35 武道大会決勝1
「――!」
またしてもゼロが消える。
身をひるがえしたアルルがリングを見つめる。しかし、ゼロはどこにもいない。
(どこへ……)
アルルの視線がせわしなく動く。しかしその瞳がゼロを捉えることはなかった。ゼロは、そんなアルルの真後ろに、息をひそめて立っていた。
(そんな! 私が見失うなんて!)
少女の顔に焦りが浮かぶ。
近くにいるレフェリーは、 困った顔をしながら、アルルの背後、リングコーナーにいるゼロをチラチラ見る。
「ほっほっほ。こっちですよ、お嬢さん」
少女の背後で笑みを浮かべるゼロ。
アルルが勢いよく振り返る。その瞬間、ゼロは少女の背中側に移動。クルクルクルクル……。アルルが振り返るたびに少年は、からかうように姿をくらます。少女はいつまでたっても対戦相手を見つけられない。
「このっ……!」
さすがに頭にきたのか、アルルが背後をキッと睨みつける。しかしいくら睨んだところで、そこには誰もいない。
少女に見つからないのをいいことに、ゼロは気の抜けた顔で、両手足をくねくね。変な踊りを披露する。
会場から笑い声が上がる。
そして。
「わっ!」
無防備な背中に大声を浴びせる。
「ひゃっ!」
アルルが身をすくめる。
同時、ゼロは隙だらけの背中を軽く押した。
「えいっ」
「あわあっ!」
アルルが前のめりにバランスを崩す。一歩、二歩とふらつき、そして三歩目。そこに地面は無かった。リングの外に押しやられたアルルが、空中で手足をバタつかせて、落下に抗う。しかし抵抗も虚しく、少女は地面に落下していくのだった。
「アルル選手、場外! 勝者ゼロ選手ーーーーーーーー!」
リングアウトしたアルルが無言で立ち上がる。少女は落とした肩をプルプルと震わせていた。
(やべ、調子に乗りすぎたか?)
真剣勝負の場でふざけた戦いをされて、少女は怒ってしまったのかもしれない。なんとなく不穏な空気を感じ取って、ゼロがビクつく。そうは言ってもゼロとしてはふざけたつもりはない。アルルが相当に強かったので、正面から当たるのは不利と判断しての行動だった。少女の剣技は間違いなく超一流だった。
アルルはレイピアを鞘にをおさめると、軽やかにリングに飛び乗る。そして無表情のまま、ゼロに近づいていく。
(う……)
やっぱり怒ってるっぽい。ゼロの目が泳ぐ。
少女は無言のまま、ゼロの前で静止した。
「あ、あのさ……」
気まずい。とりあえず取り繕うように笑顔を浮かべてみる。
ゼロがオドオドしていると、アルルは、なぜか抱き着いてきた。
「わあ!?」
驚いて反射的に後ずさるゼロ。
「どうしたのかしら、あの子?」
観客席のサーニャがキョトンとする。
「場外乱闘か?」
物騒なことを言うヒーラー。しかしありえなくもない。
会場が事の成り行きを見守っていると、アルルはキラキラと輝く瞳で。
「私はずっとフィアンセを探して旅をしていたの!」
「フィ、フィアンセ?」
少女は何を言っているのだろう。
「フィアンセの条件は私より強いこと!」
クゥがポカーンとしながら。
「フィアンセとはなんなのだ?」
「結婚を約束した相手のことよ」
サーニャが答えるとクゥのテンションがあがる。
「結婚式! うまい飯食えるか!?」
「あんた、ほんと食い意地張ってるわね……」
意味が分からず唖然とするゼロ。と。
「な、なんとゼロ選手、婚約してしまいましたーーーーーーーっ!」
「えっ」
レフェリーがゼロの婚約を宣言すると、会場から割れんばかりの拍手が起こる。
観客席から祝福や冷やかしの声が飛び交い、会場は大いに盛り上がる。
「と、とりあえず帰るぞ」
「うん!」
ゼロはアルルを引き離すと、そそくさとリングを降りる。アルルは満面の笑みで会場に手を振っていた。
◇
控え室に戻ったゼロたち。
「俺の仲間たちだ」
「あたしはサーニャ。こっちの、ちっちゃいのがクゥ」
「よろしく頼む」
「よろしくね!」
ピンクの巻毛少女が笑顔を振りまく。試合の時とは打って変わって柔らかい雰囲気。
「みんなは、なんでこの大会に?」と、アルル。
「賞金目当てなのだ」
「どこかの誰かさんが金づかい荒くてね」
「う……」
サーニャのジト目に、ゼロは何も言い返せない。
「でも、あと一勝で優勝だぞ!」
クゥは相変わらず、すこぶる元気。おそらく、すでに優勝後の食事のことを考えているのだろう。と、アルルが。
「決勝の相手は、あの大きい人だよね」
「一人でA級悪魔を倒したらしい」
「ゼロってば、そんなウワサ真に受けてるわけ? どうせ尾ヒレがつきまくってるに決まってるわよ」
「でも試合を見た感じ、相当強そうだぞ……」
クゥの表情が曇る。ごちそうが遠のいたからかもしれない。
バズージャは、すべての試合を一瞬で勝ち抜いている。そのため真の実力は未知数。
次、勝てば、晴れて優勝。しかし不安もある。バズージャがソロでA級悪魔を倒せるなら、その実力はゼロと同等、あるいはそれ以上の可能性すらある。これまでの試合内容から言って、ウワサは事実である可能性が高い。彼の強さは群を抜いていた。
「アルルはバズージャについて何か知ってるか?」
「ううん。私は、この国の人間じゃないから」
「フィアンセを探して旅をしてたのよね」
「うん!」
ゼロの首に抱き着くアルル。
「うわあっ!?」
恥ずかしげも無く抱き着いてくる少女に、ゼロの方が恥ずかしくなる。
「そ、そろそろ決勝だ。行くぞ」
「はーい!」
少年は、ごまかすように少女を剥がすと控え室を出ていく。
少女は、機嫌よく手を挙げてゼロの後についていくのだった。
◇
「ついに決勝戦! この試合で優勝者が決まります!」
レフェリーの口上に、観客たちが大歓声を送る。
「よろしくね~ゼロ君」
「ああ!」
リングの中央。ゼロの正面に立つ超巨大な対戦相手――バズージャが、足元のゼロに、ほがらかに笑う。そのサイズは、縦にも横にも、ゼロを遥かにしのぐ。身長はゼロの二倍以上はあり、全身を分厚い脂肪に覆われている。丸みのあるフォルムは、さながら岩のようだった。唯一の救いは武器らしい武器を持っていないことだろうか。しかしバズージャが、これまでの戦いを素手の一撃で決めてきたことを考えると、まったく油断できない。
ゼロの表情は今までになく硬い。
「でも、ごめんね~」
なぜか謝るバズージャ。
「僕、手加減が苦手でさ。今からでも棄権してくれれば死なずに済むよ~?」
穏やかな口調とは裏腹に、鋭い視線がゼロを射貫く。巨体から漏れる殺気を、ゼロはひしひしと感じる。明らかに今までの相手とは違う。確実に危険な相手だ。直観がそう告げる。
「そんなヤワじゃないから大丈夫だ」
目当ては賞金。ここでやめたら意味がない。ゼロはバズージャの要求をやんわりと拒絶する。
「あっはは! 脅して棄権してもらおうと思ったけどダメか~!」
まるで子供のように無邪気な笑い。これから戦いが始まるというのに、バズージャは不気味なほどに落ち着いていた。
ひとしきり笑ったバズージャの笑顔が、ぷつりと止む。大きな顔が表情を失う。糸が切れたかのように、巨大な全身から感情がなくなっていく。
「……楽しい試合になりそうだなあ!」
感情の無い目は、どこも見ていなかった。




