24 崩壊
「メカ!」
メカの背中に、クゥが叫ぶ。
重量のある鉄の塊が宙を舞う。それは数メートル飛び続けた後、側壁にぶつかり勢いを失うと、床に落下した。重い音が鳴る。機械の腕が、壁際に横たわっている。クゥを守ったガーディアンには左腕がついていなかった。機械の体が床に片ヒザをつく。
クゥの目の前で、エネルギーメーターが赤く点滅していた。
「グム……」
ダメージが大きいためか、メカは立ち上がることができない。
「グオオオォーーーーーーーッ!」
咆哮。石像が、再び槍を構える。足元で動けずにいるメカたちに、とどめを刺すつもりだ。
「た、立つのだ、メカ!」
「に、逃げろクゥ……」
クゥがメカの体を引っ張る。しかしどれだけ引っ張っても鉄の体は微動だにしない。クゥの力では、メカの巨体を動かすことは、とてもできない。
クゥたちが、もたついていると、ガーゴイルが石の槍を両手で握り込む。そして頭上高く振り上げた。ダンジョンの天井近くまで持ち上がった槍。その先端がクゥたちに向けられる。
「キエーーーーーーーーーーーー!」
空気を切り裂く石の槍が、無防備なメカたちに襲いかかる。メカの鋼鉄の腕ですら一撃で破壊する槍が、手負いのメカを狙う。
「うわーーーーーーーー!」
クゥが思い切りメカを引っ張る。しかしメカが動くことは無かった。
槍の先端がメカの顔を襲う。
その時、辺りが急に静かになる。槍の衝突音は、ダンジョンに生まれなかった。
槍の先端は、メカの目前で停止していた。
ガーゴイルの表情が一変する。
メカの前に、ゼロが立っていた。少年は槍の先端を片手で握り、ガーゴイルの攻撃を、ギリギリのところで防いだ。
「お前、ちょっとしつこいぞ」
銀髪の少年がガーゴイルを睨みつける。その瞬間、ガーゴイルが飛び退く。少年の殺気を感じ取ったのか、石像は猛烈なスピードでゼロから離れた。
「グルルル……」
石像がうなる。その目はゼロだけを睨んでいる。もはやメカたちのことを忘れてしまったかのように、足元の少年にだけ、敵意をむき出しにする。
睨み返すゼロが、片手をつきだして、手を広げる。
「ちょっと!? こんなところで剣を出したらダンジョンが崩れるわよ!」
背後のサーニャが、ひどく取り乱す。しかし、ゼロはお構いなしに地面を蹴ると、ガーゴイルの胸元に飛び込んだ。漆黒のマントがはためく。
「うおおおおーーーーーーーっ!」
気合を放ったゼロが、拳を握りこみ、まっすぐに打ち付ける。渾身の攻撃はガーゴイルの額に直撃した。打撃を放ったゼロは、すぐさまガーゴイルの胸を蹴り、素早く石像から離れる。そしてメカの前に音もなく着地した。
「グオオオ……?」
ガーゴイルが戸惑っている。ゼロの拳を食らったものの、石像には、なんの変化も見られない。
「き、効いてないわ!」
絶対の防御を持つガーゴイルは、ゼロの突きを食らったものの無傷。
目の前に並ぶ侵入者たちを脅威ではないと判断したのか、ガーゴイルは口元を吊り上げて余裕の笑みを浮かべる。
石像は槍を力強く握ると。
「グオオオオオオオ!」
ガーゴイルの咆哮がダンジョンに響き渡る。同時、石槍がほとばしる黒い光で包まれていく。
「い、いかん。逃げろ!」
メカの鬼気迫る声が、ゼロの背中に投げかけられる。
ゼロに飛びかかったガーゴイルが、巨大な石槍を振り下ろす。鋭い穂先が一直線にゼロに襲いかかる。しかし襲いくる槍の先端は、ゼロに触れる直前で、ピタリと動きを止めた。
「グ、グア……?」
なぜか攻撃の手を止めたガーゴイルが、固まっている。
「な、なに?」
サーニャがつぶやいた次の瞬間、石像の額に一筋の亀裂が入る。ガーゴイルが手で顔を押さえて苦しみだす。ヒビは瞬く間に顔全体に広がっていき、さらに全身にまで拡大していく。
「グアァーーーーーーーーーーーーーッ!」
怪物の絶叫がダンジョンに響き渡る。
全身にヒビが入ったガーゴイルが、顔を押さえて苦しみだす。手足の先が、さらさらと砂のように崩れていく。腕と足、そして胴体、最後に顔までもが崩れ、足元にたまっていく。砂がゼロたちの前に積み上がっていく。巨大な石像は、またたく間に崩壊し、砂の山へと変貌を遂げた。
「な――」
目の前の光景に唖然とするメカ。
「や、やったわ!」
サーニャは明るく言うと、ゼロのもとに駆け寄ってきて。
「あんた体術もいけたのね」と、興味深そうにゼロの拳を見つめる。
「勇者の拳はそこそこ強い」
ゼロは淡々と返した。
「ば、ばかな……。お前は、いったい……」
緑の瞳が少年を見つめる。普段は感情を出さないメカであっても、さすがに相当驚いているようだ。
すると、とつぜん地面が激しく揺れ出した。
「な、なんだ!?」
振動に襲われたゼロが、倒れないように踏ん張る。
なにかに気づいたのか、メカがハッとする。
「主がいなくなったことでダンジョンが崩れる!」
ダンジョン全体が揺れている。
天井からサラサラと落ちる砂が、ゼロたちの頭に降りかかった。
「スフィアまで走るぞ!」
揺れが激しい。ゼロたちは転移スフィアを目指してダンジョンの奥に走る。その間にも、振動はさらに激しさを増していくばかり。刻一刻とダンジョンの崩壊が迫ってくる。この様子だと、そう長くはもたないだろう。
揺れるダンジョンを、転ばないように気を付けながら走り、やっとのことでスフィアの前に到着する。ゼロがすぐさま、水晶に手を伸ばすと、サーニャが。
「待って! クゥたちがいない!」
「なんだって!」
ゼロの手が止まる。二人の背後には、クゥとメカの姿が無い。
「探しに行くぞ!」
「無茶よ! もう間に合わない!」
飛び出そうとするゼロの手首を、サーニャが握る。
しかしゼロは、少女の手をすぐさま振りほどくと。
「サーニャは先に脱出してくれ!」
そう言い残すと、ゼロは今来た道を引き返す。
「ダメよ、ゼロ! 戻りなさい!」
少女が呼び止めるも、ゼロの背中はどんどん離れていく。
その間にもダンジョンの揺れはさらに激しさを増していく。もはや崩壊までは時間の問題だった。こんな中を引き返すなど、自殺行為以外のなにものでもない。
サーニャの視線の先には、すでにゴマ粒のように小さくなったゼロの背中。少女は苦い顔で唇をかみしめると、スフィアに手を伸ばした。
◇
「ど、どうしたのだ」
メカの顔を見上げたクゥが、必死に呼びかける。
しかしメカの反応は弱々しい。動きは緩慢で、今にも止まってしまいそうだった。
「寿命だ」
首の後ろのエネルギーメーターには、残量がほとんどなかった。
クゥたちは、ガーゴイルと戦った場所に今も残っていた。動けないメカの隣に少女はいた。
「ここで眠ることにする」
メカは床にひざまずいたまま動かない。
クゥたちの、はるか前方には転移スフィアがある。
そこまでたどり着けば、ダンジョンの外に出られるのだ。
「なんで……。外に行きたいんでしょ?」
悲し気な声だった。
メカの緑色に光る瞳が、クゥの金色の瞳を見つめる。
「お前たちとの冒険、まあまあ楽しかったぞ」
メカの声は穏やかだった。
揺れが一段と激しくなった。
もはや、いつ崩壊してもおかしくなかった。
「ふぬうぅぅ……!」
全身に力を込めたクゥが、メカの腕を引っ張る。
しかし大きな機械の体は全く動かない。クゥの力でメカを運ぶのはどう考えても無理がある。さんざん引っ張り続けて力尽きたクゥが、息を切らせる。少女は両手をヒザについて、ゼエゼエと肩を上下させる。そんなクゥの頭に、大きな手がそっと乗せられた。
「行け、クゥ。セイントナイトになるんだろ」
ダンジョンを脱出しないと、少女の夢は叶わない。
別れの時だった。
そのころ、激しく揺れるダンジョンをゼロは走っていた。少年の視線の先に、ようやくクゥたちの姿が見えてきた。
「いた!」
――と、その時、クゥたちの頭上で、天井の一部が崩れ落ちた。
「逃げろクゥ!」
叫ぶゼロ。しかしクゥはメカの近くを離れようとしない。
落下した瓦礫がクゥたちの頭上に迫る。
(間に合わねえッ!)
距離が遠い。ゼロの足でも、とても間に合いそうにない。
「チクショーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」




