20 危険な地下迷宮
「ないんじゃないか? だって転移スフィアで、ここまで来たんだし」
階段でここまでやって来たわけではないので、当然、この場所には階段はないだろう。至極当たり前のことだった。その時になって、さっきからサーニャが一言もしゃべっていないことに、ゼロは気づく。
「なんだよサーニャ。めずらしくおとなしいな」
サーニャは、行き止まりの壁を見つめて黙り込んでいる。まるでゼロの声が聞こえていないようだ。
「……サーニャ?」
「おかしい……」
どういうわけか、サーニャは顔色を曇らせている。彼女は、立てた親指を口元に当てて何やら考え込んでいる。
「なにかあったのか?」
クゥが問うと、サーニャは、すかさず。
「スフィアが無いのよ」
「スフィアって、ダンジョンに入るときに触った水晶だろ? 無いと、なにかマズイのか?」
今度はゼロが問う。
「出られない」
「えっ」
即答されて固まるゼロ。サーニャが再び。
「ここから出られない」
念を押すように言う。さらに続けて。
「ダンジョンの出入りは転移スフィアでしかできないの」
「どこかに地上への階段はないのか?」
ゼロが再び問うも、サーニャはピシャリと。
「ないわ。普通は、転移先にもスフィアが設置してあるの。つまり、ここに帰還用のスフィアがないとおかしいのよ!」
少女の叫びが静まり返ったダンジョンに反響する。
「……マジかよ」
サーニャから告げられた事実に、さすがのゼロも言葉を失う。
彼女の言うことが事実なら、ゼロたちはここから出られない可能性がある。それは最悪、命を落とす可能性があるということ……。
「もしかして壁に隠しボタンでもあるのかしら……」
サーニャが、うすぼんやりと輝く青い壁に手を触れる。行き止まりの壁は横幅が5メートル程度ある。この広さを三人で探すのは骨が折れそうだった。
「あたしはこっち探すから、そっちはお願い」
「探すっつっても、こんな広いのに、どうやって見つけるんだよ。なあクゥ」
ゼロは、ぼやきながら、クゥに同意を求める。しかし少女からの返事はない。
「クゥ?」
ゼロが隣を見る。さっきまでそこにいたはずのクゥが、なぜかいなくなっている。振り返ってダンジョンの奥を見つめる。しかし、どういうわけか、視界のどこにも少女の姿はない。
「お、おい、サーニャ!」
「んー?」
ぺたぺたと壁に触れて、忙しなく隠しスイッチを探しているサーニャが、声だけを返す。
「クゥがいない!」
サーニャの手が止まる。彼女は、ダンジョンの奥に振り返る。紫色の眼球が四方に動き、金髪少女の姿を探す。しかしクゥの姿はどこにもない。
「なんでよ!? さっきまでそこにいたじゃない!」
「気づいたら、いなかったんだよ!」
二人が目を離した一瞬の隙に、クゥはどこかに消えてしまった。そんな神隠しみたいなことが、本当にあり得るのだろうか。しかし事実、クゥはどこかに姿を消してしまった。
「クゥーーーーーーーーーーっ!」
ゼロがダンジョンンの奥に叫ぶ。壁に反響して、声が、こだまする。声はどんどん遠くに去っていき、ほどなくして消えた。しんと静まり返る。クゥからの返答はない。静寂の中に、ゼロとサーニャだけが取り残される。痛いほどに静かだった。この場所がこんなに静かだったことに、ゼロは今になって初めて気づいた。
クゥは、なぜ消えたのだろう。なんらかのトラップか。あるいは別の理由があるのか。もしもトラップの類であれば、この場所も安全ではない。すぐにでも避難するべきかもしれない。しかしそれではクゥを置き去りにすることになってしまう。
「ど、どうするサーニャ?」
「探すわよ!」
仲間を置いてはいけない。魔法使いは、すぐさま飛び出す。しかし、一歩を踏み出したところで、なぜかその足を止める。
「サーニャ?」
「……シッ!」
サーニャが片腕でゼロを静止した。そのまま。
「なにか聞こえない?」
「え……」
ゼロが耳をすます。カツカツカツと床を踏む音が聞こえる。それは足音のようだった。音がダンジョンの壁に反響して、何重にも重なって聞こえる。そのため、音の出所を特定できない。しかし、その足音は次第に大きくなっていく。それは何者かがここに近づいていることに他ならない。
「ク、クゥか?」
「敵かもしれない。……警戒しといてよ」
「……ああ」
警戒を強める二人。サーニャは片手を構えて魔法を打つ準備をする。相手が通路のどこから現れてもすぐに攻撃できるように、前方に照準を合わせる。ゼロも前方に集中する。もしも敵が現れたら、いきなり襲われる可能性が高い。出口が見つからないことといい、クゥが失踪したことといい、ダンジョンに入ったばかりだというのにトラブル続きだった。
その時、横に伸びている通路の一つから、なにかが現れる。二人に緊張が走った。
「おーい!」
小さな顔が、通路からひょっこりと現れる。
通路から出てきたクゥが、軽快な足取りでこちらにやってくる。
「どこ行ってたんだよ! 心配したんだぞ」
クゥとの合流を果たし、ゼロとサーニャが安堵する。
「近くを調べていたのだ」
「なにか見つかったか?」
クゥは首を横に振る。
「ずっと同じような景色だったぞ。まるで迷路なのだ」
「まさに迷宮ってことか……」
ダンジョン内は全方位を壁に囲まれているため、窓もなければ扉もない。地上に脱出できそうなルートは一切見あたらない。あるものといったら、ただひたすらに奥へ伸びている通路だけ。今のゼロには、うすぼんやりと輝くその不気味な道が、まるで地獄の底に続いているように感じられた。三人は、いまや完全に迷宮に閉じ込められたのだ。
「なあ……。まさか、一生ここで暮らせって言うんじゃないよな?」
この場所には、なにも無い。周囲360度、完全に壁に囲まれている。外の景色を拝むことすらできない。こんな閉鎖された空間で、いったいどうやって生きろというのだろう。
「でもここ、ゼロの家より広くて快適だぞ」
ヒーラーが残酷な事実を告げた。その口ぶりには、まるで悪意が無く、それゆえにゼロへのダメージは大きい。たしかに広さだけで言ったらゼロの家とは雲泥の差ではあるのだが……。
自宅を低評価されたゼロは、内心ショックを受けながらも、レビュアーの少女にささやかな反撃を試みる。
「でもここにはハチミツミルクは無いぞ?」
「なんてことだ! 帰るぞ!」
クゥが、今にも走りだしそうな勢いで足踏みする。前言を撤回した少女は、今にも家に帰りたそう。まんまと反撃を成功させて満足したゼロは「ククク……」とほくそ笑む。
割と絶望的な状況にも関わらず、お気楽なやりとりをしているゼロたち。しかし、一人だけ暗い表情のサーニャ。彼女は、二人のおふざけにも一切乗ってこない。いつもなら軽口の一つや二つは叩くはずなのに。魔法使いの表情は切迫していて、いつになく余裕がない。サーニャは、ダンジョンの奥を、整った目元で見つめ。
「……どこかに出口があるかもしれない。探しましょう」
やはりサーニャの口からは、いつもの軽口は飛び出さない。
魔法使いの緊張が伝わったのか、ゼロとクゥも、たわむれをやめて、いつの間にか黙り込んでいた。全員が黙るとあたりは急に静かになる。この場所は外と違ってとにかく音が少なかった。風も吹かなければ鳥も飛ばない。生命が感じられない。まるで大きな墓場のようだった。
ここにいても、らちが明かない。三人は目くばせすると、覚悟を決めたように、うなづきあう。少年たちがダンジョンの奥に歩き出そうとした、その時――。
――ガチャン。
ここではないどこかで音がした。何の音かは、わからない。わかるのは、さっきのクゥの足音とは明らかに違う奇妙な音であるということ。
三人の視線が前方の通路に集中する。しかし視界の中には何もいない。
「お、おい、なんでだよ!?」
謎の物音に、ゼロが取り乱す。今この場には全員がそろっている。音がするはずがないのだ。何かがいる。ゼロたち以外の第三者が近くにいる。
聞こえた物音は、クゥの足音よりも明らかに大きかった。
サーニャがすぐさま構えを取り、魔法を打てる体勢になると。
「クゥ、下がって! 危険だわ!」
「ウ、ウム」
クゥがゼロとサーニャの背後に隠れる。
「みんな油断しないで!」




