28 激闘! トランプバトル!
その後は、特にトラブルもなく快適な空の旅が続いた。
しばらくたった頃、窓の外を眺めていたクゥが、ふと。
「はあ……」
「どうしたんだよクゥ。ため息なんかついて」
ゼロの斜め前に座るクゥが、めずらしく元気がない。
「ちょっとヒマだぞ……」
クゥは、退屈そうに足をプラプラさせる。
馬車の中は、ゼロの家とは違い、涼しくて快適。
外は天気が良く、景色も最高。
しかし、しばらくすると会話のネタも尽きるし、外を見ることにも飽きてくる。かと言って、密閉された、この空間では特にやることもなく、正直なところヒマを持て余した。そんな時。
「ふっふっふ……」
なにやら含みのある笑いを漏らすサーニャ。
不審な魔法使いを、ゼロが怪しむ。
「なんだよ急に」
サーニャが、ローブのポケットに手をつっこみ、ガサゴソする。
「あれ、どこだっけ?」
探し物が見つからないのか、魔法使いは大げさにポケットをまさぐる。そもそもそんなに大きなポケットでも無いのに、何をそんなに探すものがあるのだろう。
「ああ、あったあった!」
明るい顔のサーニャが、ポケットから手を抜く。
「じゃーん! トランプー!」
これ見よがしに上げられた少女の手には、手のひらサイズの紙の箱が握られている。箱にはスペードやハートなどの、おなじみのマークが描かれている。
「「おおーっ!」」
目を輝かせたゼロとクゥが、同時に歓声を上げる。
「さすがサーニャだぞ!」
「やるじゃない」
笑顔の二人が、魔法使いを賞賛する。
「ふっ。天才魔法使いに抜かり無し」
仲間達に褒められたサーニャが、得意げにファサッと髪をかき上げる。
勢いよく手を上げたクゥが。
「ボク、ババ抜きしたいぞ!」
「あらクゥ、ババ抜きとは良いセンスね」
「ビリが馬車の代金払うってのはどうだ?」
ゼロが仲間たちに勝負を持ちかける。
「あーらゼロ、このあたしにそんな勝負、仕掛けていいのかしら? 吠え面かいても知らないわよ?」
サーニャは余裕の態度で、正面に座る少年を挑発する。
「なんだよサーニャ。やけに自信あるじゃん」
「ほーっほっほっほ! 当たり前でしょ? この天才ババ抜きスト、サーニャ様の実力をわからせてあげるわ!」
手の甲を口元に当てて高笑いを決めこむ魔法使い。
対するゼロも負けじと言い返す。
「ほう? トランプは一種のゲーム。ゲームで俺に挑むとは命知らずな」
「ム……。でもテーブルが無いぞ」
「安心なさいクゥ。未来にテーブルは必要ないわ」
「どういう意味なのだ?」
サーニャが箱の中から一枚のトランプを抜く。
「じゃじゃーん! 実はこれ、マジックアイテムでーす!」
少女は指先でつまんだトランプを、空中に投げる。サーニャの手を離れたトランプが、宙でピタリと静止した。
「う、浮いてるぞ!」
「すっげー!」
クゥとゼロは、宙に浮かぶカードに釘付けになる。
「このふわふわトランプは空中にふわふわと浮かぶのよ」
これならテーブルが無くてもトランプを楽しめる。
こうして、とうとつにババ抜きバトルが始まるのだった。
◇
「ちょっ! ギュってするな!」
ゼロが、サーニャのトランプを引き抜こうとすると、少女は強くつまんで妨害する。魔法使いは、少年の言葉に耳を貸さず、神妙な面持ちでカードを堅持する。しかたがないので、ゼロはトランプの頭側をつまむと、手首のスナップを効かせて素早く引き抜く。引き抜いたばかりのカードを、ドキドキしながらひっくり返す。ハートの3。手元のクラブの3とペアができた。
「よーーーーし!」
少年はガッツポーズをすると、ペアになった二枚を空中に捨てる。三人の中間には、捨てられたカードの山ができている。とっくに上がったクゥが、ゼロとサーニャの一騎打ちを真顔で見守る。
「ふー……。まったく……」
少年は、やれやれとタメ息をつく。
ゼロの手元には二枚のカード。うち一枚はジョーカー。対して、サーニャの手元にはカードが一枚。
「さあ、選びな」
少年は手元の二枚をサーニャに突きつける。
ジョーカーではないほうのカードを引けば、その瞬間にサーニャの勝ちが決まる。サーニャは難しい顔をしながら、右へ左へ、視線を何往復もさせる。しかし、手は一向に動かさない。決着がつくかもしれない大事な局面とあって、どちらを選ぶか決めあぐねているようだ。
「どうしたサーニャ。ビビってるのか?」
なかなか決断しないサーニャを、ゼロが挑発する。
「……ふっ」
サーニャが不敵な笑みを浮かべる。同時、少女の全身から緊張が消え去り、ウソのようにリラックスする。それは一瞬の出来事だった。相当なプレッシャーを感じていたであろう少女は、一瞬にして冷静さを取り戻したのだ。少女はクールだった。ババ抜きは心理戦。冷静さを失ったほうが負ける。それは同時に、より冷静である方が勝つということをも意味するのだ。
「――!」
ピクリ。ゼロの全身に緊張が走る。
(なんだ……。この余裕……)
魔法使いは、ただ、座しているだけ。口元には微笑を浮かべ、目元は穏やか。さっきまでのトゲトゲしさは、すっかりと、なりをひそめた。妙に静かだった。
なのにゼロには、少女が全身から、ただならぬオーラを放っているように見えた。いや、少女の気迫がゼロにそんな錯覚を起こしただけかもしれない。しかし確実に言えることは、ゼロはサーニャに、ただならぬ気配を感じた。それは得体の知れない、うすら寒ささえ感じるほどの何か。こんな感覚は生まれて初めてだった。
(ちっ……。嫌な予感がしやがる……)
ゼロの背中を冷たいものが伝う。
「ゼロ。あなたは強い」
「――!」
「ここまでの勝負。楽しかったですよ」
「ど、どういう意味だ?」
「……ふふ。気づいてるんでしょ? ……次の一手であなたは終わる」
ゼロの視界がゆがむ。なぜサーニャにここまでの迫力が……? 少年は目の前の少女から、耐えがたいほどのプレッシャーを受けていた。勝負など放棄して、今すぐにここから逃げ出してしまいたい気分だった。
魔法使いの瞳に自信がみなぎる。ゼロの挑発が仇になった。魔法使いは、今や完全に冷静さを取り戻した。クールな魔法使いの華奢な手が、カードに伸びる。
「これで終わりよ!」
少女は豪快にカードを抜き取る。勝つか負けるか。二つに一つ。魔法使いが威勢よくカードを裏返す。
「があーーーーーーーん!」
一瞬にしてサーニャの表情が崩れる。少女が抜き取ったカードには、ジョーカーが描かれていた。
「しゃーーーーーー!」
ゼロが渾身のガッツポーズ。
あんぐりと口を開けたサーニャが、真っ白になっている。ババから目を離せないまま、言葉を失っている。よほどショックだったのだろう。少女の顔には、まるで生気が無い。
…………………………しばらくすると少女の瞳に光が戻り出す。かと思えば彼女は、プルプルと拳を震わせて。
「イーンチキ! イーンチキ!」
インチキコールに合わせて拳を突き上げる魔法使い。大声で騒ぐ少女に、ゼロは呆れる。
「自分で引いたじゃん……」
「キィー! くやしいっ!」
サーニャは、手にしたジョーカーを放り投げる。少女の頭上でピタリと止まったピエロが、サーニャを見下ろしてあざ笑う。
「運だけは、いいみたいね!」
「おや? まだ実力だと気づかないとは。幸せ者ですねぇ」
売り言葉に買い言葉で、ゼロは、サーニャの挑発にすかさず反論する。
「ふんっ。今に、吠え面かかせてやるわ!」
「……ほっほっほ。さあ、ゲームを続けましょう」
熱くなるサーニャとは対照的に、ゼロは冷静に勝負の先を促す。
サーニャの手元には二枚のカード。片方はババ。もう一方の当たりのカードをゼロが引いた瞬間に、少年の勝ちが確定する。勝負は次の一手で決するかもしれないのだ。サーニャにとって、絶体絶命の状況だった。
ゼロが片方のカードに指を伸ばす。その瞬間、サーニャが目元に大粒の涙をためる。ゼロは首をかしげると、もう一方のカードに指先を移動させる。サーニャの涙が引っ込み、急にすまし顔になる。もう一度、指を動かす。サーニャは今にも泣きそうになった。さらに指を動かすと、涙が引っ込み、すまし顔。涙、すまし顔、涙、すまし顔、涙……。指を動かすたびにサーニャの表情がコロコロと変わる。
さんざん悩んだ末、ゼロはついにカードを決める。サーニャは、すまし顔。少年は堂々たる態度で、そのトランプを引き抜く。
「これだあ!」
手早くひっくり返したカードには、ジョーカーが描かれていた。
「だああああああっ!?」
「しゃああああーーーーーーー!」
頭を抱えるゼロ。
窮地を脱したサーニャが、咆哮を上げる。
「ほーっほっほっほ! やっぱり、この天才には敵わないようね!」
魔法使いが手の甲を口元に当て、高らかに笑う。




