27 魔法の馬車
「ルクトルク王国って知ってる?」
魔法使いが、唐突に聞いてくる。
「さあ」
「ルクトルク王国は大陸の西にある国よ。そこで武道大会が開かれるらしいの」
「武道大会?」
「凄腕の戦士たちが戦うのよ」
「へえ」
そういったことに興味のないゼロは、そっけなく返す。
身を乗り出したサーニャが、声を弾ませて。
「優勝賞金は、なんと1000万クレジット!」
「1000万!?」
とんでもない金額に、ゼロもテーブルに身を乗り出す。
「それだ!」
イスから飛び上がったゼロが、明るい顔で拳を握る。
「武道大会で優勝すれば、金欠から脱出できるぞ!」
「……変だと思わない?」
盛り上がるゼロとは逆に、テーブルに頬杖をついたサーニャは、なぜか不審がる。
「なにが?」
せっかく希望が見えたところに水を差され、ゼロはキョトンとする。
「だって、おかしいでしょ。1000万って言ったらA級悪魔の賞金より多いのよ? 人間相手の武道大会で、どうしてそこまでの賞金を払うわけ?」
たしかに内容に対して金額が大げさすぎる。A級悪魔の討伐は命がけ。だからこその高額報酬。相手が人間なら、悪魔討伐よりも、うんとラク。だとすると、この高額賞金は妙だ。
「お金持ちの国なんじゃない?」と、ゼロ。
「ルクトルク王国は貧乏ってわけじゃないけど、裕福な国でもなかったはず」
そうなると、なおさらおかしい。そもそも、さして裕福でもない国が、なぜわざわざそんなイベントを開くのだろう。
アゴに手を当てたサーニャが、ウーンと首をひねる。
「……なんか匂うわね」
魔法使いがつぶやくと、メカに肩車されたクゥが、キッチンテーブルの横でサーニャを見下ろし。
「漏らしたのか?」
「でも1000万だろ? 行こうぜ、ルクトルク王国!」
ゲームのコンティニューすらできない金欠少年は、簡単に稼ぐ方法があるなら、すぐにでも飛びつきたい気分だった。冷静に考えて、彼は今日の食事代すら持っていないのだ。
「でもルクトルクは、ここから数日かかるわよ」
ここパドの街は大陸の南端近くにある。対するルクトルク王国は、西端付近。かなり遠い。
「大会は、いつから?」
ゼロがたずねる。
「今日の午後から。エントリーは今日のお昼までね」
「なんだよそれ! 間に合わないじゃん!」
たった数時間で、はるか遠くの地まで行くのは不可能。残念すぎる現実に、ゼロはガックリと肩を落とす。
「ゼロなら余裕で優勝できるぞ」
クゥの言葉はもっともだ。A級悪魔さえも圧倒できるゼロが、人間相手に負けるはずがない。出場すれば優勝は間違いないだろう。1000万クレジットがタダでもらえるようなもの。しかしエントリーに間に合わないのであれば、どうにもならない。
「あーあ。俺の1000万……」
夢と消える優勝賞金。今日の昼飯代すらないゼロにとって、1000万クレジットは喉から手が出るほど魅力的。しかし手に入らないお金を、いつまでも追いかけたところで意味は無い。そうは言っても、すぐに気持ちを切り替えられるわけもなく、ゼロは、ひどく落胆する。
すると、キッチンテーブルの隣で、クゥを肩車しているメカが。
「魔法の馬車を使ったらどうだ? あれならかなりのスピードが出る」
その言葉を聞いた瞬間、サーニャの顔が明るくなる。
「そっか! その手があったわね!」
「街の外に何台か停まっているのを見たぞ」
いつの間にリサーチしたのか、メカはそんなことまで教えてくれた。その上。
「家はオレが守る。安心して行ってこい」
「いいのか?」
「オレは、この家のガーディアンだ」
メカの緑色の目が、力強く光る。
「恩に着るぜメカ!」
希望の光が見えてきた。ゼロはサーニャとクゥを交互に見て。
「よし! 行こうぜ、ルクトルク王国!」
ゼロが未知の地への旅立ちを告げる。
「わはははー!」
メカの肩の上で、クゥがのんきに笑った。
◇
街の北門を抜けてすぐ左手側に、数台の白い馬車が停まっている。馬車と言っても、馬が引っ張っているわけではない。そのため、馬を操縦する御者の姿もなく、乗客が乗るカゴの部分――キャビンが存在しているだけ。白いキャビンには、大きな四つの車輪がついている。
サーニャは、すかさず片手を上げると大きな声で。
「へーい! 魔法の馬車ー!」
少女の呼びかけに反応して、一台の馬車がやってくる。キャビンは、三人の目の前で止まる。すると、ひとりでに扉が開く。
「さ、行きましょ」
サーニャが、ささっと馬車に乗り込む。ゼロたちも、それに続く。中には二人がけのイスが、対面するように備え付けられている。ほどよい硬さで、座り心地が良い。馬車の内部は意外と広く、ゆったりとくつろげる。これなら長時間の旅でも疲れにくいだろう。イスに腰かけた三人が、柔らかい背もたれに寄りかかると、天井付近のスピーカーから声がする。
「魔法の馬車をご利用していただき、ありがとうございます」
機械音声のアナウンスが流れる。機械音声と言っても、まるで本物の人がしゃべっているように流ちょうな語りだった。
「当馬車は自動運転によって目的地へ向かいます」
そう、この馬車は魔法の馬車。アナウンスの通り、馬車そのものが勝手に動いて、行きたい場所まで運んでくれるのだ。
「目的地をおっしゃってください」
「ルクトルク王国へ!」
サーニャのハツラツとした声が車内に響く。
「かしこまりました。ルクトルク王国へ向かいます。魔法の馬車による快適な旅をお楽しみください」
キャビンの扉が閉まると、とうとつな浮遊感がゼロを包む。
「うお!?」
ビックリしたゼロは、イスや壁に手をついて体を支える。
窓を覗くと、周りの景色がどんどん下に流れていく。馬車が浮かび上がっているのだ。パドの街が、あっと言う間に小さくなっていく。
「すげー! 街があんなに小さい!」
「むうう……。ちょ、ちょっと高いぞ……」
「ははっ。なんだよクゥ。ビビってんのか?」
「ム! 違うぞ! ボクに怖いものはない」
「大丈夫よ、落ちないから。むしろ障害物が無い分、陸地より安全よ」
しばらくすると今度は景色が後ろに流れ出す。空飛ぶ馬車が前進を始めた。馬車の車輪がカラカラと回る。
「さ、あとは座ってるだけでオッケーよ」
そう言うとサーニャは、窓枠にひじを置いて、ほお杖をついた。
「すげえ……。最近の馬車ってハイテクだな」
ゼロは興味深そうに、車内を見回す。
「なによゼロ。馬車くらい乗ったことあるでしょ?」
挙動不審にしていると、目の前に座るサーニャが聞いてくる。
「初めてだよ。遠出しないし」
「ホント引きこもりねえ。どうせ家でゲームばかりしてるんでしょ?」
サーニャは冷ややかな視線。
図星を突かれたゼロは、ドキッとして。
「なんでわかったんだ!?」
「あんなにやってたら、わかるに決まってるでしょ!」
「ウム」
サーニャが語気を荒げる。クゥも同調する。
家にいる時のゼロは、ほとんどの時間、ゲームをしている。そして悪魔と戦うとき以外はあまり外出しない。数日しか一緒に暮らしていないサーニャ達だが、ゼロが引きこもり体質であることは、少年の普段の行動を見ていれば簡単にわかることだった。
「……ふっ」
自信ありげにゼロが笑う。
「何よ急に」
「俺は勇者だ。世界の平和を守るのが勇者のつとめ」
「それがゲームと関係あるの?」
「俺は、すごい勇者だ。だから現実だけじゃなくて、ゲーム世界の平和も守ってるんだぜ」
自称勇者は謎の言い訳をする。そんなことをしたって、怠惰な生活が正当化されるわけは無いのに。苦しい弁明をする少年を、魔法使いはジットリと見つめ。
「呆れた。遊んでるだけじゃない」
突き放してくるサーニャ。
ゼロは、立てた人差し指を振り。
「チッチッチ。ゲームは遊びじゃないんだぜ、サーニャ」
呆れ顔のサーニャは、それ以上は何も言わず、窓の外の景色を見た。馬車からの眺めは、すばらしく良い。
サーニャの隣に座っているクゥが、目をパチクリさせながら。
「目的地には、どのくらいで着くのだ?」
「約五時間で到着いたします」
馬車のアナウンスが、金髪少女の疑問を解決する。
「おお! 親切にありがとうございます!」
天井を見上げたクゥは、ペコリと頭を下げる。
「どういたしまして。わからないことがあれば、お気軽におたずねくださいね」
「助かる!」
「てことは着くのは、お昼前ね」
「けっこうギリギリだな。武道大会のエントリー、間に合うかな……」
いまさらながら心配になる。もしもエントリーに間に合わなければ、交通費は丸損。ただでさえ金欠の少年にとって、それは痛すぎる出費。
「ま、トラブルが無ければ大丈夫でしょ」
サーニャは楽観的だ。
彼女の言う通り、何事も無ければいいのだが……。




