26 ゲーム
液晶画面の中で、壮絶なバトルが繰り広げられている。
『勇者の攻撃! あばれモグラはひらりと身をかわした!』
『あばれモグラの攻撃! 勇者に42のダメージ!』
『勇者の攻撃! ミス! あばれモグラにダメージを与えられない!』
『あばれモグラはニヤニヤしている!』
『勇者の攻撃! しかし勇者は転んでしまった!』
『あばれモグラの切り裂き攻撃! 勇者に108のダメージ! 勇者はやられてしまった……』
戦いは、あっさりと幕を下ろした。
巨大なモグラのモンスターにボコされた黒髪ツンツン頭の少年は、モンスターの足元で力なく横たわっている。
ゼロが両手で握る携帯ゲーム機から、悲しげなBGMが流れ、ゼロの部屋に哀愁を漂わせる。
「ほっほっほ……。ザコ敵に負けてしまいましたよ……」
銀色ツンツンヘアーの少年は、キッチンのイスに前屈みに腰かけて、力無くつぶやいた。ザコ敵に負けたショックで、ゼロの透き通るブルーの瞳が、憂いを帯びる。
赤いTシャツに白い長ズボン姿の彼は、今日も早朝から自宅でゲームざんまい。その手に握った横長のゲーム端末は、中央に液晶画面があり、左にはスティック、右には四つのボタンがある。よく使いこまれているため、本体には、ところどころキズがある。
ゲーム画面が暗転していく。真っ黒に塗りつぶされた背景の中央に、ぼうっと光が灯り、棺桶が浮かび上がる。棺桶の中には、さっきやられた黒髪ツンツン頭の少年が、目をつむって横たわっている。HP0の少年の頭には、天使のわっかが乗っかっている。その後に画面に表示された文字に、ゼロがピクリと眉をひそめる。
『コンティニューしますか?(50クレジット)』
はい いいえ
「またか……」
ゼロはうんざりした。
お金を催促してくるゲーム画面を、朝から何度見ただろう。もはや数える気にもならなかった。
少年は無表情のまま『はい』に指を伸ばす。
『クレジットが足りません』
「ほあっ!?」
ゼロの心拍数が跳ね上がる。つい先日、A級悪魔を倒したゼロは、大金を手にしたばかり。たかだか50クレジットを支払えないわけがないのだ。
少年は秒速16連打の早業でリトライボタンをタップする。バグなのか、古いウインドウが消えずに、新しいウインドウがその上に重なっていく。
『ク『ク『ク『ク『クレジットが足りません』
画面を埋め尽くす『クレジットが足りません』
「うざっ!」
ムッとしながら画面右上を見ると、すかさず飛び込む『クレジット 4』の文字。その瞬間、少年の顔が青ざめる。
「あ……ああ……」
声にならない声。華奢な全身がプルプルと震える。
稼いだばかりの大金を、気付かぬうちに使い果たしてしまったらしい。ゼロの全財産、たったの4クレジット。
「ウソ……だろ……」
消え入るような声が、早朝の室内に漏れる。ほぼ無一文という現実に、絶望感が押し寄せる。体の力が抜け、まるでフワフワと空中をさまよっているようだった。
ゼロは、仕方なくコンティニューをあきらめて『いいえ』の文字をタップする。
『前回セーブしたところからやり直しになりますが、よろしいですか? ちなみにセーブしてから3時間51分経過しています』
瞬間、ゼロの顔がピクッと引きつる。
「よ、四時間近くも……」
それは決して短くない時間。いや、むしろ長い。ここでコンティニューしなければ、四時間分の人生が無駄になる。なぜもっと、こまめにセーブしなかったのか。そうすれば、キズは、もっと浅かったのに。
『セーブは、こまめにしてね!』
ゲームの序盤で、村人とかがよく言うセリフ。ゲーマーの基本であるセーブを怠ったことを、ゼロはこの時になって激しく後悔した。
しかし、どれだけ悔やんだところで、お金が無いためコンティニューはできない。この絶望を受け入れるしかないのだ。ゼロは、ため息をつくとコンティニューをあきらめて、『いいえ』の文字に指を伸ばす。
『コンティニューに使った4150クレジットも無駄になっちゃいますよ?』
「う……」
画面の脅し文句に少年の顔がゆがむ。なんて余計なことを教えてくるんだろう。ゲームのその一言で、少年の心に迷いが生まれる。ゼロは「うーん」と頭を捻って考える。
(今から冒険者ギルドに行って悪魔討伐クエストを受けるか? でも、それだとゲームを再開するまでに、時間がかかるしなぁ……。そもそもA級悪魔の討伐依頼があるかもわからないし。あ、よく考えたら今晩のおかずを買う金が無いじゃん!)
悩む少年。と、画面に。
『早くしてくれますか?』
「うるせえ!」
なんということでしょう。その失礼極まりない態度に、ブチンッと来たゼロのコメカミに、見事な怒りマークが浮く。
しかしゲームに怒ったところで無駄である。そんなことをしても現状は何も変わらないのだ。第一、まったく楽しく無い。気楽に生きていきたいゼロにとって、過度に怒ったり悲しんだりすることは、できればしたく無い面倒なことなのだ。第一、ゲームにマジでキレるなんて、子供のすること。自分はいつもクール。そう心でつぶやくと、ゼロは、ほがらかな顔でコンティニューをあきらめた。
『無駄な努力は楽しかったですか?』
はい いいえ
「なんなんだ、このゲームはーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
絶叫。それは絶叫である。
そりゃあそうだ。決して安くないお金を払ったあげく、コケにされたとあっては、さすがのゼロも黙っていない。黙ってなどいられないとも。ゼロはクールを卒業した。
「うっさいわねえ、朝っぱらから」
イスに座るゼロの後ろに、いつの間にかサーニャが立っている。紫の長髪少女は、うっとうしそうな目つきで少年を見下ろす。ゼロが背後に振り返ると、腕とヒザ下の露出した涼しそうな紫ローブを着た彼女は、タオルで額の汗をふいている。まださほど暑い時間帯ではないのに、なぜか汗ばんでいるようだ。
「なんだよサーニャ、暑いのか?」
「朝のトレーニングよ」
「そりゃ、ご苦労なこって」
サーニャは早朝の魔法トレーニングを終えて帰ってきたらしい。さすが自称天才魔法使い。やることは、やっているらしい。
「で、何があったのよ?」
「いや、金がなくてさ」
ゼロの答えに、サーニャは不思議そうな顔。
「カマキリ男の報酬は?」
「もうないよ」
「はあ!?」
信じられないといった様子で、口をあんぐりと開けるサーニャ。
「ないよ」と念を押すゼロ。だって、ないから。
少年の顔には生気が無い。光の無い瞳は虚ろで、どこを見ているかわからない。
「なんでよ。A級悪魔の報酬って、めちゃくちゃ多いんでしょ?」
「カマキリ男は200万クレジットだったかな」
「すご!」
ゼロはさらりと言いのけたが、それは普通の冒険者の年収に匹敵するレベルの金額。それをゼロは、たった数日で使い切った。
「そんな大金、何に使ったわけ?」
当然の疑問だろう。
「ゲーム」
「はあ!? そんなことに!?」
「うん」
ゼロの返事は、まるで子供のよう。膨大なお金を使い切ってしまったというのに、まるで悪びれない
「うん、じゃないでしょ! お金はもっと大事に使いなさい!」
母親のように少年をしかりつけるサーニャ。
すると、ゼロは両耳を手の平でふさぎ。
「あーあーあー、聞こえなーい」
幼い子供みたいなことをして、サーニャの言葉をかき消す。反省の色が見えないキッズに、母親はあきれて肩をすくめた。
こんなことをしていてもお金は返ってこない。それはゼロにもわかっている。自身のしていることが急に虚しくなり、ゲーム機をテーブルに置く。頭の後ろで両手を組んでイスにもたれると、天井を見つめて黄昏る。
「わははー! 高っかーい!」
金髪ボブの少女――クゥの楽しそうな声が、せまい室内に響く。
クゥを肩車した二足歩行のロボット――メカが、キッチンテーブルの周りをグルグルと散歩している。ぶ厚いボディは鋼鉄製で、その巨体は家がせまいこともあって、やたらと存在感がある。
「楽しそうだな、お前ら」
朝っぱらからお気楽な二人。何の悩みも無さそうで、ちょっぴりうらやましくなる。
「あ、そういえば」
サーニャがキッチンテーブルのイスを引いて、ゼロの向かいに座る。
「街で気になる話を聞いたのよ」
「気になる話?」
サーニャの態度はいつになく真面目だ。いったい何事だろう。




