌には相当な重量があるはず。だというのに、それをまったく感じさせない流れるような所作。規格外のパワー。熟達した技術。完全に武器を使いこなしている。
一瞬でも気を抜けばやられる。ゼロの警戒心がマックスまで高まる。
ハンマーが、かすかに動く。
来る。即座に反応した少年が、地面を蹴り、自身の体を全力で側方に逃がす。一撃でも食らえば、いかにゼロでも大ダメージは免れない。
ゼロがハンマーの軌道から抜けた直後、リングに木槌が激突する。叩きつけられた部分が、あっさりと砕け散った。
「まだまだ元気だね~!」
逃げたゼロに向きなおると、バズージャはハンマーを振り下ろす。圧倒的速度。一瞬にして眼前に攻撃が迫る。ゼロは今度もギリギリで逃げ切る。すると、ゼロが逃げた先に間髪入れずハンマーが叩きつけられる。瞬時に離脱して、追撃から逃げるゼロ。しかし逃げる先、逃げる先へ、連続的にハンマーが降ってくる。
(は、速い!)
どうやらバズージャは、ゼロを休ませるつもりは、ないらしい。攻撃は止まない。一瞬でも気を抜けば、その時点で勝負は決まる。
「目にも止まらぬ連続攻撃ーーーーーーーー! 一瞬でリングが穴だらけだーーーーーーーー!」
見るも無残な姿になった舞台。いまやバズージャの足元以外は、ほとんどが穴ぼこと化した。
「逃げ場がないよ~」
「くっ……」
壊れに壊れたリングには、もはや足場は、ほぼ残っておらず、ゼロは次の逃げ場を見つけられない。中央に残った小さな島で、二人の戦士が、にらみ合う。いや、ゼロがバズージャに圧倒されるといったほうが正しい。
「さあ、どうする!」
バズージャは、逃げ場の無いゼロに、容赦なくハンマーを振りおろす。
ゼロの心臓が高鳴る。もはや後はない。瞬き一回もしないうちに、凶器はゼロを押しつぶすだろう。この窮地をどう潜り抜けるか。それを思考する時間すら、ゼロには残されていないのだ。
ハンマーがリングを叩きつけ、少年の立っていた足場が一瞬にして砕け散った。
会場中が静まり返り、観客が勝負のゆくえに釘付けになる。
打ち付けられたハンマーが、ゆっくりと引き上げられる。
「こ、これはどういうことでしょうか……」
レフェリーが困惑する。
ハンマーの下に、ゼロの姿が無かったのだ。
(気配が……消えた)
リング中央にわずかに残された足場の上で、バズージャは警戒した様子で四方を探る。
リングはバズージャのいる中央部分を除き、ほとんどが崩れている。
しかしその壊れ方が肝だった。壊れたリングは、あちこちが盛り上がっている。つまり、死角が無数に生まれていたのだ。小柄なゼロであれば身を隠すことも可能。リングを壊しすぎた結果、バズージャは、自ら大量の死角を作ってしまったのだ。
鋭い視線が、障害物だらけのリングをサーチする。しかしあまりにも死角が多すぎる。これだけ隠れる場所があると、少年の姿を見つけ出すことは容易ではない。
その時、バズージャの全身がピクリと反応する。
「後ろか!」
バズージャは振り向きざまにハンマーを横なぎに振った。ハンマーの軌道上には、ゼロの姿があった。バズージャはゼロの攻撃に完璧に反応して見せた。
巨大な武器が宙にいるゼロに迫る。
「まずい!」
観客席のアルルが口元を押さえる。
このままではハンマーの直撃を免れない。いくらゼロであっても、超破壊力を持つこの攻撃を防ぐ手段は無いのだ。
「もらったあーーーーーー!」
バズージャが勝利を確信したかのような雄たけびを上げる。直後、ゼロの体が急激に沈んでいく。
ハンマーが空を切る。ゼロの体はハンマーよりもはるか下。
「なに!」
バズージャの顔が動揺に染まる。
「はあーーーーーー!」
ゼロは握り込んだ拳を、バズージャの足元に目がけて叩きつける。最期に残ったリングが、粉々に吹き飛んでいく。
そう。ゼロはバズージャを狙っていなかったのだ。
足場を失ったバズージャが、体勢を崩してリング下に落下していく。
ゼロは瞬時にその場を離脱すると、近くのリング片に飛び乗る。少年の足が、リングの残骸に着地した。
(あの巨体じゃ、崩れたリングには立てない! 俺の勝ちだ!)
大地に沈んでいくバズージャがニヤリと笑う。巨人は、絶体絶命の状況であるにもかかわらず、楽しそうに笑っている。
ゼロは、とうとつに嫌な予感がした。




