33 武道大会本選2
「すごい……」
バルコニーの姫が、タメ息を漏らす。
すると全身を鎧で包んだ騎士団長が。
「今大会の優勝候補筆頭ですからな。相手もかなりの手練れのはずですが、まるで勝負にならなかった様子」
「グレンは、あの方が優勝すると思う?」
「その確率は高いでしょう」
騎士はリング上のバズージャを見て、確信めいた口調で答えた。
その後も本選トーナメントは進んでいき、ついにゼロの出番がやってきた。
「俺の番か」
観客席の最前列にいるゼロが、観客席とバトルフィールドとを隔てる壁を飛び越える。漆黒のマントが空中でなびく。音もなく着地し、リングに向かって歩き出す。
背後から、サーニャが。
「手加減してあげなさいよ?」
「うん」
サーニャの隣で、仁王立ちしたクゥが。
「あと三勝でごちそうだ」
「気前がいいな」
ゼロは背中越しに機嫌よく返す。
「ゼロのおごりだぞ」
「俺かよ!?」
振り返ったゼロが、ガクリとヒザを落とす。気を取り直して立ち上がると、再びリングを目指した。
観客席の最前列にいる仲間たちへ、背中越しに手を振る。
仲間に後押し(?)されながら、ゼロはリングに飛び乗った。
リングの中央には、すでに対戦相手の男が待ち構えていた。体型こそ細身だが、身長はゼロよりも、うんと高い。そして、なんといっても目にとまるのは、両手に装備した鉄の爪。鈍く光るその武器は、地面に触れそうなほど長い。ただでさえ長い相手のリーチが、鉄の爪でさらに強化されている。まともにやりあえばゼロの攻撃が届くことはないだろう。
「ヒッヒッヒ。こんなガキが相手とはツイてるぜぇ~!」
対戦相手の男は、ニタニタとネチっこい目つきでゼロの全身に視線を這わす。
二人の選手がリング中央にそろったことを確認したレフェリーが。
「本選第三試合。ゼロ選手対ベッゾ選手! 始め!」
ついにゼロの本戦が始まる。
「おいおい、どうした小僧。おうちに武器を忘れちまったか~?」
ゼロは手ぶら。武器を持っていないことをベッゾに指摘される。そして赤いTシャツに白い長ズボン、足元には、くたびれたブラウンのブーツという、いつも通りのラフな格好。ただし漆黒のマントは、ゼロの背中から足元付近までを覆い隠しており、存在感があるので、普段着感を少しはごまかせているかもしれない。そんな淡い期待を抱いてみる。
と、思ったのも束の間、案の定、観客席がざわつく。
「おい、あの子、防具をつけてないぞ」
「武器も持ってないじゃないか! こ、殺されるんじゃないか?」
「棄権した方がいいぞ、ボウズ!」
観客席からは、丸腰のゼロを心配する声が続々と上がる。
「ほらほらほら~。会場の皆さんも、ああ言ってるぜ~? さっさとギブアップしなって~」
ベッゾがギブアップを迫ってくるが、もちろん、そんな要求はのまない。優勝賞金1000万クレジットのためにここまでやってきたのに、ここで棄権したら意味が無い。
するとベッゾが、鈍く光る鉄の爪をゼロの顔の前でチラつかせて。
「この鉄の爪は、よく切れるぜえぇ~! ヒャハハ!」
口の端を吊り上げて笑うと、ベッゾは舌で鉄の爪をなめる。
無表情のゼロは、だらりと腕を垂らしてリラックスしたまま、男の挙動を観察する。
「なんだぁ? ギブアップしねえのか? ん?」
ゼロの顔をのぞき込みながら、ベッゾがさりげなく距離を詰める。
「おいおい、早く降参しねえとよぉ……。後悔する――」
突然、ベッゾが素早いステップでゼロの懐まで入り込むと。
「ぜぇぇぇーーーーーーーっ!」
不意打ちで鉄の爪を振り上げる。
「なっ――」
鉄の爪が空気だけを切った。
ベッゾが不意打ちを放った直後、ゼロの姿が男の前から消えた。
「ど、どこへ消えやがった!」
目を見開いたベッゾが、上ずった声で叫ぶ。ゼロはリングの、どこにもいない。丸腰の少年は一瞬にして対戦相手の前から姿をくらました。
(いねえ!)
ベッゾが、首を左右に振り、対戦相手の姿を探す。しかし少年は姿を消したまま一向に現れる気配が無い。広いリングの上には長身のベッゾとレフェリーだけ。
「クッソーーーーー! どこだ! どこにいやがるッ!」
対戦相手のいないリングの上で、長身の男はデタラメに武器を振り回す。爪の先端は、むなしく空を切り続け、その攻撃が何かに命中することはなかった。
ひとしきり暴れると、ベッゾは息を切らせながら。
「はあ!? なんなのコレェ!? ぜんぜん見えないんだけど!」
吐き捨てるように言うと、男はレフェリーを睨みつける。
「おい審判! これインチキだろ! 反則取れよ!」
「え、ええーっと……」
白いハンカチで額の汗を拭きながら、レフェリーはキョロキョロと辺りを見回す。
「ゼ、ゼロ選手、どこかへ消えてしまいました……」
「消えてしまいました、じゃねえ! さっさと俺の勝利を宣言するんだよ!」
レフェリーに詰め寄ったベッゾが、喉元に爪の先を突きつける。
「ひいっ!」
レフェリーが上擦った声を上げて身をすくめる。額には、びっしょりと冷や汗が浮かんでいる。興奮したベッゾは何をしでかすか分からず、会場に緊張が走る。
「か、確認いたしますので、少々お待ちください!」
「るせえええええーーーーーーーーっ!」
激昂したベッゾがレフェリーを押し飛ばす。審判は、はずみに転んでしりもちをついてしまう。足元の男性に詰め寄った怒れる戦士は、奥歯をギリギリと鳴らすと、これ見よがしに片手を頭上にかかげる。日の光を反射させて輝く鉄の爪は、今にもレフェリーに振り下ろされそうだった。
「お、落ち着いてください!」
腰の引けたレフェリーが、ベッゾをなだめるように両手を前に出す。努めて冷静に語りかけ、怒れる戦士に平静を取り戻させようとする。しかしそれが逆にベッゾの怒りに油を注いでしまう。
「チッ! 痛い目、見なきゃわからねえみてえだな……」
なかなか勝利をコールしないレフェリーに、ベッゾがイラ立ちをあらわにする。
「まずは、テメェからくたばれやーーーーーーー!」
鉄の爪がレフェリー目がけて振り下ろされる。
「うわーーーーーーーーー!」
レフェリーが叫んだその時、ベッゾの目の前に突然、ゼロが現れる。
「うお!?」
仰天した爪の戦士が、ビクリと身をすくめる。
直後、ゼロは目にもとまらぬスピードで人差し指を突き出す。その先端が、男のおでこに触れた瞬間。
「ぐああああああああああああっ!」
絶叫と共に、ベッゾが吹っ飛ぶ。
男は、あっさりとリングアウトすると、受け身も取れないまま、観客席の壁に背中から激突した。
「ごはっ!」
ふっと体の力が抜けたベッゾは、前のめりに地面に倒れ込んだ。
それを見たレフェリーは急いで立ち上がると。
「お、おおーっとゼロ選手! 不思議な技で相手を吹っ飛ばしました! じょ、場外! ゼロ選手の勝利です!」
レフェリーがゼロの勝利を高らかに宣言する。こんな状態でも実況を続けるというプロ根性は、さすがである。彼はポケットから白いハンカチを取り出して、額から噴き出した汗を、いそいそとふき取ると。
「た、助かりました」
その声は、微かに震えていた。
「もっと早く決めたほうがよかったな。ごめんね、お兄さん」
「は、はは……」
慎重になりすぎたことを反省するゼロ。
少年のその言葉に、レフェリーの男性は苦笑する。
会場がざわついている。
「な、なんだ? 相手が勝手に吹っ飛んだぞ」
観客が不思議そうな顔をしている。
別の観客も。
「魔法でも使ったのか?」
試合の結果に、観戦者たちが動揺している。ゼロに声援を送るものは少なく、なんともいえない微妙な空気が会場を包んでいた。
そんな会場の隅には、巨大な戦士――バズージャがいた。
(すごいパワーだ。そして速い。あまりにも速すぎて観客には見えてすらいないか。……決勝の相手は彼かな)
そのころ、バルコニーでは。
「み、見ましたか?」
イスに腰かけた姫が身を乗り出して、リングのゼロを食い入るように見つめる。
「ええ」
騎士団長は冷静な口調で答えた。
「あの少年は何者なんでしょう?」
「わかりません。しかし、ただ者ではないことは確か」
騎士団長のその言葉を聞くと、姫は背もたれに背中を預けて、ふうと一息つき。
「今年はすごい戦士ばかりね。ルドラは誰が優勝すると思う?」
姫は、左隣に立つ深紅のローブをまとった少女を見る。
「間違いなく、あの少年だろう」
ローブを目深にかぶった少女は即答する。彼女の赤い瞳は、ゼロに向けられている。
「なぜそう思う?」
姫の右隣に立つ青髪の騎士が、意外そうな顔でルドラに問いかける。
「見ればわかる」
少女は淡々と返す。
納得がいかないのか、騎士はあごに手を当てて、考え込むようなそぶりを見せる。
「俺の目にはバズージャのほうが数段上に見えるが」
「じきにわかる」
少女の声には、どうにも感情がこもっていない。騎士の主張など、まるで意に介さない。そんな態度だった。
騎士は、どことなく不満げな視線を少女に送る。
二人のやり取りを見守っていた姫が、楽しそうに手を打つ。
「まあ、めずらしい! あなたたちの意見が分かれるなんて」
「姫様はどう思うのです?」
騎士が姫にたずねる。
少女は口元に指を当てると、小首を傾げて考え込む。
「うーん……。武人であるあなたの意見のほうが正しそうな気もしますが……」
姫は、騎士を見ながらそう言った後、今度はローブの少女に横目を向ける。
「ルドラには、何か確信がある様子」
ドレス姿のお姫様は、指を組んでその上にアゴを乗せると、伏し目がちに「うーん……」と、うなる。
両サイドの二人は黙ったまま言葉を発しない。しかし、視線だけは、しっかりと少女に向けている。
しばらく悩んだ末に、姫が。
「さっぱりわかりません!」
ドレス姿の少女は明るい顔で言った。
ざっくばらんな姫の反応に、両サイドの二人は表情をやわらげ、静かに笑みを浮かべるのだった。




