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アナザーロール  作者: 清澄 武
第2章 ルクトルク王国編

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26/61

26 ゲーム


 液晶画面の中で、壮絶なバトルが繰り広げられている。


『勇者の攻撃! あばれモグラはひらりと身をかわした!』

『あばれモグラの攻撃! 勇者に42のダメージ!』

『勇者の攻撃! ミス! あばれモグラにダメージを与えられない!』

『あばれモグラはニヤニヤしている!』

『勇者の攻撃! しかし勇者は転んでしまった!』

『あばれモグラの切り裂き攻撃! 勇者に108のダメージ! 勇者はやられてしまった……』


 戦いは、あっさりとまくを下ろした。

 巨大なモグラのモンスターにボコされた黒髪ツンツン頭の少年は、モンスターの足元で力なく横たわっている。

 ゼロが両手で握る携帯ゲーム機から、悲しげなBGMが流れ、ゼロの部屋に哀愁あいしゅうを漂わせる。


「ほっほっほ……。ザコ敵に負けてしまいましたよ……」


 銀色ツンツンヘアーの少年は、キッチンのイスに前屈まえかがみに腰かけて、力無くつぶやいた。ザコ敵に負けたショックで、ゼロの透き通るブルーの瞳が、うれいを帯びる。

 赤いTシャツに白い長ズボン姿の彼は、今日も早朝から自宅でゲームざんまい。その手に握った横長のゲーム端末は、中央に液晶画面があり、左にはスティック、右には四つのボタンがある。よく使いこまれているため、本体には、ところどころキズがある。

 ゲーム画面が暗転していく。真っ黒に塗りつぶされた背景の中央に、ぼうっと光が灯り、棺桶かんおけが浮かび上がる。棺桶の中には、さっきやられた黒髪ツンツン頭の少年が、目をつむって横たわっている。HP0の少年の頭には、天使のわっかが乗っかっている。その後に画面に表示された文字に、ゼロがピクリと眉をひそめる。




『コンティニューしますか?(50クレジット)』


  はい    いいえ




「またか……」


 ゼロはうんざりした。

 お金を催促さいそくしてくるゲーム画面を、朝から何度見ただろう。もはや数える気にもならなかった。

 少年は無表情のまま『はい』に指を伸ばす。


『クレジットが足りません』


「ほあっ!?」


 ゼロの心拍数が跳ね上がる。つい先日、A級悪魔を倒したゼロは、大金を手にしたばかり。たかだか50クレジットを支払えないわけがないのだ。

 少年は秒速16連打の早業はやわざでリトライボタンをタップする。バグなのか、古いウインドウが消えずに、新しいウインドウがその上に重なっていく。




『ク『ク『ク『ク『クレジットが足りません』




 画面を埋め尽くす『クレジットが足りません』


「うざっ!」


 ムッとしながら画面右上を見ると、すかさず飛び込む『クレジット 4』の文字。その瞬間、少年の顔が青ざめる。


「あ……ああ……」


 声にならない声。華奢きゃしゃな全身がプルプルと震える。

 稼いだばかりの大金を、気付かぬうちに使い果たしてしまったらしい。ゼロの全財産、たったの4クレジット。


「ウソ……だろ……」


 消え入るような声が、早朝の室内に漏れる。ほぼ無一文という現実に、絶望感が押し寄せる。体の力が抜け、まるでフワフワと空中をさまよっているようだった。

 ゼロは、仕方なくコンティニューをあきらめて『いいえ』の文字をタップする。


『前回セーブしたところからやり直しになりますが、よろしいですか? ちなみにセーブしてから3時間51分経過しています』


 瞬間、ゼロの顔がピクッと引きつる。


「よ、四時間近くも……」


 それは決して短くない時間。いや、むしろ長い。ここでコンティニューしなければ、四時間分の人生が無駄になる。なぜもっと、こまめにセーブしなかったのか。そうすれば、キズは、もっと浅かったのに。


『セーブは、こまめにしてね!』


 ゲームの序盤で、村人とかがよく言うセリフ。ゲーマーの基本であるセーブをおこたったことを、ゼロはこの時になって激しく後悔した。

 しかし、どれだけ悔やんだところで、お金が無いためコンティニューはできない。この絶望を受け入れるしかないのだ。ゼロは、ため息をつくとコンティニューをあきらめて、『いいえ』の文字に指を伸ばす。


『コンティニューに使った4150クレジットも無駄になっちゃいますよ?』


「う……」


 画面の脅し文句に少年の顔がゆがむ。なんて余計なことを教えてくるんだろう。ゲームのその一言で、少年の心に迷いが生まれる。ゼロは「うーん」と頭をひねって考える。


(今から冒険者ギルドに行って悪魔討伐デビルハントクエストを受けるか? でも、それだとゲームを再開するまでに、時間がかかるしなぁ……。そもそもA級悪魔の討伐依頼があるかもわからないし。あ、よく考えたら今晩のおかずを買う金が無いじゃん!)


 悩む少年。と、画面に。


『早くしてくれますか?』

「うるせえ!」


 なんということでしょう。その失礼極まりない態度に、ブチンッと来たゼロのコメカミに、見事な怒りマークが浮く。

 しかしゲームに怒ったところで無駄である。そんなことをしても現状は何も変わらないのだ。第一、まったく楽しく無い。気楽に生きていきたいゼロにとって、過度に怒ったり悲しんだりすることは、できればしたく無い面倒なことなのだ。第一、ゲームにマジでキレるなんて、子供のすること。自分はいつもクール。そう心でつぶやくと、ゼロは、ほがらかな顔でコンティニューをあきらめた。




『無駄な努力は楽しかったですか?』


  はい    いいえ




「なんなんだ、このゲームはーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 絶叫。それは絶叫である。

 そりゃあそうだ。決して安くないお金を払ったあげく、コケにされたとあっては、さすがのゼロも黙っていない。黙ってなどいられないとも。ゼロはクールを卒業した。


「うっさいわねえ、朝っぱらから」


 イスに座るゼロの後ろに、いつの間にかサーニャが立っている。紫の長髪少女は、うっとうしそうな目つきで少年を見下ろす。ゼロが背後に振り返ると、腕とヒザ下の露出した涼しそうな紫ローブを着た彼女は、タオルで額の汗をふいている。まださほど暑い時間帯ではないのに、なぜか汗ばんでいるようだ。


「なんだよサーニャ、暑いのか?」

「朝のトレーニングよ」

「そりゃ、ご苦労なこって」


 サーニャは早朝の魔法トレーニングを終えて帰ってきたらしい。さすが自称天才魔法使い。やることは、やっているらしい。


「で、何があったのよ?」

「いや、金がなくてさ」


 ゼロの答えに、サーニャは不思議そうな顔。


「カマキリ男の報酬は?」

「もうないよ」

「はあ!?」


 信じられないといった様子で、口をあんぐりと開けるサーニャ。


「ないよ」と念を押すゼロ。だって、ないから。


 少年の顔には生気が無い。光の無い瞳はうつろで、どこを見ているかわからない。


「なんでよ。A級悪魔の報酬って、めちゃくちゃ多いんでしょ?」

「カマキリ男は200万クレジットだったかな」

「すご!」


 ゼロはさらりと言いのけたが、それは普通の冒険者の年収に匹敵ひってきするレベルの金額。それをゼロは、たった数日で使い切った。


「そんな大金、何に使ったわけ?」


 当然の疑問だろう。


「ゲーム」

「はあ!? そんなことに!?」

「うん」


 ゼロの返事は、まるで子供のよう。膨大ぼうだいなお金を使い切ってしまったというのに、まるで悪びれない


「うん、じゃないでしょ! お金はもっと大事に使いなさい!」


 母親のように少年をしかりつけるサーニャ。

 すると、ゼロは両耳を手の平でふさぎ。


「あーあーあー、聞こえなーい」


 幼い子供みたいなことをして、サーニャの言葉をかき消す。反省の色が見えないキッズに、母親はあきれて肩をすくめた。

 こんなことをしていてもお金は返ってこない。それはゼロにもわかっている。自身のしていることが急にむなしくなり、ゲーム機をテーブルに置く。頭の後ろで両手を組んでイスにもたれると、天井を見つめて黄昏たそがれる。


「わははー! 高っかーい!」


 金髪ボブの少女――クゥの楽しそうな声が、せまい室内に響く。

 クゥを肩車した二足歩行のロボット――メカが、キッチンテーブルの周りをグルグルと散歩している。ぶ厚いボディは鋼鉄製で、その巨体は家がせまいこともあって、やたらと存在感がある。


「楽しそうだな、お前ら」


 朝っぱらからお気楽な二人。何の悩みも無さそうで、ちょっぴりうらやましくなる。


「あ、そういえば」


 サーニャがキッチンテーブルのイスを引いて、ゼロの向かいに座る。


「街で気になる話を聞いたのよ」

「気になる話?」


 サーニャの態度はいつになく真面目だ。いったい何事だろう。


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