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アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編

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35/61

35 武道大会決勝1


「――!」


 またしてもゼロが消える。

 身をひるがえしたアルルがリングを見つめる。しかし、ゼロはどこにもいない。


(どこへ……)


 アルルの視線がせわしなく動く。しかしその瞳がゼロを捉えることはなかった。ゼロは、そんなアルルの真後ろに、息をひそめて立っていた。


(そんな! 私が見失うなんて!)


 少女の顔に焦りが浮かぶ。

 近くにいるレフェリーは、 困った顔をしながら、アルルの背後、リングコーナーにいるゼロをチラチラ見る。


「ほっほっほ。こっちですよ、お嬢さん」


 少女の背後で笑みを浮かべるゼロ。

 アルルが勢いよく振り返る。その瞬間、ゼロは少女の背中側に移動。クルクルクルクル……。アルルが振り返るたびに少年は、からかうように姿をくらます。少女はいつまでたっても対戦相手を見つけられない。


「このっ……!」


 さすがに頭にきたのか、アルルが背後をキッと睨みつける。しかしいくら睨んだところで、そこには誰もいない。

 少女に見つからないのをいいことに、ゼロは気の抜けた顔で、両手足をくねくね。変な踊りを披露する。

 会場から笑い声が上がる。

 そして。


「わっ!」


 無防備な背中に大声を浴びせる。


「ひゃっ!」


 アルルが身をすくめる。

 同時、ゼロは隙だらけの背中を軽く押した。


「えいっ」

「あわあっ!」


 アルルが前のめりにバランスを崩す。一歩、二歩とふらつき、そして三歩目。そこに地面は無かった。リングの外に押しやられたアルルが、空中で手足をバタつかせて、落下に抗う。しかし抵抗も虚しく、少女は地面に落下していくのだった。


「アルル選手、場外! 勝者ゼロ選手ーーーーーーーー!」


 リングアウトしたアルルが無言で立ち上がる。少女は落とした肩をプルプルと震わせていた。


(やべ、調子に乗りすぎたか?)


 真剣勝負の場でふざけた戦いをされて、少女は怒ってしまったのかもしれない。なんとなく不穏な空気を感じ取って、ゼロがビクつく。そうは言ってもゼロとしてはふざけたつもりはない。アルルが相当に強かったので、正面から当たるのは不利と判断しての行動だった。少女の剣技は間違いなく超一流だった。

 アルルはレイピアをさやにをおさめると、軽やかにリングに飛び乗る。そして無表情のまま、ゼロに近づいていく。


(う……)


 やっぱり怒ってるっぽい。ゼロの目が泳ぐ。

 少女は無言のまま、ゼロの前で静止した。


「あ、あのさ……」


 気まずい。とりあえず取り繕うように笑顔を浮かべてみる。

 ゼロがオドオドしていると、アルルは、なぜか抱き着いてきた。


「わあ!?」


 驚いて反射的に後ずさるゼロ。


「どうしたのかしら、あの子?」


 観客席のサーニャがキョトンとする。


「場外乱闘か?」


 物騒なことを言うヒーラー。しかしありえなくもない。

 会場が事の成り行きを見守っていると、アルルはキラキラと輝く瞳で。


「私はずっとフィアンセを探して旅をしていたの!」

「フィ、フィアンセ?」


 少女は何を言っているのだろう。


「フィアンセの条件は私より強いこと!」


 クゥがポカーンとしながら。


「フィアンセとはなんなのだ?」

「結婚を約束した相手のことよ」


 サーニャが答えるとクゥのテンションがあがる。


「結婚式! うまい飯食えるか!?」

「あんた、ほんと食い意地張ってるわね……」


 意味が分からず唖然あぜんとするゼロ。と。


「な、なんとゼロ選手、婚約してしまいましたーーーーーーーっ!」

「えっ」


 レフェリーがゼロの婚約を宣言すると、会場から割れんばかりの拍手が起こる。

 観客席から祝福や冷やかしの声が飛び交い、会場は大いに盛り上がる。


「と、とりあえず帰るぞ」

「うん!」


 ゼロはアルルを引き離すと、そそくさとリングを降りる。アルルは満面の笑みで会場に手を振っていた。



 控え室に戻ったゼロたち。


「俺の仲間たちだ」

「あたしはサーニャ。こっちの、ちっちゃいのがクゥ」

「よろしく頼む」

「よろしくね!」


 ピンクの巻毛少女が笑顔を振りまく。試合の時とは打って変わって柔らかい雰囲気。


「みんなは、なんでこの大会に?」と、アルル。

「賞金目当てなのだ」

「どこかの誰かさんが金づかい荒くてね」

「う……」


 サーニャのジト目に、ゼロは何も言い返せない。


「でも、あと一勝で優勝だぞ!」


 クゥは相変わらず、すこぶる元気。おそらく、すでに優勝後の食事のことを考えているのだろう。と、アルルが。


「決勝の相手は、あの大きい人だよね」

「一人でA級悪魔を倒したらしい」

「ゼロってば、そんなウワサに受けてるわけ? どうせ尾ヒレがつきまくってるに決まってるわよ」

「でも試合を見た感じ、相当強そうだぞ……」


 クゥの表情が曇る。ごちそうが遠のいたからかもしれない。

 バズージャは、すべての試合を一瞬で勝ち抜いている。そのため真の実力は未知数。

 次、勝てば、晴れて優勝。しかし不安もある。バズージャがソロでA級悪魔を倒せるなら、その実力はゼロと同等、あるいはそれ以上の可能性すらある。これまでの試合内容から言って、ウワサは事実である可能性が高い。彼の強さは群を抜いていた。


「アルルはバズージャについて何か知ってるか?」

「ううん。私は、この国の人間じゃないから」

「フィアンセを探して旅をしてたのよね」

「うん!」


 ゼロの首に抱き着くアルル。


「うわあっ!?」


 恥ずかしげも無く抱き着いてくる少女に、ゼロの方が恥ずかしくなる。


「そ、そろそろ決勝だ。行くぞ」

「はーい!」


 少年は、ごまかすように少女をがすと控え室を出ていく。

 少女は、機嫌よく手を挙げてゼロの後についていくのだった。



「ついに決勝戦! この試合で優勝者が決まります!」


 レフェリーの口上に、観客たちが大歓声を送る。


「よろしくね~ゼロ君」

「ああ!」


 リングの中央。ゼロの正面に立つ超巨大な対戦相手――バズージャが、足元のゼロに、ほがらかに笑う。そのサイズは、縦にも横にも、ゼロを遥かにしのぐ。身長はゼロの二倍以上はあり、全身を分厚い脂肪に覆われている。丸みのあるフォルムは、さながら岩のようだった。唯一の救いは武器らしい武器を持っていないことだろうか。しかしバズージャが、これまでの戦いを素手の一撃で決めてきたことを考えると、まったく油断できない。


 ゼロの表情は今までになく硬い。


「でも、ごめんね~」


 なぜか謝るバズージャ。


「僕、手加減が苦手でさ。今からでも棄権きけんしてくれれば死なずにむよ~?」


 穏やかな口調とは裏腹に、鋭い視線がゼロを射貫く。巨体から漏れる殺気を、ゼロはひしひしと感じる。明らかに今までの相手とは違う。確実に危険な相手だ。直観がそう告げる。


「そんなヤワじゃないから大丈夫だ」


 目当ては賞金。ここでやめたら意味がない。ゼロはバズージャの要求をやんわりと拒絶する。


「あっはは! おどして棄権してもらおうと思ったけどダメか~!」


 まるで子供のように無邪気な笑い。これから戦いが始まるというのに、バズージャは不気味なほどに落ち着いていた。

 ひとしきり笑ったバズージャの笑顔が、ぷつりとむ。大きな顔が表情を失う。糸が切れたかのように、巨大な全身から感情がなくなっていく。


「……楽しい試合になりそうだなあ!」


 感情の無い目は、どこも見ていなかった。


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