32 武道大会本選1
◇
予選最終試合に勝利したゼロはリングから降りると、リング下の仲間たちの元へ帰っていく。
「よっしゃー! 予選突破ね」
サーニャが、わがことのように盛り上がる。魔法使いは、「ほほほほ」と笑いながら機嫌よさそうに小躍りしている。
サーニャの隣には、腕を組んで豪快に笑う小さな金髪少女クゥ。
「楽勝だったな。ガハハ!」
「こんなんでお金もらっちゃっていいのかしら」
「まだ予選だぜ?」
すでに優勝する前提で話すサーニャに、ゼロは呆れる。
「あら、本戦も余裕でしょ?」
「だといいがな」
仲間たちは、楽観的だった。
それもそうだろう。ゼロは、予選のすべての相手に一瞬で勝利。しかも指先ひとつで。お気に入りの漆黒のマントにはホコリ一つついていない。まさに完勝。仲間たちが盛り上がるのも当然と言える。
しかしゼロは素直に喜ぶ気になれなかった。
この大会、このまま何事も無くは終わらない。根拠があるわけではないが、直感がそう告げていた。ピークを過ぎた太陽が、ほのかに地平への落下を始めた。
◇
「お待たせいたしました! 第四回ルクトルク王国武道大会! その本戦がついに始まります!」
黒いスーツをバシッと着こなした男性レフェリーが本選の開始を告げる。外見は若く、おそらく二十代半ばくらい。会場を埋め尽くす観客から、声援が上がる。
本戦も予選と同じくルクトルク城の敷地内で行われる。ただし、予選とは場所が違う。本選の会場はルクトルク城のバルコニーに面した場所にある。周囲は360度、観客席に囲まれていて、リングは中央に一つだけ。観客席は、すでに満員。大勢の人々が、決勝戦のバトルを今か今かと待ちわびている。
リングの中央にいるレフェリーが、天を指さす。そして、もう一方の手に握ったマイクに叫ぶ。
「今年の優勝賞金は、例年よりもぐーんとアップ! その額、なんと1000万クレジット! そのため、今大会の参加者は、100名を大きく超えております!」
現在は午後四時を回ったところ。まだまだ空は明るい。
「決勝リーグは、予選を勝ち抜いた八名の精鋭たちによるトーナメントバトルです! 今年の優勝は、いったい誰の手にーーーーーー!」
レフェリーの口上で、会場の興奮が最高潮に達する。
いまや会場は大歓声に包まれていた。
「本戦はこの特設リングで行います! このリングは強化石材によって作られた特注品! 生半可な攻撃ではビクともしません。選手の皆様は思う存分暴れちゃってくださーい!」
決勝リーグのリングも、広さ自体は予選と同じで20メートル四方。通常の戦闘を行う分には、十分な大きさだろう。
すると突然、会場がどよめく。
「姫様だ! 姫様がいるぞ!」
観客席から声が上がる。
武道大会会場の隣には王宮がある。城内からバルコニーに向かって、純白のドレスを着た少女が歩いてくる。少女が一歩進むたびに、ウェーブがかった長い金髪が揺れる。
バルコニーからは、本戦のリングが一望できる。逆を言えば、リングから見上げれば、バルコニーにいる姫様の姿を拝める。
「姫様ー!」
観客が、しきりに声援を送る。
バルコニーにいる少女は微笑みながら、会場に手を振る。
会場全体に手を振り終えると、少女はバルコニーに置かれた背もたれの高いイスに腰を下ろす。背筋を伸ばして姿勢よく座ると、膝の上に手を重ねた。その一連の所作からは、気品が感じられた。
会場を一望できるバルコニーの中央。姫の座っている位置は大会を観戦するにはベストな場所だろう。
「騎士団長もいるぞ!」
再び会場がざわつく。
今度は、優男風の顔立ちをした男が、颯爽とバルコニーにあらわれた。髪は青く、肩に触れるか触れないか程度の長さ。顔に見合わぬ、フルプレートのごつい鎧で全身を武装している。首から下はすべて、シルバーに輝くその鎧に守られている。
騎士団長と呼ばれたその男は、姫の右側に立った。
「巫女(巫女)どのまでいらっしゃる!」
バルコニーに、また一人、今度はフードを目深にかぶった人物が現れる。
騎士団長と呼ばれた男と比べるとずいぶん小柄だった。体格からして女性だろう。彼女は深紅のローブで全身を包んでいる。フードに隠れていて素顔は、ハッキリとはわからない。しかしどこか幼さの残る顔立ちにも見える。フードからのぞく赤い瞳は、やたらと目にとまった。
少女は姫の左側に立った。
ざわつく会場を沈めるように、レフェリーがひときわ大きな声で。
「では、さっそく第一試合いってみましょう!」
バルコニーに集まっていた観客の視線が、再びリングに戻される。
リングの中央では、すでに二名の選手が顔を合わせている。
「両選手、なんと本選まで無傷で勝ち上がっております! 圧倒的なポテンシャルを秘めた二人の戦い。果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょう。本戦第一試合、バズージャ選手対グレゴリ選手! 始め!」
グレゴリは筋肉隆々で、一般人とは比べ物にならないほどに巨体だった。それでも、対戦相手であるバズージャと比べると、明らかにサイズでは負ける。本来であれば大男と言えるグレゴリも、山のように巨大なバズージャの前では、大人と子供。両者の間には、覆しがたい体格差がある。
グレゴリはバズージャの顔を見上げながら、挑発するような目つきで。
「おいおい、どうした、おデブちゃん。まさかおめえ、ダイエットでもしに来たのか?」
バズージャは、グレゴリの煽りに、何も答えない。ただ黙って、見下ろしているだけ。
「だが無理だぜぇぇぇぇぇ! 俺に一瞬で倒されちまうからな!」
グレゴリが背負った斧に手をかける。自身に匹敵するほどの超巨大な武器を手に取ると、体の前で構えた。
「お、おい。やばくないか? あんな武器を振り回したら、ただのケガじゃ済まないぜ」
会場のあちこちからバズージャを心配する声が上がる。
するとリング中央にいるレフェリーが威勢のいい声で実況を始める。
「グレゴリ選手、巨大な斧を手に取りました! 今大会は武器の持ち込みが許可されております。そのためグレゴリ選手の斧も、ルール上なんの問題もありません!」
会場がどよめく。
「マジかよ……」
観客が唖然とする。
巨大な斧による攻撃をまともに食らえば、どんな超人であっても命は無いだろう。
あまりにも過酷な大会ルールに、盛り上がっていた会場は一転して静まり返る。
相手が武器を手に取ったというのに、バズージャはピクリとも動かない。試合開始時の位置にとどまり、ただじっと相手を見つめる。
そんなバズージャを心配してか、会場から続々と声が上がる。
「バズージャの奴、棒立ちだ!」
「お、おい、逃げないとヤバイぞ!」
観客たちのそんな声もお構いなしに、グレゴリは斧を握り込み、バズージャに飛びかかった。
「これで終わりだーーーーーーッ!」
まるで手加減の無い振り下ろし。巨大な刃が、バズージャの顔面に襲いかかる。
凶器が迫る中、バズージャは笑みを浮かべる。
「――なっ!?」
グレゴリが目を見開く。放った斧が突然、動きを止めたのだ。静止した斧はバズージャの眼前で止まっている。斧の刃は、バズージャの四指と親指に挟まれていた。バズージャは襲い来る巨大な斧を、なんと片手で受け止めたのだ。
「ば、ばかなぁっ!?」
斧使いは愕然とする。
こんな光景を見せられたら、彼じゃなくても同じ反応をするだろう。
「ウソでしょ!? あのデカイ斧を片手で……!」
観客席の最前列にいるサーニャが、バズージャの怪力に驚く。
「す、すげえ……」
サーニャの隣で、クゥが目を丸くする。
サーニャ達だけじゃない。目の前で起きた信じがたい光景に、会場中が沸き立っていた。
「う、うがああああっ!」
グレゴリは両手で握った斧を、力任せに引っ張る。しかし斧はピクリとも動かない。
対するバズージャは、片手で斧を止めたまま、微動だにしない。体格で相手を上回っていることを考慮しても、あまりにもケタ外れのパワーだ。
その時、バズージャの空いているほうの手が、横薙ぎに動く。グレゴリが、ハッとした時にはもう遅かった。巨大な手のひらが、グレゴリの上半身に直撃した。
「ごあっ!」
うめくグレゴリの足が、リングから離れる。大男は、まるで軽石のように重量感無く、横方向に吹っ飛ぶ。
「クリーンヒットーーーーーー! バズージャ選手のビンタがグレゴリ選手に直撃しました!」
レフェリーが叫び終える頃には、グレゴリの体は、観客席とリングエリアとを隔てる壁に叩きつけられていた。
「グレゴリ選手場外により失格! バズージャ選手の勝利です!」
「いやぁ。ダイエットできなかったな~」
ついにバズージャは、試合開始から一歩も動くことがなかった。
バズージャは身をひるがえすと、リングの端へ歩いていく。
丸腰のバズージャが圧倒する展開に、観客たちは大いに盛り上がる。




