23 新フロア
◇
ゼロたち四人が横一列に並んで階下を見下ろす。
「今日は次のフロアに進むわよ!」
元気な声が大階段の前に響く。
ぐっすりと眠ったことで、サーニャは、すっかり体調万全らしい。いつも通りの魔法使いにゼロは安心する。
「なあ、お前も来てくれよ。ダンジョンには詳しいんだろ?」
視線を横に向けたゼロが、メカに同行を頼む。
「うるさい」
しかしメカは不機嫌そうにつっぱねる。
「なんだよ、寝起きで機嫌が悪いのか~?」
メカは、もともと愛想がよかったわけではない。しかし、昨日までは、なんだかんだゼロたちを道案内してくれるなど、どちらかと言えば友好的だった。しかし今は、なぜかゼロたちのことを明確に拒絶している。
「俺はエネルギーが残り少ない。無駄なことをさせるな」
「んな冷たいこと言うなよー。仲間だろ?」
「勘違いするな。オレから見たらお前たちは侵入者だ。仲間じゃない。それに……」
メカが一瞬、言葉を詰まらせる。
「行ってもどうせ無駄だ」
それはどこかあきらめを感じさせる口調だった。
するとそれまで黙っていたクゥが。
「うおー!」
大声を上げたクゥが、小さな体でメカの背中を押す。
「お、おい。なにをする」
戸惑うメカが、少女に押されて、一歩、また一歩と階段を下りていく。メカとクゥが階下へと進んでいく。そんなことを続けているうちにメカは観念したのか、自ら階段を降りだした。
◇
長い下り階段が終わった。
ゼロたちの目の前に広がっているのは、5メートル四方の青い壁。つまり上のフロアとなんら変わらない景色。
ついに念願の新フロアにたどり着いたというのに、まるで代わり映えしない景観。これではどうにもぬか喜びだ。いや、それどころか……。
「なによ、これ……」
魔法使いが唇を震わせる。
「上のフロアと一緒じゃない! まさかこんなダンジョンが、ずっと続くんじゃないでしょうね!?」
前のフロアと同じということは、またあの迷宮が目の前に繰り広げられているのではないか。そんな不安をサーニャは感じたのだろう。それはゼロも同じだった。たった1フロア突破するだけでもヘトヘトになったというのに、何フロアもそんな迷宮が続いているとなれば、地上への帰還は絶望的だ。
「安心しろ。このフロアで最後だ」
メカがサーニャの予想を否定する。このフロアで最後ならば、脱出できる希望が見えてくる。
目の前のダンジョンをよく見ると、前のフロアとは決定的な違いがあった。横道が無いのだ。まっすぐな一本道が目の前に延びていた。ただし、フロアの最奥までは見通せない。しかし、ただ進むだけならば上の階よりもよっぽど楽だ。
ゼロが天井を見上げながら腕を組み。
「この広さじゃ勇者の剣は使えないか……」
フロアは決して、せまいわけではない。しかし、勇者の剣を使うには圧倒的に広さが足りない。ゼロの必殺技である勇者の剣は、あまりにも大きすぎるのだ。ゆえに、仮に戦闘になったとしても、ゼロは必殺の武器を封じられることとなる。
腰に手を当てたサーニャが、ゼロの顔を覗き込みながら、たしなめるように。
「ちょっと? こんなせまい場所で、あんな大きな剣、使わないでよ? ダンジョンが崩れちゃう」
「……ま、なるようになるか」
四人は、ひたすら奥に進む。
道中、トラップが発動することもなければ、モンスターが襲ってくることもなく、当然、お宝が見つかるなんて都合のいい展開も発生しなかった。上の階と同じで、イベントらしいイベントは起こらない。とはいえ、まっすぐな道を進めばいいだけなので、迷うことはない。その点は前のフロアよりも、ずいぶんと楽だった。
しかしそれゆえに退屈な旅路とも言える。単純な作業を長時間続けることは、それはそれで疲れるものだ。とはいえ、さまよわずに済むことを思えば、些細な問題だった。そのとき――。
「――止まれ!」
メカの鋭い声がダンジョンの壁に反響する。ゼロ達が一斉に足を止める。
「どうしたんだよメカ。急に大きな声出して」
いったい何事かと、ゼロが、いぶかしがる。
しかし、メカは何も答えない。光る緑の瞳は、前方を凝視している。ゼロも同じ方向を見る。
「あれは……」
視線の先にあったのは、こちらを向いて、たたずむ石像。まるで奥への進入を阻むように、通路の真ん中に鎮座している。石像は、鳥の形をしていて、高さはゼロの身長の二倍ほど。鋭いくちばしと、折りたたんだ巨大な翼。指先のかぎ爪は鋭利で、片手には巨大な槍を握っている。
どことなく不気味なたたずまいに、ゼロは本能的に警戒する。
「その石像がこのダンジョンの主、ガーゴイルだ」
メカが石造の名を明かす。
「見て! ガーゴイルの後ろ!」
サーニャの指さす先――石像のはるか後方に、金色の台座がある。その上部には、青みがかった透明な水晶玉が埋まっていた。
「転移スフィアか! しめた! 出られるぞ!」
「無理だ! ヤツがいる限り進めん!」
すぐにでも飛び出そうとするゼロを、メカが止める。
「要は倒しちまえばいいんだろ?」
ゼロのアグレッシブな提案にメカは。
「攻撃を加えれば反撃してくるぞ!」
脱出しようにも、ガーゴイルが、それを阻む。
そんな中、「……ふっ」と、自信に満ちた声が上がる。魔法使いが、一歩前に出る。
「ガーゴイルやぶれたり! 手を出さない限り反撃してこないなら、やりたい放題じゃない!」
自信満々に言うと、サーニャが先陣を切る。ガーゴイルに照準を合わせて、両腕を前方に伸ばす。少女の手に魔力が集まり、光り輝く。魔力は、少女の背丈に匹敵するほどの、巨大な炎の塊へと変化していく。
「食らいなさい!」
特大ファイアーボールが、ガーゴイル目がけて放たれる。魔法弾は、ダンジョンの壁を照らしながら直進すると、無防備なガーゴイルにクリーンヒットする。その瞬間、炎の玉はまるで霧のように掻き消えた。
「ええっ!?」
サーニャが取り乱す。石像は何事もなかったかのように、佇んでいる。魔法攻撃が直撃したというのに、まったく効いていない。どういうわけか、完全にノーダメージ。
「ヤツは絶対の防御力を持っている。剣も魔法も効かない」
メカの解説に、サーニャは口をあんぐり。
「はあ!? なによそれ! イーンチキ! イーンチキ!」
不満を爆発させた魔法使いが、拳を突き上げてインチキコール。
と、前方に鎮座する石造の目が光る。
「侵入者発見。殲滅する」
石像が翼を広げる。巨大な羽が通路の両サイドまで広がり、ゼロたちの進路を完全にふさいだ。ゼロが。
「やべ! 怒らせたみたいだぞ!」
翼が羽ばたき、巨大な石の体が浮かび上がる。と、次の瞬間、ガーゴイルが滑空し、ゼロたちに急接近する。それは、石像とは思えない素早さで、意表を突かれたゼロは体が硬直する。そんな少年に向かって、石像は握った石の槍を突き下ろす。速い。空気を割く高速攻撃が、ゼロの顔先に迫る。
「うおっ!?」
穂先がぶつかる直前、無意識に床を蹴ったゼロ。後方に飛び退いて、槍の直撃を避ける。
少年をとらえ損ねた槍が、床に激突し、衝撃でダンジョンが揺れる。その衝撃から、攻撃のすさまじさが肌に伝わってくる。一撃でも食らえば、大ダメージは免れないだろう。
空振りの隙をついて、仲間たちもゼロのところまで後退する。
「ちょっと、どうすんのよ! 魔法は効かないし、こんな狭くちゃゼロの勇者の剣だって使えないわ!」
石像は明確にゼロたちの進行を拒絶している。しかし脱出するための転移スフィアは、ガーゴイルの奥。目の前の妨害者を倒さない限り、ゼロたちがダンジョンから脱出することはできないのだ。
「グオオオオ……」
低くうなった石像が、再度、石の翼を羽ばたかせる。ガーゴイルが飛翔する。少年たちの前までやってくると、槍を頭上に振り上げて、両手で握りこんだ。
「避けろ、みんな!」
真っ先に反応したゼロが、その場から飛びのく。サーニャもそれに続いた。
「うわあああっ!」
ダンジョンに悲鳴がこだました。
クゥのものだ。
ガーゴイルは、一人取り残されたクゥに狙いを定めると、高く掲げた槍を躊躇なく突き下ろす。巨大な石の槍が、小さな少女に襲いかかる。
「クゥ!」
飛び出したメカが、動けないでいるクゥの前に身を乗り出す。
直後、硬い衝撃音がダンジョンに響き渡った。




