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アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編

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18/61

18 冷蔵庫、死す



 ゼロとクゥが、草原で、たわいもない話をしていると、どこか遠くから、人のものとも獣のものともわからない咆哮ほうこうが近づいてくる。


「な、なんだ!? 悪魔か!?」


 その雄たけびは、骨のずいまで響く。恐ろしいほどの声量。尋常じんじょうならざる絶叫に、ただ事ではない気配を感じたゼロが、ビクッと肩をすくめて、警戒を強める。

 明らかに正常な生き物のものではない。この叫びは人の恐怖をかき立てる。それはゼロですら例外ではなかった。


「うがーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 手にしたエーテルを天にかかげて、サーニャが信じられないスピードで走ってくる。その走力は、野生の肉食獣に引けを取らないレベルで、明らかに人間の限界を超えていた。彼女はゼロたちの目の前でキキーッ! と急ブレーキをかけた。少女は鬼の形相ぎょうそうで号泣していた。


「ひいっ!」


 まるで狂人と化したサーニャの登場に、ゼロがビビり散らかす。


(な、なに、あの顔!? こわい!)


 ゼロは心の底から震え上がった。サーニャの顔は、元の顔とは似ても似つかないものだった。それは、まるで怪物。

 腕で涙をごしごしといたサーニャは「うが!」と、ゼロにエーテルを押し付ける。光る玉がゼロの顔を照らす。


「ひっ!」


 ゼロが身をすくめる。恐怖のあまり身動きが取れない。

 怖い顔のサーニャが再び、エーテルを押し付けて「うが!」


「ひっ!」


 ビビりまくったゼロは、エーテルに手を伸ばせない。なかなか受け取らないゼロに、しびれを切らしたサーニャが。


「うがーーーーーーーーーーーーーーー!」

「ひいーーーーーーーーーーーーーーー!」


 号泣するサーニャが、怒声と共にエーテルを押し付ける。ゼロは胸元に押し付けられた光る玉を、震えながら受け取る。

 ずっと泣いているサーニャを心配したのか、クゥがサーニャの元へ歩く。


「サーニャだいじょ――」


 その時、クゥが足元の石につまずいてバランスを崩す。


「ぬわーーーーーーーーーーーーーーー!」


 独特な叫び声で、少女が前のめりに倒れていく。小さな体が草の大地にビターン!


「ぶべっ!」


 草の上に倒れた少女が、苦痛に顔を歪める。


「くぅ~~~~~……」

「おいおい、大丈夫か?」


 ゼロがクゥに歩み寄る。


「うぅ……」


 うめきながら、少女は立ち上がった。しかし、片ヒザからは、うっすらと血がにじんでいた。


「ひどい話さ!」


 ケガを見たクゥが、顔をプクーっと膨らませる。少女は、すかさず背中に手をまわし、大きな杖をむんずとつかみ取る。そして体の前に世界樹の杖を立てると、両手で握り。


「ヒール!」


 クゥがその言葉をとなえると、淡い光が少女のヒザのケガを包み込む。すり傷がみるみるうちに消えていく。


「う、うがぁ……」


 怖い顔が、「す、すげぇ……」のアクセントでうなる。

 ケガから解放されたクゥは、ホッと息を漏らす。


「ふぅ。死ぬかと思った」

「す、すげえ! カンペキに治ってる!」


 少女のキズは、きれいさっぱり消え去っていた。


「ボクは回復魔法が得意なんだ。どんなケガでも一瞬で治せるぞ」

「魔法ってスッゲー!」


 ヒールの抜群ばつぐんの効果に、ゼロは興奮を隠しきれない。


「ちなみに回復魔法が得意な魔法使いのことをヒーラーって呼ぶぞ!」

「ゲームでもよく出てくるよな」


 なんて話していると、クゥが急に神妙しんみょうな顔になる。


「すまぬ……」


 少女の声は弱々しい。なにかクゥの様子がおかしい。


「どうした!? 体調が悪いのか?」


 少女が急に元気を失う。いったいどうしたというのだろう。その急変ぶりに、ゼロは心配になる。すると視線を落とした少女は、小さな声で。


「お腹、いたぞ……」

「またかよ!? さっき食べたばかりじゃん」


 食いしんぼうなクゥにあきれる反面、何事もなくてホッとするゼロ。


「さっきは遠慮して、ちょっとしか食べなかったのだ」

「いや、十分食ってたぞ?」


 ゼロがツッコミを入れると、ぐうう……とクゥのお腹が鳴った。

 少年はポリポリと後頭部をかくと。


「じゃ、家に帰るか!」

「うむ!」

「うが!」

「ひっ!」


 鬼の形相ぎょうそうのサーニャに、少年はいつまでもビビり続けるのだった。



「ふー! お腹いっぱい!」


 クゥは、ゼロの家に帰ってくるなり、朝ごはん(2回目)を済ませた。少女はキッチンテーブルのイスに座って、満足そうに腹をさすっている。


「れ、冷蔵庫のHPが0に……」


 ゼロはスカスカの冷蔵庫を見て愕然がくぜんとする。隣のサーニャも、クゥの食欲に驚いているらしく。


「見事に空っぽねぇ……」

「冷蔵庫くーーーーーーん!」


 朝食だけで2回行動するヒーラーによって、冷蔵庫は息絶えた。

 そんなこんなでクゥの腹ごしらえも終わり、ダラダラ過ごしていると、少しずつ太陽が顔を出し始める。キッチンの窓からあたたかい日差しが差し込む。朝と昼のはざま。早朝の肌寒さは遠のき、かといって暑すぎもせず、過ごしやすい時間帯。

 ゼロがキッチンのイスに座って日課のゲームタイムを楽んでいると向かいの席から。


「なにをしているのだ?」


 身長140センチにも満たないクゥが、肩口までの金髪ボブヘアーを揺らしながら、ゼロの持つ携帯ゲーム機の画面をのぞき込む。


「ダンジョンを探検してるんだ」

「ほえー」


 画面の中では、剣と盾を持ったキャラクターが、迷路のような場所を移動している。

 ゼロはイスにもたれると、どこを見るともなく。


「あーあ。現実世界にもダンジョンがあればなー」


 それは少年の心からの願いだった。ここ数日、ゼロはヒマさえあればダンジョンにもぐっている。まだ薄暗い時間に起きて、熱心にプレーするほどに、どっぷりとダンジョン探索にハマっていた。ダンジョンという未知の世界が放つ魅力が、少年の心をつかんで離さなかった。

 ベッドに寝転がって魔導書を読んでいるサーニャが、顔だけをゼロに向け。


「なんでダンジョンなんかに行きたいのよ?」

「ダンジョンって言ったらモンスターにお宝! ワクワクするだろ?」


 興奮気味のゼロが、目をキラキラと輝かせる。


「ふーん」


 自分から聞いたくせに、サーニャの態度はそっけない。


「なんだよノリ悪いな」

「だって興味ないんだもーん」

「冷めたヤツめ」


 ゼロはゲーム機をテーブルに置くと、頭の後ろで手を組む。


「ま、そんなゲームみたいな場所、あるわけないよな」


 もしもダンジョンなんてものがあるなら、ぜひとも潜ってみたい。とはいえ現実世界にそんな場所がないことくらい、ゼロだってわかっている。だけど胸のトキメキは止まらない。ドキドキワクワクの冒険が、そこにはきっとあるはずだから。


「あるわよ?」


 ベッドから、そんなセリフが聞こえる。


「だよな。あるわけ……。……え?」

「あるわよ。ダンジョン」


 サーニャの語り口はいつも通りで、別段、ゼロをからかっている感じはない。まるで、ダンジョンが存在することが、ごく当たり前のことであるかのような、そんな口ぶり。

 ゼロは、目をパチクリさせ。


「マジで?」


 果たして、そんなゲームのような場所が実在するのだろうか?

 少年は少女の言葉が、にわかには信じられなかった。


「ここからだと歩いて5、6時間くらいかしら」

「そんな近くに!? ていうか、なんでそんなこと知ってるの?」

「常識でしょ。それくらい」


 魔法使いは、あきれたように流し目を送る。

 ゼロは勢いよく立ち上がると、グッと拳を握り込み。


「行こうぜ、ダンジョン!」


 まだ見ぬ冒険に期待を抱き、少年は仲間をいざなう。


「嫌よ」


 好奇心旺盛なサーニャのことだから、喜んで乗ってくると思ったのに、彼女は意外にも、そっぽを向く。不思議なこともあるものだと思いつつゼロはたずねる。


「なんでさ?」

「めんどくさい」


 実に単純明快な理由を少女は述べた。


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