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アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編

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29 ルクトルク王国


「ま、まだだ! まだ勝負は終わってない!」


 攻守交代。次はサーニャがカードを引く番。

 ゼロは、なんとかして、このピンチを乗り切らなくてはならない。もう後がない。苦しい表情で二枚のカードを立てる。


「ふっ」


 サーニャは余裕の笑みを浮かべて、ゼロのトランプに手を伸ばす。

 少女の白い指が向かったくる。次の瞬間、勝負が決したとしても、なんの不思議もない。ほんの数秒がゼロには無限のように感じられた。ゼロの顔を一筋の汗が流れ落ちた。


(くっ……)


 一方のカードに、白い指先が触れる。その瞬間、ゼロが露骨ろこつにニヤニヤする。サーニャはゼロの表情を鋭い目元で捉えて、考え込む。少女は隣のカードに指を移動させる。ニヤニヤしていたゼロが、途端とたんに真顔に戻る。サーニャは再び考え込んだ。そして長考の末、再度、指を動かす。ゼロの目尻が下がり、にへらと笑う。その時、魔法使いの目がキランと光った。


「こっちよ!」


 サーニャは自信満々でカードを引く。ひっくり返すと、そこにはジョーカーが……。


「ぎゃあああああああああああああ!」


 ジョーカーの、あまりにも早い帰還。少女の全身から力が抜けて、スローモーションのように背もたれに倒れこむ。


「クックック。この俺に勝とうなんて1000年早いぜ、お嬢ちゃん」


 危機を乗り切ったゼロは、内心ドキドキしながら、キメ台詞をはく。


「おやおや。戦意を喪失そうしつしてしまいましたか?」


 真っ白に燃え尽きて灰になった魔法使いを、ゼロがあおる。

 すでにグロッキーな相手への追い打ち。それは、いささかやりすぎな感がある。しかし――。


「……ふっ」


 真っ白なサーニャが、背もたれに全身を預けたまま、不敵に笑う。これだけ追い詰められておきながら、魔法使いは笑っている。彼女は、どう見ても満身創痍まんしんそうい。その体からは完全に色が抜け落ち、もはや戦える状態ではない。だというのに少女は笑っている。だが、そんな笑い、強がり以外の、なにものでもないだろう。ゼロはそう高をくくる。きっとそうに違いない、と。しかし――。


 信じられないことが起きた。モノクロの少女が、急激にフルカラーに復活していくのだ。いったいどこにそんな力が残っているのか。少女は完全復活を遂げる。


「……やるじゃないゼロ。さすが勇者……。――さすがゲーマー!」


 サーニャの口から出たのは、意外にもゼロを賞賛しょうさんする言葉。少女は、その透き通る紫の瞳で、少年のブルーの瞳を、射抜いぬくように見つめる。


 ゼロは、少女の瞳の奥に宿やど闘志とうしの炎を見逃さなかった。――いや、違う。その炎があまりにも強くて、嫌でも目に飛び込んでくるのだ。


「……そっちこそ。どうやら相手として不足はないようだな。行くぜ、ババ抜きスト!」

「来なさい、勇者よ!」


 サーニャが、まるで勇者の挑戦を受ける魔王がごとく、盛大に両手を広げる。

 勝手に盛り上がっているザコ二人を、クゥは迫真の顔で見つめて。


「よ、弱すぎる……」


 その後もババ抜きという名の変顔バトルは続いた。

 何度ゲームを行っても、まっ先に上がるのはクゥ。毎回、示し合わせたかのようにゼロとサーニャがビリを競った。そして――。


「ぐああっ!」


 ババをつまんだゼロが、もう一方の手で銀髪をクシャッとする。その時。


「目的地に到着いたしました」


 アナウンスがルクトルク王国到着を告げる。


「しゃあああああっ! ゼロがビリよ!」

「クッソーーーーーーーーーーーーー!」


 両腕を振り上げた魔法使いが、勝利の雄叫おたけびを上げる。


 長々と変顔大会に付き合わされたクゥ。彼女は、やっと地獄から解放されるのだ。今回の一番の被害者は、間違いなくこの少女だろう。ワーキャー騒いでいるザコ達とは違い、強者は静かに外を眺める。その顔には年齢不相応な哀愁あいしゅうただよう。まるで十歳は老け込んでしまった。


「お支払方法をお伝えください」

「ゼロが全部払いまーす!」


 魔法使いはゴキゲン。


「あ、でもゼロはお金ないんだっけ?」


 ゼロは無言でうなづく。


「しゃーない。あたしが立て替えてあげるわ。後で絶対、返しなさいよねっ!」


 ゼロは無言でうなづく。


「サーニャ様の口座からクレジットをいただきました。ご利用していただき、ありがとうございました。みなさま、よい旅を」


 馬車のアナウンスに見送られて、ゼロたちはルクトルクの地に降り立った。


「チクショー。もうちょっとで勝てたのに……」

「あーら? 武道大会で優勝すれば1000万クレジットよ? 馬車代なんて些細ささいなものよ」


 ぼやくゼロの頭をクゥが何も言わずにでた。



「でっけえ!」


 ゼロたちの前に広がるのは、ルクトルク王国の城下町。とてつもない数の民家が並び、そして、それ以上にとんでもない数の人であふれ返っている。この場に立っているだけで圧倒されるほどの、すさまじい活気だった。町を埋める人の大部分は武道大会の観戦者だろう。そして、城下町を越えたさらに奥、小高い丘の上には壮麗そうれいな城がそびえたつ。


「パドの街と全然違うじゃん!」


 興奮を隠しきれないゼロは、町に入ってすらいないのに大はしゃぎ。


「そりゃあ、街と王国じゃ、規模が違うわよ」


 ルクトルクに吹く穏やかな風が、三人を包み込む。ゼロの背中で、愛用の漆黒のマントがひらひらとなびく。この辺りはパドの街ほど暑くなく、過ごしやすそうだ。

 王国の周囲には、辺り一面に白い花が咲いている。白い花びらが、ゼロ達の周りを無数に舞う。宙を舞う花びらが一枚、ふわりとクゥの手に舞い降りる。


「うつくしい……」


 手の中の白いカケラに、クゥが見とれる。


「さすが、花の舞うみやこと言われるだけのことはあるわね」

「なんて花なのだ?」

「イシュメナって花ね。花言葉はたしか……」


 サーニャが「うーん」と考え込んだ末、ぱっと顔を明るくして。


「希望!」


 舞い降りてくる白い花は、どこか三人を祝福しているようにも見えた。

 ふと、クゥが。


「武道大会の受け付け、大丈夫か?」

「そうだった! 急いでエントリーしないと!」


 目の前の光景に感動して、すっかり大事なことを忘れていた。大会のエントリーは、お昼まで。今は、お昼の少し前。め切りまで、時間がない。


「武道大会に出場される方は、ルクトルク城前の受付までおしくださーい!」


 城下町の入り口に立っているおじさんが、大声で叫ぶ。


「城の前か。急ぐぞ!」



 城下町は、まるで人の海だった。大通りは大量の人でギュウギュウ詰め。まったく前に進めない。


「ちょっと! なんて人だかりよ!」


 人の波につぶされそうなサーニャが、苦しそうな声を上げる。前後左右、見渡す限り人ばかり。この世界にこれだけ多くの人間が存在するのかと感心するくらいの人々で、城下町は埋め尽くされていた。ルクトルク王国民だけで、ここまでの数にはならないだろう。大陸のいたるところから、武道大会の観戦者が集まっていることは明白だった。


「全然進めねえ……」

「も、もみくちゃにされるー!」


 ゼロの近くでクゥが叫ぶ。しかし小さな少女の姿はどこにもない。人の波に飲み込まれてしまったらしい。


「クゥが消えた!」


 と思ったら、大きな杖がゼロの目に入る。クゥの世界樹の杖だ。目と鼻の先でフラフラと揺れる杖に、少年が腕を伸ばす。むんずとつかみ、引き寄せると、金髪ボブの少女が現れた。


「復活!」


 のんきなことを叫ぶクゥ。

 人の波が激しすぎて、前に進むどころか、ちょっと気を抜いただけで押し戻されそうになる。


「こんなんじゃ間に合わないじゃん!」


 ゼロが焦る。さっきから亀のようなスピードでしか前に進んでいない。このままだと、武道大会のエントリーには、どう考えても間に合わない。


「……ん?」


 視界の端に何かある。


「なあ、向こうに道があるぞ!」


 ゼロたちのすぐ左前方に路地がある。せまい道で、一人分の幅しかない。そして、なぜか誰も、その道に進もうとしない。


「裏通りかしら?」

「なんだか人気ひとけがないぞ……」


 路地の先は昼間だというのに薄暗く、どことなく不気味な雰囲気があった。


「このままじゃエントリーに間に合わない! 一か八か行ってみようぜ」


 他に手の無かった少年たちは、路地裏へと足を踏み入れるのだった……。


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