19 ダンジョン
「いいじゃん。お宝探そうぜ! お宝!」
お宝。その釣り文句で、渋るサーニャに食い下がる。普段のゼロなら、ここまで粘ることはない。むしろ出不精なので、面倒くさがって外出を嫌う。そもそもゼロは、金や食糧がなくなった時以外は、ほとんど外出しない。理由は、家でゲームをしている方が楽しいから。完全に引きこもり体質なのだ。しかし、今、ゼロの目の前にぶら下がっているのは、夢にまで見たダンジョン。となれば、なんとしても冒険に出かけたい。
「お宝~? なによ、お宝って」
ベッドに寝転がるサーニャは、うさん臭そうにしながらも、食いついてきた。もしかしたら宝に興味があるのかもしれない。
「お宝って言ったらそりゃあ……。あれだよ。そのー。……伝説の装備とか?」
言い出したはいいものの、ダンジョンにどんなお宝が眠っているかなんて、当然知らない。言葉を詰まらせながら、なんとか絞り出した回答は『伝説の装備』。
サーニャは「はあ……」とタメ息を漏らし。
「あんたゲームのしすぎよ。そんなものが実在するわけないでしょ」
「む……。でも、ダンジョンの奥にアイテムがあるのはゲームの定番だろ?」
サーニャの、小バカにした言い方に、ゼロはカチンとしつつ言い返す。
するとサーニャが「はあ……」と、さらに大きなタメ息。少女はゼロを諭すような、やさしい口調で。
「いい、ゼロ? ここは現実世界なのよ。ゲームの中じゃないの。だから伝説の装備なんて存在しないのよ」
魔法使いは、少年の期待を正論で打ち砕く。実に夢のない回答ではあるものの、反論する材料もないため、ゼロは黙り込むしかない。すると、ゼロの正面で、イスに座るクゥが。
「じゃあダンジョンの奥には、なにがあるのだ?」
それは、当然とも言える疑問。
ダンジョンが存在するのなら、そこにはなにかしらの意味があるはず。最奥にはきっとなにかがある。そう考えるのは、自然なことだろう。では何が?
「そうだなあ……。例えば……」
すぐに答えが思いつかず、ゼロは「うーん……」と頭をひねる。その末にボソリと。
「魔導書とか?」
「魔導書ですって!?」
ベッドで寝ていたサーニャが、勢いよく体を起こすと、白いシーツの上に立ち上がる。
「いや、例えばの話であって……」
「ダンジョンの奥に眠る古の魔導書……。そこには、きっと禁断の魔法が……」
「おい、聞けって!」
さっきまでの気だるそうな態度はどこにいったのか、魔法使いは、ぶつぶつと独り言をつぶやく。ゼロの取り繕う言葉は、もはや彼女の耳には届いていないらしい。一人で勝手に盛り上がる自称天才魔法使いは、くつろぐゼロたちに。
「行くわよ! ダンジョンへ!」
◇
サーニャに半ば強引に連れられて、パドの街を旅立ったゼロとクゥ。彼女の案内で一行は北にあるというダンジョンを目指した。そして出発してから六時間ほど歩いたところで。
「着いたわよ!」
肩先とヒザ下の出た身軽な紫ローブを身にまとった魔法使いが、無駄にパワーあふれる声で到着を告げる。
時刻は、すでに夕方。とはいえ、あたりはまだ明るい。この地方は日が長いのだ。
「……おい、サーニャ」
漆黒のマントをなびかせたゼロは、魔法使いの背中に低い声を投げる。
サーニャは、紫色の長髪をふわりと舞わせて振り向くと。
「どうしたのよ?」
「これのどこがダンジョンだよ! ただの荒野じゃん」
ゼロたちの周囲に広がるのは、草一本すら生えない荒れ果てた大地。ゴツゴツとした岩がそこら中に転がっていて、乾燥した砂が風に吹かれて砂ぼこりが舞う。そんな光景が地平線の彼方まで続いている。ダンジョンと呼べるような建造物は、どこにも見当たらない。まさになにも無い大地。
小さな金髪少女クゥは、両手を目の上にかざして遠い目をしながら。
「ここには、なにも無いがある」
シブい顔のクゥは、厚手の布で作られた半そで半ズボンの旅人の服を着ていて、自身の身長と同じくらいのサイズの世界樹の杖を背負っている。
「なに言ってんのよ、あんたたち。ダンジョンなら、そこにあるじゃない」
「どこだよ?」
サーニャは荒野の一点を見つめているものの、視線の先を追ってもそれらしい建物は見当たらない。何時間もかけてやってきたというのに、あるのは岩肌と枯れた大地だけ。まるで岩の墓場だ。ダマされた気分になったゼロは、じっとりとした抗議の目をサーニャに向ける。無言で訴えかけてくる少年に、魔法使いは。
「そこよ、そこ! 目の前!」
サーニャの指さす先、岩の陰でなにかが輝いた。
「なんだ……?」
ゼロが岩に近づく。岩陰に隠すようにして、何かがある。それは高さ80センチくらいの金色の台座。この場所には、あきらかに不釣り合いな人工物。台座の上面には、くぼみがあり、青みがかった透明な水晶玉がはまっている。青い玉の、露出した上半分がキラリと輝く。
「なんだぁ? このガラス玉」
「ダンジョンよ」
いきなり意味不明なことを言うサーニャ。それは、どこからどう見てもただの水晶玉で、あきらかに建造物ではない。
「いやいやいや! おかしいじゃん!」と言うゼロのおでこを、サーニャは「だーかーらー!」とちょんちょんちょんと三連打。
「この転移スフィアに触れば地下に広がるダンジョンに行けるの! いい? よーく見てなさいよ」
サーニャがガラス玉もとい転移スフィアに手を乗せる。すると、サーニャの体が淡い光に包まれていく。その全身が完全に光の中に消えた次の瞬間、ゼロたちの前から少女の姿が一瞬にして消え去った。
「き、消えた!」
不思議な現象に驚きを隠せないゼロ。
クゥは台座の隅に手をついてピョンピョン飛び跳ねると。
「すっげーハイテク!」
ヒーラーは目の前の装置に瞳を輝かせて興奮している。
「俺たちも行こうぜ!」
「ウム!」
ついに念願のダンジョンに行けるはず。ワクワクを胸に、ゼロはスフィアに触れた。周囲が光に包まれ、視界すべてが柔らかい光で満たされる――。
◇
「こ、これは……!」
ゼロの周囲は石の壁に囲まれていた。天井までは5メートルほどあり、両サイドの幅も同程度ある。松明のような照明はない。だというのにダンジョンの中は、ほのかに青く輝いていた。よく見ると、壁が光を放っている。
目の前に広がるダンジョンは、奥に奥に通路が続いていて、その果てを見通すことはできない。壁のところどころには、横への抜け道があり、進路の選択肢は無数にある。この建造物が相当に複雑な構造をしているであろうことは、一目見ただけで容易に想像がつく。そう、それはまさに――。
「ダンジョンだ!」
夢にまで見たダンジョンが、ゼロの前に広がっている。少年がその光景に感動していると、すぐ横から。
「当たり前でしょ」と、冷静なツッコミが入る。
腕を組んだサーニャは、ゼロとは対照的に落ち着き払っている。
直後、クゥもゼロたちの前に現れ、三人は無事、ダンジョンへの進入に成功した。
心を弾ませたゼロが「た、宝箱ないかな!?」と瞳を輝かせると、クゥも続いて。
「食べ物の宝箱もあるのか!?」
盛り上がる二人は、周囲をキョロキョロ。
当然、そんな都合のいいものは彼らの視界内には存在しない。
とはいえ、宝箱こそ見当たらないものの、ダンジョンはその巨大な姿でゼロたちを迎え入れた。ゼロの冒険への期待が膨らむ。
「すっげー! 頭の中で想像してたダンジョンそのものだ!」
まるでゲームの世界に入ったかのような光景に、少年は感激する。今まで画面越しにしか体験できなかった迷宮での探検を、現実のものとして味わうことができるのだ。ゲーマーのゼロにとって、それは抑えがたい興奮だった。
ゼロは天井を見上げると不思議そうに。
「なあ、この壁なんで光ってるんだ?」
「キレイだぞ!」
「これなら松明が無くても平気そうだな」
少年たちの周囲を取り囲んでいる石の壁は、青みのある柔らかな光を放って、薄ぼんやりと輝く。照明がまったく見当たらないのに、ダンジョン内は十分に明るかった。地下にあるこのダンジョンには、当然のごとく窓が一切ない。外からの光は差し込まない。それでも探検するのにまったく困らないくらいの照度があった。
ふいに背後の壁を振り返ったクゥが、あごに手を当てて目を細める。少女はその方向をじっと見つめると、なにかに気が付いたようにピクリと眉を動かす。
「む? 外に戻る階段はどこなのだ?」
ゼロたちの背後には壁しかなく、行き止まりになっている。出口らしい場所は見当たらなかった。




