37 武道大会決勝3
「さすがのキミも、今のは効いたか~い?」
バズージャは相変わらず余裕しゃくしゃく。当然だろう。彼は試合が始まってからダメージらしいダメージを一度も受けていない。それどころか、まだ試合開始時から一歩も動いていない。
巨人が、リングに突き刺さったゼロをのぞき込む。敵対者である少年が確実に倒れたことを確認するためだろうか。それとも勝ちを確信して油断が生じたのだろうか。バズージャはリングに突き刺さったゼロに近づいてしまった。その時、何の前触れも無くゼロが穴から飛び出した。
「――!」
眼前で飛び上がったゼロに、バズージャが一瞬の隙を見せる。ゼロは、無防備なバズージャの顔面に、渾身の右ストレートをお見舞いする。
「ぶおっ!?」
ゼロの拳が巨大な顔面にメリ込む。バズージャの分厚い顔面の肉が、まるで波紋が広がるように揺れている。不意を突かれたバズージャは、ゼロのパンチをまともに食らう。巨体が浮き、背中からハデにリングへ倒れこんだ。
巨人を吹っ飛ばすと、ゼロは音もなくリングに着地する。バズージャと入れ替わるようにリング中央に返り咲く。対するバズージャはゼロの数メートル前方で、両腕を広げて豪快に倒れている。
「な、なんとゼロ選手! ダウンから復帰したと思ったら、逆にダウンを奪い返しましたーーーーーーーー!」
ゼロの逆転劇に会場が沸き上がる。
「やったあーーーー!」
瞳を輝かせたアルルが、ピョンピョン跳びはねて喜びをあらわにする。ピンクの巻髪が、ふわふわと上下に波打つ。
大声でわめくサーニャが拳を突き出し。
「行きなさいゼロ! 今のうちにトドメを刺すのよ!」
「それは反則だぞ……」
メチャクチャなことをのたまう魔法使いに、クゥがあきれる。
「5! 6! 7!」
カウントが進む中、バズージャがむくりと起き上がる。
「た、立ったーーーー! バズージャ選手もゼロ選手に負けず劣らずタフです!」
バズージャは、まるで何事も無かったかのように立ち上がる。彼は、ひどく落ち着いていた。さっきまでの陽気さが消え、まるで人が変わってしまったかのようだった。ただ、その瞳だけは氷のように冷たかった。
「……うん。いいね」
妙だ。バズージャの変化を察し、ゼロは無意識のうちに身構える。
(なんだ……)
なぜか無性に嫌な予感がした。根拠はない。それは、ただの直感。
ダウンを奪ったことで、勝負の流れが変わり始めたようにも思える。しかしバズージャをダウンさせた当の本人であるゼロ自身、その変化を信じられずにいた。目の前の怪物は、実力のほんの一部しか出していない。なぜだかわからないが、ゼロはそう直感してしまった。この怪物にはまだ底知れぬ力がある。そして秘められたその力こそが真に危惧するべきものなのだと。
巨人が、大きく息を吸い込む。大量の空気を取り込み、ただでさえデカイ体が一段とサイズアップする。そして拳を握り込み、全身に力を込める。
「はああああああああああああああああっ!」
バズージャの絶叫が会場中の空気を震わせる。そのとてつもない声量に、観客たちが顔を歪めて耳をふさぐ。
同時、リングが激しく揺れ出した。
「な、なんだ!?」
バズージャの急激な変化にゼロは驚きを隠せない。怪物への警戒を払いながら、倒れないように足を踏ん張る。揺れが激しくなっていく。少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうだった。
ふいにバズージャの身体から突風が巻き起こり、ゼロの黒マントを激しく揺さぶる。ゼロは全身に精いっぱいの力を込めて、襲い来る強風に耐え続ける。
「うわあああああーーーーー!」
レフェリーが宙に投げ出され、場外に吹き飛ばされていく。
「な、なんて魔力!」
身をかがめたサーニャは、顔だけを観客席の壁からのぞかせる。少女はバズージャの魔力を感じ取って驚愕しているようだった。
バズージャが天に向かって右手を伸ばすと、その周囲が強い輝きを放つ。
「あ、あれは!」
ゼロの視線の先、巨人の頭上で輝く光が形状を変えていく。光は何かを形どっていく。どういう原理なのか、ほどなくして、魔力の光は巨大なハンマーに変化した。形状だけで言えば、ただの木槌。しかしそのサイズが異常だった。大きく膨らんだヘッド部分だけでも、ゼロの全身をゆうに超える。そんな規格外の武器を、バズージャは片手でやすやすと握っている。
「じゃ~ん! この魔法のハンマーで君と戦うよ~!」
「ま、魔法のハンマーだって?」
一目で、やばい武器だと直感するゼロ。
「これは魔力で作ったハンマーさ。使い方は簡単! 思いっきり叩きつけるだけ! くだらないだろ? でも威力は本物だから――」
バズージャの巨体が飛び上がる。そのサイズに反して、驚くほどに身軽な跳躍。宙に浮いた巨人は、片手で握ったハンマーを頭上まで振り上げると。
「逃げた方がいいよ~~~~!」
言うと同時、ハンマーが振り下ろされる。巨大なヘッドが、そのサイズに反比例する超スピードで襲いかかってくる。
(まずい!)
ハンマーがすでに目の前に迫っている。ゼロは思い切りリングを蹴り、後方に飛び退く。ハンマーの軌道から抜け出した直後、強化石材のリングにヘッドが激突した。ゼロの眼下でリングが砕ける。大量の破片が四方に飛び散り、そのうちのいくつかがゼロに襲いかかった。体の前で腕をクロスさせて即座にガード。その上からいくつもの破片が立て続けにぶつかってくる。
「くっ!」
重い。強化石材であることを加味しても、普通ならここまでの衝撃にはならないはず。……それほどまでにバズージャの攻撃力が並外れているのだ。すさまじい風圧が、ゼロの銀髪を乱す。
リングに三つ目の穴が誕生する。ただの穴ではない。前二つの穴とは比較にならないほど巨大。その穴のサイズが、ハンマーの攻撃力を如実に物語っていた。
リングに深々と埋まったハンマーを軽々と引き上げるバズージャ。
「素早いねぇ~!」
逃げ切ったゼロに、バズージャは笑顔を送る。
(なんてパワーだ! まともに食らったらマズイぞ!)
馬鹿げた威力のハンマー。さすがのゼロも攻めあぐねる。あの攻撃を食らったら、タダでは済まない。軽々しくバズージャに近づくのは自殺行為だ。そもそも近づいたところで、ぶ厚い脂肪に守られているバズージャには通常の攻撃は効かない。顔面に打ち込んだ渾身の右ストレートでも、ダメージは、まるでない。おそらく肉弾戦でダメージを与えることは無理だろう。
ゼロは高速で思考をめぐらせる。目の前の怪物を倒す方法を、なんとかして探し出そうとする。しかしどんなに考えても、バズージャに勝つ術を思いつかない。焦りだけが募っていく。
「バズージャ選手、すさまじい攻撃です! 強化石材のリングが粉々だーーーーーっ!」
リングの下に吹っ飛ばされたレフェリーが、リング上の二人を見上げて実況を続ける。
一方、観客席のサーニャは目元に大玉の汗を浮かべる。
(まずいわね。このせまい会場じゃ、観客が巻き添えになるから勇者の剣は使えない。……あのデカブツを倒す手段がないわよ)
サーニャは口元に当てた親指を噛みながら、厳しい視線をリングに向ける。
「ゼロ……!」
アルルの心配そうな声が少年の名を呼ぶ。
ハンマーを握ったバズージャは、リングの中央で余裕の笑み。対するゼロは、リングの隅で険しい顔。
(まともにやりあうのはマズイ。何とかして隙を作るしかない! ……よし)
ゼロは覚悟を決めると、走り出した。
「ゼロ選手、な、なんと真正面からバズージャ選手に向かっていきます!」
ゼロには武器も防具も無い。完全に丸腰で、バズージャの間合いに駆け込んでいく。それは、ただの突撃。その行動は、どう考えても無謀でしかない。それでもゼロはスピードを緩めない。
当然、このチャンスをバズージャが逃すはずがない。少年に視線をロックしたまま、巨大なハンマーを頭上に構える。一直線に向かってくる相手を打ち付けることなど、バズージャには造作もないことだろう。巨人の腕が動いた。自身の足元に向かい来る少年に先回りして、バズージャは攻撃を開始する。巨大な腕が下りきるころには、ゼロは、ちょうどハンマーの真下。完璧なタイミングだった。




