22 ガーディアン
「行けばわかる」
ハッキリとしない答えを、メカは返してくる。
ダンジョンの中は、ある程度進むと通路が直角に曲がっている。さらに、道中にはいくつもの分かれ道がある。文字通り迷路のような構造をしていた。全体のマップを把握していないと、同じ場所をグルグルと彷徨うことになるだろう。
似たような通路がずっと続いているので、本当に奥に進んでいるのかさえ不安になる。しかし少年たちにはダンジョン内の知識はない。ゼロたちは、半ば強引に連れてきたメカの案内を頼りに、ダンジョンを進む。案内役であるメカが正しい道を進んでいれば奥に向かっているはずだが……。
道の正誤は、ゼロたちにはわからない。ゼロたちはメカを信じて、ひたすら歩き続けることしかできなかった。
それからどのくらいたっただろう。数時間は歩いただろうか。外の様子がわからないこの場所では正確な時間を知るすべがない。
先頭を歩くサーニャは、ダラリと力なく両腕を垂らしながら。
「ねえ、まだ着かないの~?」
相当疲労がたまっているのか、完全に気の抜けた声。
「外は、もう夜だろうな」
サーニャの後ろを歩くゼロは、頭の後ろで手を組んで退屈そうにしている。
「ねえ、あれ!」
最後尾をメカと並んで歩くクゥが、前方を指差す。そこには、なにやら今までとは違う景色が広がっている。
少年たちは、とたんに元気を取り戻して駆け寄った。
そこにあったのは果ての見えない下り階段。ゼロたちは、ついにフロアの奥にたどり着いたのだ。
サーニャが階下をのぞき込み。
「ここから次のフロアに行けるってわけね」
「さて、オレの役目は終わりだな。ここから先は自分たちで探索するんだな」
緑色の目で階下を見下ろしていたメカが、後ろを振り返り、立ち去ろうとする。
「なぜ一緒に来てくれないのだ?」
クゥがその背中に呼びかけると、メカは少女の顔を見て。
「危険だからだ」
「だったら、なおさら案内してくれよ。このダンジョンには詳しいんだろ?」
ゼロが頼み込む。迷宮の知識がないゼロたちにとって、危険なエリアにサポートなしで突入するのはリスク以外のなにものでもない。加えて、今日この場所まで来られたのもメカの案内があったからこそ。メカの協力が無ければゼロたちがここにたどり着くことは、不可能だっただろう。それほどにこの迷宮は広大で複雑だった。
「知ったことか」
メカが興味なさそうに吐き捨てる。
「あー疲れた」
階下を見つめていたサーニャが、気の抜けた声を出して床に座り込む。その顔からは、一日中歩き続けた疲労がにじみ出ている。クゥも表には出さないものの、相当疲れているだろう。
(この状態で先に進むのは危険だな……)
そう判断したゼロは。
「今晩はここで休もう。下のフロアの探索は明日だ」
◇
下り階段の手前で休息する四人。
ヒザを山にしているクゥは、小さな背中を壁に預けて、ちょこんと座っている。その隣には、少女と同じ姿勢のメカがいて。
「やっと静かになったな」
ゼロとサーニャはクゥたちの目の前で無造作に眠っている。
二人が起きないように気を使っているのか、それともウルサイ奴らが目を覚ますのがイヤなのか、メカの声量は控えめ。
「ぐおー! ぐごごごごご……」
サーニャが豪快ないびきをかいた。眠りはじめた直後は、ゼロと同じ向きだったのに、なぜか今は頭と足の位置が逆になっている。
「……一人を除いて」
ぼんやりと光る緑の目を魔法使いに向けたメカが、ぼそっとつぶやく。
「その服、旅人がよく着ているな」
ここまで口数の少なかったメカが、めずらしく自分から語りかける。
クゥが着ているのは半そで半ズボンの厚手の生地で作られた服。クゥの隣には少女の身長と同じくらいの大きな杖が、床に置かれている。
「ボクはセイントナイトになるための旅をしているんだ」
「セイントナイトってなんだ?」
「セイントナイトは剣と魔法のスペシャリスト!」
クゥは、なんだか誇らしげ。
「なんか、すごそうだな」
メカが感心したような口ぶりで言うと、クゥは顔を明るくして。
「すごいぞ! 王宮のご飯、食べ放題!」
ごちそうを想像しながら、ニヤニヤと笑みを浮かべるクゥ。
「なんかズレてないか?」
妄想の世界に旅立ったクゥに、メカは冷静なツッコミを入れた。
クゥは満足するまで妄想を楽しむと、ふと真顔に戻り。
「メカは、いつからこのダンジョンにいるのだ?」
「ずっとだ」
ダンジョン内には遊べるような場所など当然、無い。この場所には、硬い壁に囲まれた無機質な景色が延々と広がっている。その空間を、静寂が満たしている。それがこのダンジョンなのだ。仲間たちと歩いてきたから、にぎやかだったものの、一人でいたらきっと退屈だろう。とても寂しい場所だとクゥは思った。
「退屈じゃないのか?」
「別に」
メカは間を置かずに返した。メカの声は単調で、感情がわかりにくい。
「ずっと一人でいるのか?」
「まあな」
「さみしくない?」
メカは、つぎつぎと質問を浴びせてくる少女から視線を逸らすと、すこし間を置いて。
「なあ、クゥ」
呼びかけれて、クゥがメカの顔を見上げる。緑色に光る機械の目と視線が合う。
「外の世界ってどんな場所なんだ?」
質問の意図がわからず、クゥは黙り込む。
「オレはこのダンジョンから出たことがない。外の世界を知らない」
「気になるのか?」
「……少しな」
メカは小さな声で言った。
「外は広いよ。空が高いし!」
言いながらクゥは小さな両手を頭の上いっぱいに広げる。
「空ってなんだ?」
「青い天井だよ」
「あんな感じか?」
メカの視線がダンジョンの天井に向く。
そこにあるのは青く光る石造りの天井。
クゥが首を横に倒し、悩む。
「ちょっと違うぞ。メカは外の世界に行きたいのか?」
「興味がないわけではない」
「それって行きたいってことじゃん!」
大ボリュームで言うと、少女は立ち上がり。
「行くぞ!」
小さな手が、大きな手を引っ張る。
「お、おい。大声出すな。あいつらが起きるぞ」
慌てたメカがクゥをなだめる。
と、メカを見下ろしているクゥが、メカの首の後ろにメーターがあることに気づく。
「これなに?」
「エネルギーのメーターだ」
「赤くなってる」
「もうすぐ無くなるからな」
メーターのエネルギーは、ほとんど残っておらず、赤く点滅している。
「なくなったらどうなるのだ?」
「全機能が停止する。つまり動けなくなる」
「やばいじゃん! どうしよう!」
クゥが、あわわわ……と右に左に走り回って取り乱す。
「オレのエネルギーは使い切りだ。残っている分が無くなれば二度と動くことはない。そこでオレの役目は終わる」
ピタリと足を止めたクゥは、メカの顔を覗き込み。
「……そうなの?」
「ああ」
ダンジョンが静かになった。クゥは、口を閉じて、メカも何も言わない。
「そうだ!」
クゥが足元から世界樹の杖を取り上げ。
「じゃーん!」
少女は立派な杖をメカに見せつけると「ふっふっふ」と含みのある笑いをこぼす。
「なにをする気だ?」
クゥは体の前で杖を構えると。
「ヒール!」
メカの周囲を淡い光が包み込む。
エネルギーが少ないなら回復させればいい。そう思ったクゥはメカを回復させたのだ。回復が終わると、クゥが大急ぎでメーターを覗き込む。
「なぜなのだ……」
エネルギーの残量は回復していなかった。
「ヒールはケガを治す魔法だ。失ったエネルギーまでは回復できない」
「そうなの?」
「ああ」
クゥが肩を落とす。自分の魔法ではメカを治すことはできない。その事実に少女は落胆した。足元に杖を置くと、少女はメカの隣に座った。
「じゃあ早く、ここから脱出しないと……」
クゥの声は語尾に近づくほどに小さくなっていく。
「……ここからは、どうせ出られん」
メカの言葉には、どこか確信めいたものがある。それが事実だとすれば、ダンジョンの奥を目指しても、無駄ということになってしまう……。
壁にもたれかかったクゥは、いつの間にか寝息を立てていた。
(寝たか)
少年少女たちは深く寝入っていて、起きる気配はない。
(不用心な奴らめ。全員眠りに落ちるとは)
クゥの口元がかすかに動く。
「外に行くぞメカ……」
目を閉じたままつぶやくと、少女はふたたび寝息を立てはじめた。
(寝言か。……ふん。ヒマだから見張っててやるか)




