36 武道大会決勝2
「バズージャ選手は、ここまでの全試合をビンタ一発で勝ち上がっています! 対するゼロ選手も、素早い動きで相手をほんろうし、無傷! 両者、まだまだ秘めた実力がありそうです!」
レフェリーの説明を聞く限りでは、試合の結末は予想がつかない。
この時点で、バズージャの実力は未知数。もしもバズージャが、ゼロの想像を超える力を持っていた場合、敗北もあり得る。さらに、この武道大会にはルールがある。仮にゼロのほうが強さで勝っていたとしても、ルール上、負けに追い込まれたら、負けは負け。
ゼロはめずらしく緊張していた。
「本大会では10カウントルールを採用しております! ダウンして10カウント以内に立ち上がれない場合、その時点で負けが決定いたします! また、降参したり、場外に体の一部が触れても、負けとなります!」
ダウンからの10カウント。場外への接触。ギブアップ。このいずれかの条件を満たした時点でゼロの敗北が決定する。逆に言えば、バズージャをその状況に追い込みさえすれば、ゼロの勝ち。とはいえ、バズージャの巨体を場外させるのは相当難しいだろう。となると残された道は10カウント勝利だけ。
「では、いきましょう! ルクトルク王国武道大会決勝戦! 始めーーーーーーーーーーーーーっ!」
試合開始の合図とともに、ゼロが即座にリングを蹴る。
「おおーっとゼロ選手! さっそく仕掛けたーーーーーーー!」
飛び上がったゼロが、一直線にバズージャの顔に迫る。目の前に迫った巨大なおでこに向けて、右手の人差し指を超高速で突き出す。これまでの大半の相手を、ゼロはこの一撃で倒してきた。
(もらった!)
ゼロの指先がバズージャに触れる瞬間、その動きがピタリと止まった。
「なにっ!?」
同時、全身に違和感。ゼロはその原因にすぐに気づく。少年の全身は、バズージャの大きな手に掴まれていたのだ。
「おっと。それはヤバいやつ」
バズージャは、ゼロの攻撃をあらかじめ警戒していたのか、宙にいる少年をいともたやすく捕まえた。ゼロのスピードは人間離れしている。だというのに、バズージャは何事もなかったかのようにゼロの自由を奪う。
身動きが取れないまま、ゼロが巨人の手の中でもがく。
観客席の最前列で応援しているサーニャが。
「な、なによアイツ! デッカイくせに、素速いわね!」
バズージャが、ゼロを掴んだ手を頭上高く持ち上げる。
少年はもがくが、なかなか脱出できない。
(くっ……。なんて怪力だ……!)
と、巨人は、ゼロを思い切り、リングに叩きつける。
ゼロの全身に衝撃が走る。
強化石材でできたリングが砕けて、破片が飛び散った。まったく受け身を取れないまま背中から叩きつけられたゼロが、リングにめり込む。
「ゼ、ゼロ選手、激しく叩きつけられたーーーーー!」
レフェリーの絶叫が会場にこだまする。動揺しているのか、その声はかすかに震えていた。受け身なしでの背中からの直撃は、かなり危険だ。
「し、信じられません! 強化素材のリングに穴があいてしまいましたーーーーー!」
サーニャの隣で、アルルが表情をこわばらせる。
「ま、まずい! モロだよ!」
倒れているゼロの元にレフェリーが歩み寄る。ゼロは砕けたリングの上に倒れたまま動かない。
「ゼ、ゼロ選手、ダウーン! カウントを取ります! 1! 2!」
少年を見下ろした審判が、腕を振ってカウントを始める。
「な、なんでゼロが負けているのだ!?」
アルルの隣で、クゥが取り乱す。
その間にもカウントは無情にも進んでいく。
「ごめんね~。こんな高そうなリング壊しちゃって」
微笑を浮かべたバズージャが申し訳なさそうに謝る。その巨体は、試合開始時から、一歩も動いていない。
「ありゃ。もしかして死んじゃった?」
まったく動く気配を見せないゼロを、バズージャがのぞきこむ。
「7! 8!」
カウントが8に達した時、倒れているゼロがリングにあいた穴から勢いよく飛び上がる。漆黒のマントが激しくなびく。
「おおーっと! ゼロ選手、飛び上がったーーーーーー!」
レフェリーが宙に浮くゼロを見上げる。
少年はリングに開いた穴の隣に音もなく着地する。
「続けますか?」
「うん」
軽い口調で、レフェリーに戦う意思を表明する。ゼロは、この大会初のダウンを取られた。しかしそのことで、むしろさっきまでの緊張が吹っ飛ぶ。一発いい攻撃を食らったことで、試合直後の気負いがウソのように消えていく。
「ゼロ選手無事です! あれだけの攻撃を受けて、まだ戦う意思が残っています!」
立ち上がったゼロに、大勢の観客が熱烈な声援と拍手を送る。
アルルが「ほっ……」と胸をなでおろす。
「タフだねぇ、君!」
背中からの直撃を受けてもピンピンしているゼロ。バズージャはそんな少年に目を輝かせる。
「ほ~ら、今度は君の番だ。打ってきなよ」
バズージャが両手を広げた。その姿は完全に無防備。
「なんだと?」
ゼロがピクリと眉を動かす。
「君は僕の一撃に耐えた。今度は僕が君の攻撃に耐える番だ」
そんな意味の分からないことをバズージャが言ってくる。そんなことをしても自分が不利になるだけなのに。けれど、その言葉が本気なら、ゼロにとってはまたとないチャンスだが……。
「ずいぶん余裕だな。一撃で終わりになるかもよ?」
「ワクワクするねえ」
巨人は、ゼロの軽口にも余裕の反応。その態度から察するに、どうやら冗談ではないらしい。バズージャは本気でゼロの攻撃を受けて立つつもりだ。ゼロの常人離れした攻撃力は、A級悪魔すら圧倒する。そんな攻撃を受けたら、普通の人間なら、ただではすまない。
「後悔するなよ!」
力強く言い放つと、ゼロは走り出す。巨人の足元にたどり着いた瞬間、リングを蹴って飛び上がる。その跳躍が巨人の腹の高さに達したとき。
「はあああっ!」
ゼロは腕を振りかぶると、渾身のパンチをバズージャの無防備な腹に、お見舞いした。と。
「なに!?」
拳が腹に触れた瞬間、二の腕までが一気に、肉の中に飲み込まれた。
「僕の分厚い脂肪は、あらゆる攻撃を無効化しちゃうよ~。いわば天然の防具ってやつさ!」
引き抜こうと抗うも、腕はさらに飲み込まれていく。すさまじい吸引力になすすべがない。あっという間に肩の近くまでが、分厚い脂肪に包み込まれてしまう。身動きが取れないでいると、バズージャがパチッとウインクする。
「君の腕の長さじゃ僕の急所には絶対に届かないよ~!」
ゼロがもがいていると、巨大な両手が全身を包み込んできて、なすすべもなく、引っ張られる。すぽっと腕が抜けて、そのまま巨人の頭上に持ち上げられる。
「うお!?」
上下さかさまに持ち上げられてしまう。視線の先に広がる強化石材のリングが、いやというほど良く見える。
「どうだい。いい眺めだろ~?」
と、次の瞬間、静止していたリングが、急激に近づいてくる。
「うわああああああああああっ!」
抗おうにもどうにもならない。ゼロであっても、巨人のパワーから抜け出すことができない。身動きが取れないまま、頭からリングに叩きつけられる。
辺りに、すさまじい衝撃が伝わり、同時に強化石材のリングに新しい穴が開く。リングから飛び出した少年の足が、ピクピクとケイレンする。ゼロの上半身は完全にリングに埋まっていた。
「はい、二回目~」
意気揚々とゼロを見下ろすバズージャ。
「ああーーーーっ! こ、これは危ない! ゼロ選手、頭から叩きつけられましたーーーーーー!」
観客席のサーニャが、大口を開いてリングに叫ぶ。
「はあ!? うちのバケモンをぶっ飛ばすとか、どんなバケモンよ!」
紫髪の魔法使いは「どうなってんのよー!」と叫びながらジタバタ暴れる。
「ムム……。ヒール打つか?」
タラリと汗をたらしたクゥが、背中の杖に手をかける。
「ダメ―! 反則負けになっちゃう!」
アルルが急いで止めると、クゥは歯がゆそうに。
「ムググ……」
唇をかんでうめく。
リングではレフェリーのカウントが進んでいく。
「6! 7! 8!」
「ま、まずいよ! このままじゃゼロが負けちゃう!」
あわわわ……と取り乱すアルル。




