25 空
助けられない。そう確信した少年が、くやしさを吐き出す。
わずかな期間ではあったものの、クゥもメカも、冒険をともにした仲間だ。
全力で疾走しても、ゼロの手は届かない。ゼロは二人を助けることができなかった。
と、叫ぶ少年の頭上を、巨大な火の玉が追い越した。
火の玉はクゥたちに落下する瓦礫に直撃する。瓦礫が、ただの一撃で砕け散った。粉々になった破片がクゥたちの頭上に降り注いだ。
間一髪、クゥたちはピンチを脱した。
背後を振り返ったゼロの目に飛び込んだのは、紫ローブの少女。
「サーニャ!」
相棒の登場に、ゼロの顔が安堵で緩む。
魔法使いは「ふっ」と髪をかき上げると。
「天才魔法使いは遅れてやってくる……ってね!」
危機的な状況にあっても、サーニャはいつもの調子だった。
かくして四人は再び合流を果たした。果たしたのだが……。
何やらメカの様子がおかしい。
メカの瞳のランプが、徐々に光を失っていく。エネルギーの残量が、底をつこうとしていた。
「クゥ……」
光が消える中で、メカはクゥの名を呼ぶ。
「エ、エネルギーが!」
そう言うと、クゥは背中の杖を手に取り。
「い、いま、回復させるぞ!」
動けないメカにそう言った。
メカの顔がクゥを探す。もう目が見えていないのか、耳が聞こえていないのか、メカの視線は明後日の方向を向いていた。
そんなメカの正面に、クゥが歩み寄る。
「アリガ……ト……」
そう言い残すと、メカは動かなくなった。
背中のメーターは、完全に空になっていた。
今この瞬間、メカは一生を終えたのだ。
「……行こうクゥ」
ゼロが脱出をうながす。しかしクゥは。
「イヤだ!」
クゥはメカのそばを離れようとしない。世界樹の杖を握り込んで。
「治す!」
「無理よ! ヒールで治せるのはケガだけ。機械は直せないの!」
そう。魔法ではメカを治せない。
どれだけ回復魔法が得意なクゥであっても、メカを救うことはできないのだ。
揺れが激しい。今すぐに逃げ出さないと、ゼロたちまでもが危険だった。だというのに、クゥは逃げようとしない。必死の形相のサーニャがクゥを説得する。
「魔法は万能じゃないの! 全ての願いが叶うわけじゃないのよ!」
「叶う!」
サーニャがどれだけ説得しても、クゥは頑として引かない。
クゥの両目から大粒の涙がこぼれた。
「クゥ……」
サーニャはそれ以上、何も言えなくなってしまう。
その間にもダンジョンの震動は激しさを増す。ダンジョン全体に轟音が鳴る。崩れた天井の塊が次々に落下してくる。
「まずいわ! 天井が崩れ出した!」
サーニャがクゥの手を引っ張る。もう一刻の猶予も無かった。
「逃げましょう!」
しかし、クゥはサーニャの手を振りほどく。少女はごしごしと手で涙をぬぐうと。
「治る!」
今までに見せたことのない、強い口調だった。
クゥは頑としてメカの元から動こうとしない。
ゼロたちの足元がひときわ大きく揺れた。
もはや限界だった。
「い、急がないと、全滅よ!」
その時、ダンジョンの天井が、ついに崩れ落ちた。
巨大な石の塊が、四人を飲み込んでいく。ついにゼロたちは、ダンジョンからの脱出に間に合わなかった。
頭を守って、体を屈めたサーニャが、閉じている目を恐る恐る開ける。
どういうわけか、少女は無事だった。なぜ助かったのか? サーニャはその理由をすぐに知ることになる。
サーニャの前で、ゼロが両手で天井を支えていた。両腕をめいっぱい上げたゼロが、巨大な天井をその腕力だけで支えているのだ。こうしてゼロたちは、かろうじてつぶされずに生き残ったのだ。しかし彼らの頭のすぐ上には、巨大な石の塊が迫っている。
「ぐああ……」
顔を歪めたゼロが、うめき声を漏らす。少年は視線だけをクゥに向けて。
「やれーーーーーーーーーーッ! クゥーーーーーーーーーーッ!」
魔法で機械は、治らない。しかしクゥは、治ると言った。普通に考えれば、そんなことはあり得ない。いかに魔法と言えども万能ではないのだから。
けれどもクゥの態度には、どこか確信めいたものがあった。必ずメカを助け出せるという自信が、彼女から感じられるのだ。
ゼロは、少女に賭けてみることにした。
「ヒールで治してやれ! そして全員で帰るぞ!」
ゼロが歯を食いしばる。なんとか天井を支えているものの、そう長くはもたないことを、ゼロ自身も感じていた。チャンスは一回。それでダメなら今度こそ最後だ。なにがなんでもクゥを連れて帰るしかない。
ゼロの言葉にクゥが深くうなずく。少女は体の前に杖を立てて両手で握ると、目をつむった。直後、クゥの全身が、強烈な輝きを放った。それは以前ヒールを使った時とは明らかに違う、すさまじい輝きだった。クゥが放つ魔力が、辺りに強風を巻き起こし、サーニャの長髪を激しく乱す。
(ば、ばかなっ! なんて魔力なの!?)
クゥの唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「癒しの光よ。この者が負いし、ありとあらゆるキズを取り除きたまえ」
少女が唱え終えると、壁際に転がっているメカの左腕が浮かび上がる。
「えっ」
その光景に、サーニャは唖然とする。
壊れた腕はメカの元まで飛んでくると、損傷した左肩部分とつながっていく。壊れていたはずの腕が、みるみるうちに元通りに修復していく。
(どういうこと!? なにが起こっているの!?)
サーニャは目を見開いたまま、その光景を凝視する。
さらに、これだけでは終わらなかった。
完全に空だったはずのメカのエネルギーが、見る見るうちに回復していく。エネルギーメーターの残量が、あっという間にマックスまで回復する。エネルギーメーターのランプが、今は緑色に点灯していた。
(――あ、ありえない! これは、ただのヒールじゃない!)
サーニャの視線がクゥに向けられる。
(こ、この子は一体……)
光を失っていたメカの瞳が、緑に輝いていく。
「……ここは」
「メカ!」
目を覚ましたメカにクゥが抱き着く。
「話は後よ! 行きましょう!」
サーニャがクゥとメカの手を引く。
「走れーーーーーーーーーーッ!」
ゼロの絶叫。
仲間たちが一斉にスフィアへと走り出す。
歯を食いしばって天井を押し返すゼロが、手を一歩、また一歩と前に出す。天井が落下しないように支えながら、少年は器用にかつ迅速にスフィアへの道を進むのだった……。
◇
荒野に四つの影。
「し、死ぬかと思った……」
気をつけの姿勢でうつ伏せに倒れるゼロ。彼は、猛烈に疲れていた。さすがのゼロであっても、今回の冒険はハードすぎた。しかし、命がけの冒険を終えて、この大地に戻ってきた彼の顔は、どこか晴れやかだった。
ゼロの隣にいる紫ローブの魔法使いが、腰に両手を当てて。
「んっもー、だれよ! ダンジョンの奥には古の魔導書があるなんて言い出したアホは!」
「お前だぞ」
ぷりぷり怒る魔法使いに、横顔を向けたゼロが冷静にツッコむ。
「……外の世界は輝いているんだな」
メカは空を見上げている。
太陽がその顔にあたたかい光を注いでいた。
クゥはその隣で、メカと一緒に空を見ている。少女の顔は、晴々としていた。
空はダンジョンの天井よりもずっと高くて、ずっと明るくて、どこまでもどこまでも広がっていた。
◇
パドの街、ゼロ宅前。
「あー、疲っかれたぁ……」
やれやれと言った感じでサーニャが一息つく。ダンジョンで古の魔導書が手に入らなかったことがよっぽどショックだったのか、サーニャは帰り道では、ぷりぷりぷりぷり怒り散らしていた。まったく、元気な魔法使いである。
さんざんな目にあったゼロたちだったものの、なんとか帰ってくることができた。
結局、宝は手に入らなかったし、ダンジョンでは死にかけるし、ずっと歩きっぱなしで疲れるしで、まさに、くたびれもうけ。まるでいいことが無し。とは言え、あれだけの目にあって命があっただけでも儲けものだろう。ある意味では運のいい四人だった。
するとメカが、目の前に建つゼロの家を見て。
「ここがクゥの家か」
「俺の家だ」
メカの言葉を速攻で否定するゼロ。
メカは、ゼロの家をじっと見つめた末に。
「よし。今日からオレは、この家のガーディアンだ!」
いきなり訳のわからないことを言い出した。
「え」
ゼロの思考が停止する。
「うおー! 頼もしいぞメカ!」
あれだけ大変な目にあったばかりだというのに、どこにそんな体力が残っているのか、クゥはぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。
「ん? 冷静に考えたらメカって古代兵器なのよね。解析したら新魔法のヒントが見つかるかも……。……ワクワクしてきたわね!」
よからぬ事を企む魔法使いは、ほくそ笑むと、怪しく目を輝かせる。
家主を差し置いて、居候たちは妙に盛り上がっている。
とはいえダンジョンが壊れた今、メカに帰る場所はない。さすがに追い返すのも忍びない。いくらゼロでも、そこまで薄情ではないのだ。愉快な仲間たちを、ゼロは真顔で見つめるしかなかった。
「い、家がせまい……」




