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アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編

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33/61

33 武道大会本選2


「すごい……」


 バルコニーの姫が、タメ息を漏らす。

 すると全身を鎧で包んだ騎士団長が。


「今大会の優勝候補筆頭ですからな。相手もかなりの手練てだれのはずですが、まるで勝負にならなかった様子」

「グレンは、あの方が優勝すると思う?」

「その確率は高いでしょう」


 騎士はリング上のバズージャを見て、確信めいた口調で答えた。

 その後も本選トーナメントは進んでいき、ついにゼロの出番がやってきた。


「俺の番か」


 観客席の最前列にいるゼロが、観客席とバトルフィールドとをへだてる壁を飛び越える。漆黒のマントが空中でなびく。音もなく着地し、リングに向かって歩き出す。

 背後から、サーニャが。


「手加減してあげなさいよ?」

「うん」


 サーニャの隣で、仁王立におうだちしたクゥが。


「あと三勝でごちそうだ」

「気前がいいな」


 ゼロは背中越しに機嫌よく返す。


「ゼロのおごりだぞ」

「俺かよ!?」


 振り返ったゼロが、ガクリとヒザを落とす。気を取り直して立ち上がると、再びリングを目指した。

 観客席の最前列にいる仲間たちへ、背中越しに手を振る。

 仲間に後押し(?)されながら、ゼロはリングに飛び乗った。

 リングの中央には、すでに対戦相手の男が待ち構えていた。体型こそ細身だが、身長はゼロよりも、うんと高い。そして、なんといっても目にとまるのは、両手に装備した鉄の爪。鈍く光るその武器は、地面に触れそうなほど長い。ただでさえ長い相手のリーチが、鉄の爪でさらに強化されている。まともにやりあえばゼロの攻撃が届くことはないだろう。


「ヒッヒッヒ。こんなガキが相手とはツイてるぜぇ~!」


 対戦相手の男は、ニタニタとネチっこい目つきでゼロの全身に視線をわす。

 二人の選手がリング中央にそろったことを確認したレフェリーが。


「本選第三試合。ゼロ選手対ベッゾ選手! 始め!」


 ついにゼロの本戦が始まる。


「おいおい、どうした小僧。おうちに武器を忘れちまったか~?」


 ゼロは手ぶら。武器を持っていないことをベッゾに指摘される。そして赤いTシャツに白い長ズボン、足元には、くたびれたブラウンのブーツという、いつも通りのラフな格好。ただし漆黒のマントは、ゼロの背中から足元付近までを覆い隠しており、存在感があるので、普段着感を少しはごまかせているかもしれない。そんな淡い期待を抱いてみる。

 と、思ったのも束の間、案の定、観客席がざわつく。


「おい、あの子、防具をつけてないぞ」

「武器も持ってないじゃないか! こ、殺されるんじゃないか?」

棄権きけんした方がいいぞ、ボウズ!」


 観客席からは、丸腰のゼロを心配する声が続々と上がる。


「ほらほらほら~。会場の皆さんも、ああ言ってるぜ~? さっさとギブアップしなって~」


 ベッゾがギブアップを迫ってくるが、もちろん、そんな要求はのまない。優勝賞金1000万クレジットのためにここまでやってきたのに、ここで棄権きけんしたら意味が無い。

 するとベッゾが、にぶく光る鉄の爪をゼロの顔の前でチラつかせて。


「この鉄の爪は、よく切れるぜえぇ~! ヒャハハ!」


 口の端を吊り上げて笑うと、ベッゾは舌で鉄の爪をなめる。

 無表情のゼロは、だらりと腕を垂らしてリラックスしたまま、男の挙動を観察する。


「なんだぁ? ギブアップしねえのか? ん?」


 ゼロの顔をのぞき込みながら、ベッゾがさりげなく距離をめる。


「おいおい、早く降参しねえとよぉ……。後悔する――」


 突然、ベッゾが素早いステップでゼロの懐まで入り込むと。


「ぜぇぇぇーーーーーーーっ!」


 不意打ちで鉄の爪を振り上げる。


「なっ――」


 鉄の爪が空気だけを切った。

 ベッゾが不意打ちを放った直後、ゼロの姿が男の前から消えた。


「ど、どこへ消えやがった!」


 目を見開いたベッゾが、上ずった声で叫ぶ。ゼロはリングの、どこにもいない。丸腰の少年は一瞬にして対戦相手の前から姿をくらました。


(いねえ!)


 ベッゾが、首を左右に振り、対戦相手の姿を探す。しかし少年は姿を消したまま一向に現れる気配が無い。広いリングの上には長身のベッゾとレフェリーだけ。


「クッソーーーーー! どこだ! どこにいやがるッ!」


 対戦相手のいないリングの上で、長身の男はデタラメに武器を振り回す。爪の先端は、むなしく空を切り続け、その攻撃が何かに命中することはなかった。

 ひとしきり暴れると、ベッゾは息を切らせながら。


「はあ!? なんなのコレェ!? ぜんぜん見えないんだけど!」


 吐き捨てるように言うと、男はレフェリーをにらみつける。


「おい審判! これインチキだろ! 反則取れよ!」

「え、ええーっと……」


 白いハンカチでひたいの汗を拭きながら、レフェリーはキョロキョロと辺りを見回す。


「ゼ、ゼロ選手、どこかへ消えてしまいました……」

「消えてしまいました、じゃねえ! さっさと俺の勝利を宣言するんだよ!」


 レフェリーに詰め寄ったベッゾが、喉元のどもとに爪の先を突きつける。


「ひいっ!」


 レフェリーが上擦った声を上げて身をすくめる。額には、びっしょりと冷や汗が浮かんでいる。興奮したベッゾは何をしでかすか分からず、会場に緊張が走る。


「か、確認いたしますので、少々お待ちください!」

「るせえええええーーーーーーーーっ!」


 激昂げっこうしたベッゾがレフェリーを押し飛ばす。審判は、はずみに転んでしりもちをついてしまう。足元の男性に詰め寄った怒れる戦士は、奥歯をギリギリと鳴らすと、これ見よがしに片手を頭上にかかげる。日の光を反射させて輝く鉄の爪は、今にもレフェリーに振り下ろされそうだった。


「お、落ち着いてください!」


 腰の引けたレフェリーが、ベッゾをなだめるように両手を前に出す。努めて冷静に語りかけ、怒れる戦士に平静を取り戻させようとする。しかしそれが逆にベッゾの怒りに油を注いでしまう。


「チッ! 痛い目、見なきゃわからねえみてえだな……」


 なかなか勝利をコールしないレフェリーに、ベッゾがイラ立ちをあらわにする。


「まずは、テメェからくたばれやーーーーーーー!」


 鉄の爪がレフェリー目がけて振り下ろされる。


「うわーーーーーーーーー!」


 レフェリーが叫んだその時、ベッゾの目の前に突然、ゼロが現れる。


「うお!?」


 仰天ぎょうてんした爪の戦士が、ビクリと身をすくめる。

 直後、ゼロは目にもとまらぬスピードで人差し指を突き出す。その先端が、男のおでこに触れた瞬間。


「ぐああああああああああああっ!」


 絶叫と共に、ベッゾが吹っ飛ぶ。

 男は、あっさりとリングアウトすると、受け身も取れないまま、観客席の壁に背中から激突した。


「ごはっ!」


 ふっと体の力が抜けたベッゾは、前のめりに地面に倒れ込んだ。

 それを見たレフェリーは急いで立ち上がると。


「お、おおーっとゼロ選手! 不思議な技で相手を吹っ飛ばしました! じょ、場外! ゼロ選手の勝利です!」


 レフェリーがゼロの勝利を高らかに宣言する。こんな状態でも実況を続けるというプロ根性は、さすがである。彼はポケットから白いハンカチを取り出して、額から噴き出した汗を、いそいそとふき取ると。


「た、助かりました」


 その声は、かすかに震えていた。


「もっと早く決めたほうがよかったな。ごめんね、お兄さん」

「は、はは……」


 慎重になりすぎたことを反省するゼロ。

 少年のその言葉に、レフェリーの男性は苦笑する。

 会場がざわついている。


「な、なんだ? 相手が勝手に吹っ飛んだぞ」


 観客が不思議そうな顔をしている。

 別の観客も。


「魔法でも使ったのか?」


 試合の結果に、観戦者たちが動揺している。ゼロに声援を送るものは少なく、なんともいえない微妙な空気が会場を包んでいた。

 そんな会場の隅には、巨大な戦士――バズージャがいた。


(すごいパワーだ。そして速い。あまりにも速すぎて観客には見えてすらいないか。……決勝の相手は彼かな)


 そのころ、バルコニーでは。


「み、見ましたか?」


 イスに腰かけた姫が身を乗り出して、リングのゼロを食い入るように見つめる。


「ええ」


 騎士団長は冷静な口調で答えた。


「あの少年は何者なんでしょう?」

「わかりません。しかし、ただ者ではないことは確か」


 騎士団長のその言葉を聞くと、姫は背もたれに背中を預けて、ふうと一息つき。


「今年はすごい戦士ばかりね。ルドラは誰が優勝すると思う?」


 姫は、左隣に立つ深紅しんくのローブをまとった少女を見る。


「間違いなく、あの少年だろう」


 ローブを目深まぶかにかぶった少女は即答する。彼女の赤い瞳は、ゼロに向けられている。


「なぜそう思う?」


 姫の右隣に立つ青髪の騎士が、意外そうな顔でルドラに問いかける。


「見ればわかる」


 少女は淡々と返す。

 納得がいかないのか、騎士はあごに手を当てて、考え込むようなそぶりを見せる。


「俺の目にはバズージャのほうが数段上に見えるが」

「じきにわかる」


 少女の声には、どうにも感情がこもっていない。騎士の主張など、まるで意に介さない。そんな態度だった。

 騎士は、どことなく不満げな視線を少女に送る。

 二人のやり取りを見守っていた姫が、楽しそうに手を打つ。


「まあ、めずらしい! あなたたちの意見が分かれるなんて」

「姫様はどう思うのです?」


 騎士が姫にたずねる。

 少女は口元に指を当てると、小首をかしげて考え込む。


「うーん……。武人ぶじんであるあなたの意見のほうが正しそうな気もしますが……」


 姫は、騎士を見ながらそう言った後、今度はローブの少女に横目を向ける。


「ルドラには、何か確信がある様子」


 ドレス姿のお姫様は、指を組んでその上にアゴを乗せると、伏し目がちに「うーん……」と、うなる。

 両サイドの二人は黙ったまま言葉を発しない。しかし、視線だけは、しっかりと少女に向けている。

 しばらく悩んだ末に、姫が。


「さっぱりわかりません!」


 ドレス姿の少女は明るい顔で言った。

 ざっくばらんな姫の反応に、両サイドの二人は表情をやわらげ、静かに笑みを浮かべるのだった。


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