17 バーサーカー
「ほーら寝てるじゃん!」
自らの予想が当たったゼロは、勝ち誇ったように得意げになる。
「ど、どういうことかしら……」
サーニャは、なぜクゥが眠り込んでしまったのか理解できないらしく、ゼロの隣で小首をかしげる。
「ふ、やはり勇者の観察力はホンモノ。これで私の実力が分かりましたか、サーニャさん?」
上機嫌なゼロは、すこぶる饒舌に話し続ける。とは言え、やっていることは草むらに隠れてのストーキングなので、とても偉そうにできる立場ではなかったりする。
一向に修行を始めないクゥを、サーニャが訝しがっていると、眠っているクゥの口元がモゴモゴと動き出した。
「シッ! なにか言ってる!」
色白の手が、ぺちゃくちゃとやかましい少年の口をふさぐ。すると。
「ミルクにはハチミツ入れてね……むにゃむにゃ……」
「寝言じゃねえか!」
気持ちよさそうに寝言を漏らしている、のんきな少女に、ゼロがすかさずツッコミを入れる。この少女、どう見ても修行なんてしていない。
ふと、あることをひらめいたゼロが手をポンと打つ。
「わかった! あの子、元から魔力が強いんだよ!」
「はあ!? トレーニングもなしに、あんな強くなれるわけないでしょ! そんなのあたしでも無理なんだからね! このツンツン頭!」
コメカミにプクッと血管を浮かばせたサーニャが、やたらとデカい声でまくしたててくる。それは騒音攻撃と言っても過言ではない大音量。ツンツン頭の指先が、音よりも早く耳の穴に潜り込み、理不尽な空気振動から耳をガードする。ゼロは大事な鼓膜を守りぬいた。
「そんなこといいから見張るわよ! ぜったい何かあるはずなんだから!」
「へいへい」
二人が草むらの隙間から監視を再開すると、草むらのすぐ向こう側から、金色の目が、じーっと見つ返してきた。
「「うわあっ!?」」
お化けでも見たかのような悲鳴を上げたストーカーたちが、二人一緒にずっこけて尻もちをつく。
目の前の草むらがザワザワと揺れる。草を隙間をぬうように小さな人影が姿を現す。それは金髪の少女クゥだった。
ついさっきまで眠っていたはずなのに、いつの間に目覚めたのだろう。いや、これだけ騒いでいれば目を覚したとしても不思議はなかった。
「なにをしているのだ?」
草むらの陰でコソコソしているゼロたちに向かって、クゥは不思議そうな顔で疑問を投げかけてくる。
流石にこの状況では言い逃れできない。ゼロとサーニャは、クゥの修業が気になって後をつけてきたことを、正直に話した。
「はえ~。ボクの修業が気になってついてきたのか」
後をつけられたことを知っても、クゥはポケーっとしていて、別段、気にしている素振りは見せない。
「寝てただけに見えたけど、あれがクゥの修業なのか?」
「ウム。食べて遊んで寝る! それがボクの修行さ」
「最高の修業じゃん! 俺もマネしよ」
なんとお気楽な修行。もはやそれは修業とは呼べないのではなかろうか。
しかしゼロはそのテキトーな考え方に感銘を受けている。
ほがらかに話すゼロとクゥ。しかし、ひとりだけ顔をヒクつかせる人物がいる。サーニャだ。
「え、えっと……。今日はたまたま、お休みなのよね?」
「ほえ?」
ポカンとするクゥ。
「ふ、普段はもっときびしい修行をしてるんでしょ?」
「いつもこうだぞ」
「ぶふぉっ!?」
口から謎の液体を吐くサーニャ。
「いやいやいや! そんなわけないでしょ!? ほ、ほら! えーと……。そうだ! 瞑想! さすがに瞑想くらいはするでしょ?」
「めいそうってなに? 食べ物?」
「ごはあっ!?」
謎の液体Part2。
「スッゲー! クゥって修行しなくても、そんなに強いのか! 天才じゃん!」
「――!?」
天才。その言葉に、サーニャがビクッ!
するとクゥがゼロの言葉を否定するように。
「そんなことないぞ」
「そ、そうよね! 修行してるわよね!?」
「ウム! 毎日、食べて遊んで寝てるぞ!」
自信満々なクゥの言葉に、愕然とするサーニャ。ブルブルと震える細身の全身。カチカチと鳴る奥歯。定まらない視線。そして目元には大粒の涙が……。
「うわーーーーーーーーーーん!」
自称天才魔法使いが、滝のような涙を零しながら、草原を走り出した。サーニャは紫の長髪を振り乱して、あっという間に草原のどこかへと消えていった。
状況がのみ込めていないのか、クゥが目をパチクリさせる。
「なにがあったのだ?」
「さあ?」
聞かれたとて、ゼロにもその答えはわからないのだった。
◇
サーニャは走った。全力で走った。
ろくな修行もしていないのに自分よりも強い魔力を持っているクゥに出会ってしまい、サーニャのプライドはズタズタだった。天才魔法使いの自分は毎日早朝から厳しいトレーニングをしているというのに、あの少女は何もせずともあの実力。世界の理不尽さを目の当たりにしたサーニャは、朝焼けに染まる草原をひた走る。
「うわーーーーーーーーーーん!」
ゼロたちの元を飛び出した傷心の魔法使いは、どこに向かうでもなく、ただ本能のおもむくまま走り続けた。
どこまでもどこまでも続く草原は、あまりにも広くて果てが見えない。果ては見えないものの、前方に大きな影なら見えてきた。それは真っ黒な翼を羽ばたかせて、宙に浮いていた。額から二本のとんがった角を生やし、口元には上下にかみ合う四本の鋭い牙。目つきは悪く、見るからに邪悪な感じがした。
宙に浮いた巨大な生き物が、泣きながらダッシュしてくるサーニャに、涼しい声で。
「おっと、お嬢さん。こんなところで出会うとは奇遇だねえ」
巨大生物は、前髪をかき上げ。
「俺はコウモリ男爵。偉大なるC級悪魔だ。まあ、C級と言っても、すぐにのし上がる予定なので」
黒い翼で羽ばたく怪物は、どこか偉そうな態度で自らをコウモリ男爵と名乗った。
コウモリ男爵は、目と鼻の先にあるパドの街を見て爪を研ぐ。悪魔の爪がキラリと光った。
「ふっ。哀れな小鳥たち。俺に狩られるとも知らず。――その前に、キミでウォーミングアップ!」
口元を吊り上げて牙をむき出しにした悪魔が、目前に迫ったサーニャに狙いを定める。
号泣ダッシュするサーニャは、手のひらサイズのファイアーボールを作ると、コウモリ男爵の目の前で、飛び上がった。
「うがーーーーーーーーーーーっ!」
獣のごとき咆哮を上げたサーニャが、怪物の顔面にファイアーボールをダイレクトアタック!
「ぎゃあーーーーーーーーーーっ!」
火炎魔法をモロに食らった悪魔が、絶叫しながら落下する。落ちていく先は、びっしりと草の生えた大地。草のベッドに受け止められた悪魔は、地形に助けられて落下ダメージは回避した。しかし魔法ダメージは相当なものだったらしく、不覚を取った悪魔は弱々しくうめく。
「うう……。な、なんて凶暴な人間だ!」
サーニャのことを、そう評した悪魔は、何かに気づいたのかハッとして身を硬くする。そしておもむろに手を顔のそばまで持っていくと、自らの顔にそっと触れる。そこにあったのはサーニャの攻撃によってできたヤケド。キズに触れた瞬間、コウモリ男爵の体がワナワナと震える。
「に、人間ごときが、この俺の顔にキズを……。ゆ、ゆるさん! あの小娘、八つ裂きにしてくれるッ!」
怒りをむき出しにした悪魔が、乱暴に翼をはためかせて宙へはばたく。殺意に染まった瞳が草原を睨みつけ、サーニャの姿を探す。
「ム! あの娘はどこだ?」
どういうわけかサーニャがいない。つい今しがた顔面に魔法を打ち込んできたはずの少女は、いつの前にか悪魔の前から姿を消していた。
そのころ少女は、悪魔のはるか後方にいた。背の高い草むらに身をひそめるようにして彼女は立っていた。魔法使いの白い両腕が、弧を描き、頭の上で指を組む。
「ぐぎぎぎぎぎ……」
サーニャが全身の魔力を開放する。その瞬間、華奢な体を覆う魔力が爆発的に増幅する。みなぎる魔力が、周囲の草むらを激しく揺さぶって押しのけてしまう。まるでサーニャにひれ伏すように、草達がこうべを垂れる。過去、サーニャの魔力がこれほどまでに満ちたことがあっただろうか。いや、無い。
「メギドォォォォォォォォーーーーーーーッ!」
怒号。彼女は号泣しながら、上位火炎魔法メギドを唱えた。コウモリ男爵の頭上に超巨大火球が現れる。火球の表面には無数の古代文字が黒く浮かび上がっている。メギドは、その巨大さに反する超スピードで落下を始めた。
「なに!?」
異変に気付いた羽ばたく悪魔が、上空を見上げる。しかしもう遅かった。次の瞬間、火炎は怪物の全身を一瞬のうちに飲み込んだ。
「ぐぎゃあーーーーーーーーーーーーーーッ!」
怪物の断末魔が、草原の彼方に響き渡る。悪魔は身動きすら取れぬまま、サーニャの魔法をまともに浴びた。
炎が消えると、先ほどまでコウモリ男爵がいた場所に、光り輝く玉が落ちていた。悪魔を倒すと、この光り輝く玉に変化する。
勝負は一瞬で決した。
魔法使いは泣きながらエーテルを取り上げると、その手を天に突き上げた。
「うがーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
号泣したサーニャは大口を開けて狂ったように雄たけびを上げる。自分の雄姿を草原に見せつけるようにひとしきり叫び続ける。
そして、叫び終えると、猛スピードで草原ダッシュを再開した。




