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アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編

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37/61

37 武道大会決勝3


「さすがのキミも、今のはいたか~い?」


 バズージャは相変わらず余裕しゃくしゃく。当然だろう。彼は試合が始まってからダメージらしいダメージを一度も受けていない。それどころか、まだ試合開始時から一歩も動いていない。


 巨人が、リングに突き刺さったゼロをのぞき込む。敵対者である少年が確実に倒れたことを確認するためだろうか。それとも勝ちを確信して油断が生じたのだろうか。バズージャはリングに突き刺さったゼロに近づいてしまった。その時、何の前触れも無くゼロが穴から飛び出した。


「――!」


 眼前で飛び上がったゼロに、バズージャが一瞬の隙を見せる。ゼロは、無防備なバズージャの顔面に、渾身こんしんの右ストレートをお見舞いする。


「ぶおっ!?」


 ゼロの拳が巨大な顔面にメリ込む。バズージャの分厚い顔面の肉が、まるで波紋が広がるように揺れている。不意を突かれたバズージャは、ゼロのパンチをまともに食らう。巨体が浮き、背中からハデにリングへ倒れこんだ。


 巨人を吹っ飛ばすと、ゼロは音もなくリングに着地する。バズージャと入れ替わるようにリング中央に返り咲く。対するバズージャはゼロの数メートル前方で、両腕を広げて豪快に倒れている。


「な、なんとゼロ選手! ダウンから復帰したと思ったら、逆にダウンを奪い返しましたーーーーーーーー!」


 ゼロの逆転劇に会場が沸き上がる。


「やったあーーーー!」


 瞳を輝かせたアルルが、ピョンピョン跳びはねて喜びをあらわにする。ピンクの巻髪が、ふわふわと上下に波打つ。


 大声でわめくサーニャが拳を突き出し。


「行きなさいゼロ! 今のうちにトドメを刺すのよ!」

「それは反則だぞ……」


 メチャクチャなことをのたまう魔法使いに、クゥがあきれる。


「5! 6! 7!」


 カウントが進む中、バズージャがむくりと起き上がる。


「た、立ったーーーー! バズージャ選手もゼロ選手に負けず劣らずタフです!」


 バズージャは、まるで何事も無かったかのように立ち上がる。彼は、ひどく落ち着いていた。さっきまでの陽気さが消え、まるで人が変わってしまったかのようだった。ただ、その瞳だけは氷のように冷たかった。


「……うん。いいね」


 妙だ。バズージャの変化を察し、ゼロは無意識のうちに身構える。


(なんだ……)


 なぜか無性に嫌な予感がした。根拠はない。それは、ただの直感。


 ダウンを奪ったことで、勝負の流れが変わり始めたようにも思える。しかしバズージャをダウンさせた当の本人であるゼロ自身、その変化を信じられずにいた。目の前の怪物は、実力のほんの一部しか出していない。なぜだかわからないが、ゼロはそう直感してしまった。この怪物にはまだ底知れぬ力がある。そして秘められたその力こそが真に危惧きぐするべきものなのだと。


 巨人が、大きく息を吸い込む。大量の空気を取り込み、ただでさえデカイ体が一段とサイズアップする。そして拳を握り込み、全身に力を込める。


「はああああああああああああああああっ!」


 バズージャの絶叫が会場中の空気を震わせる。そのとてつもない声量に、観客たちが顔を歪めて耳をふさぐ。


 同時、リングが激しく揺れ出した。


「な、なんだ!?」


 バズージャの急激な変化にゼロは驚きを隠せない。怪物への警戒を払いながら、倒れないように足を踏ん張る。揺れが激しくなっていく。少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうだった。


 ふいにバズージャの身体から突風が巻き起こり、ゼロの黒マントを激しく揺さぶる。ゼロは全身に精いっぱいの力を込めて、襲い来る強風に耐え続ける。


「うわあああああーーーーー!」


 レフェリーが宙に投げ出され、場外に吹き飛ばされていく。


「な、なんて魔力!」


 身をかがめたサーニャは、顔だけを観客席の壁からのぞかせる。少女はバズージャの魔力を感じ取って驚愕しているようだった。


 バズージャが天に向かって右手を伸ばすと、その周囲が強い輝きを放つ。


「あ、あれは!」


 ゼロの視線の先、巨人の頭上で輝く光が形状を変えていく。光は何かを形どっていく。どういう原理なのか、ほどなくして、魔力の光は巨大なハンマーに変化した。形状だけで言えば、ただの木槌きづち。しかしそのサイズが異常だった。大きく膨らんだヘッド部分だけでも、ゼロの全身をゆうに超える。そんな規格外の武器を、バズージャは片手でやすやすと握っている。


「じゃ~ん! この魔法のハンマーで君と戦うよ~!」

「ま、魔法のハンマーだって?」


 一目で、やばい武器だと直感するゼロ。


「これは魔力で作ったハンマーさ。使い方は簡単! 思いっきり叩きつけるだけ! くだらないだろ? でも威力は本物だから――」


 バズージャの巨体が飛び上がる。そのサイズに反して、驚くほどに身軽な跳躍ちょうやく。宙に浮いた巨人は、片手で握ったハンマーを頭上まで振り上げると。


「逃げた方がいいよ~~~~!」


 言うと同時、ハンマーが振り下ろされる。巨大なヘッドが、そのサイズに反比例する超スピードで襲いかかってくる。


(まずい!)


 ハンマーがすでに目の前に迫っている。ゼロは思い切りリングを蹴り、後方に飛び退く。ハンマーの軌道から抜け出した直後、強化石材のリングにヘッドが激突した。ゼロの眼下でリングが砕ける。大量の破片が四方に飛び散り、そのうちのいくつかがゼロに襲いかかった。体の前で腕をクロスさせて即座にガード。その上からいくつもの破片が立て続けにぶつかってくる。


「くっ!」


 重い。強化石材であることを加味しても、普通ならここまでの衝撃にはならないはず。……それほどまでにバズージャの攻撃力が並外れているのだ。すさまじい風圧が、ゼロの銀髪を乱す。


 リングに三つ目の穴が誕生する。ただの穴ではない。前二つの穴とは比較にならないほど巨大。その穴のサイズが、ハンマーの攻撃力を如実にょじつに物語っていた。


 リングに深々と埋まったハンマーを軽々と引き上げるバズージャ。


「素早いねぇ~!」


 逃げ切ったゼロに、バズージャは笑顔を送る。


(なんてパワーだ! まともに食らったらマズイぞ!)


 馬鹿げた威力のハンマー。さすがのゼロも攻めあぐねる。あの攻撃を食らったら、タダでは済まない。軽々しくバズージャに近づくのは自殺行為だ。そもそも近づいたところで、ぶ厚い脂肪に守られているバズージャには通常の攻撃は効かない。顔面に打ち込んだ渾身の右ストレートでも、ダメージは、まるでない。おそらく肉弾戦でダメージを与えることは無理だろう。


 ゼロは高速で思考をめぐらせる。目の前の怪物を倒す方法を、なんとかして探し出そうとする。しかしどんなに考えても、バズージャに勝つすべを思いつかない。焦りだけがつのっていく。


「バズージャ選手、すさまじい攻撃です! 強化石材のリングが粉々だーーーーーっ!」


 リングの下に吹っ飛ばされたレフェリーが、リング上の二人を見上げて実況を続ける。


 一方、観客席のサーニャは目元に大玉の汗を浮かべる。


(まずいわね。このせまい会場じゃ、観客が巻きえになるから勇者の剣は使えない。……あのデカブツを倒す手段がないわよ)


 サーニャは口元に当てた親指を噛みながら、厳しい視線をリングに向ける。


「ゼロ……!」


 アルルの心配そうな声が少年の名を呼ぶ。


 ハンマーを握ったバズージャは、リングの中央で余裕の笑み。対するゼロは、リングの隅で険しい顔。


(まともにやりあうのはマズイ。何とかしてすきを作るしかない! ……よし)


 ゼロは覚悟を決めると、走り出した。


「ゼロ選手、な、なんと真正面からバズージャ選手に向かっていきます!」


 ゼロには武器も防具も無い。完全に丸腰で、バズージャの間合いに駆け込んでいく。それは、ただの突撃。その行動は、どう考えても無謀でしかない。それでもゼロはスピードを緩めない。


 当然、このチャンスをバズージャが逃すはずがない。少年に視線をロックしたまま、巨大なハンマーを頭上に構える。一直線に向かってくる相手を打ち付けることなど、バズージャには造作もないことだろう。巨人の腕が動いた。自身の足元に向かい来る少年に先回りして、バズージャは攻撃を開始する。巨大な腕が下りきるころには、ゼロは、ちょうどハンマーの真下。完璧なタイミングだった。


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