16 尾行
◇
「……いた」
ここはパドの街の西大通り……の隅っこに置かれた大きなゴミ箱の裏。ゴミ箱に張り付いたサーニャが、猫のように目を光らせる。右前方、約20メートルの距離には、薄明かりを歩くクゥの後ろ姿。通りの中央を堂々たる態度で歩く少女は、大きな杖を背負っているため、遠目にも目立つ。
サーニャの背後にいるゼロは、意味もわからないまま、こんな場所まで連れてこられて不審がる。
「なんで尾行なんかするんだ?」
そう。突然こんなことを始めるなんて、サーニャはどうしてしまったんだろう。しかも相手はさっき知り合ったばかりの女の子。なんの変哲もない普通の女の子。少なくともゼロの目にはそう見えた。しかしサーニャは血相を変えて少女の尾行を始めたのだ。
振り返ったサーニャがゼロの顔を見て黙り込む。
「な、なんだよ」
いつになく真面目な雰囲気に、気圧されるゼロ。
「あのクゥって子、すごい魔力を持っているの。不自然なほどのね。……なにかおかしいわ」
常に自信満々で偉そうなサーニャが、他人をそんな風に言うのは意外だった。天才魔法使いを自称するサーニャがそこまで言うとなれば、あのクゥという少女は相当な実力者なのだろうが……。
「そうなのか? とてもそうは見えないけど」
「は~、愚かね! これだからシロウトは……」
魔法使いは、やれやれと首を振る。
「はいはい。どうせ俺はシロウトですよーだ」
「あの子の魔力の秘密、正々堂々、解き明かすわよ!」
ゴミ箱に隠れて、謎の決意を固める魔法使い。
「じゃあ、なんでコソコソ尾けるんだよ?」
「う、うっさいわね! 細かいことはいいのよ」
このサーニャという人物は、スラリとしていて、容姿も整っており、黙ってさえいれば聡明そうな美少女なのだが……。いかんせん、やたらと自信家であったり、勝手に人の家に居座ったりと、問題もあった。
「なあ、これってストーカーだろ? 犯罪じゃん。やめない?」
ゼロが尾行の中止を提案するが、サーニャは悪びれもせずに。
「バレなきゃ合法よ?」
「なわけねえだろ!」
どうやら、この魔法使いの倫理観は壊れているらしい。魔法の道を極めるためなら何をしても許されると思っていそうだ。
そもそもゼロには、クゥを尾行する理由がわからなかった。
「クゥはセイントナイトを目指してるんだろ?」
「剣と魔法の騎士ね」
「だったら魔力が強くてもおかしくないじゃん」
「バカね」
「バカとはなんだね」
「いい? 魔力は一日にして身につくものじゃないのよ」
「ウッソだぁ~!」
「ウソじゃないわよ!」
ふざけるゼロに、サーニャがピキる。
「えーと。つまりどう言うこと?」
「んっもうっ! 鈍いわねぇ!」
サーニャの言いたいことが、ゼロにはさっぱりわからない。会話が噛み合わず、サーニャは、ぷりぷり怒る。
「あの子の魔力は、何十年も修行したベテラン魔法使い並なのよ!」
「えっ! なんでそんなに!?」
「だから、それがわかんないから、後をつけてるの!」
ヒートアップしたサーニャの声が、早朝の静寂を切り裂く。
「ム?」
物音に気づいたのか、クゥが道路の真ん中で立ち止まる。おもむろにこちらに振り返った。
「「やばっ!」」と、口を押さえる二人の追跡者。あわててゴミ箱の陰で縮こまる。
クゥが警戒の眼差しで辺りをサーチする。息を殺すストーカー二人。このまま黙っていればやり過ごせるだろう。そんな見立てのゼロだったが、甘かった。どういうわけかクゥは、ゼロたちの隠れたゴミ箱をじっと見つめてくる。そして無言のままこちらに向かって歩き出したのだ。少女の足音が早朝の静寂をひかえめに破る。一歩、また一歩とクゥが近づいてくる。わき目もふらずまっすぐにこちらにやってくる。彼女はついにゴミ箱の手前までやってくるとピタリと足を止めた。ゴミ箱一つ挟んだ向こうにクゥがいる。ゼロの鼓動が早くなっていく。絶体絶命。すると。
「気のせいか……」
つぶやくと、金髪少女は前を向き直り去っていく。
ゼロたちは奇跡的にも見つからずにすんだ。
クゥが十分に離れると、ぷくっと頬を膨らませたサーニャが。
「バレかけたじゃないの!」
「俺のせい!?」
なぜか責任を押し付けられるゼロ。あまりにも理不尽である。元はと言えばサーニャが大声を出したせいなのに。
そんなサーニャは一呼吸置くと、なぜかほくそ笑む。怒ったり笑ったり忙しい。
「どうしたんだよ、急にニヤニヤして」
「あの子、あんなすごい魔力を身に着けたってことは、きっととんでもない修行をしてるに違いないわ。……それが今から見られるのよ」
「――!」
「楽しみじゃない?」
「……ああ」
「ふふ、ふふふ……」
魔法使いがニチャリと笑う。
「へへ、へへへ……」
勇者はキモく返した。
物陰の二人がアホ面で見つめ合っている間に、クゥはパドの街の出口に差しかかっていた。
「ああっ! もうあんなところに! 急ぐわよ!」
「がってんでやんす!」
パドの街を出たクゥは、金髪ボブのさらさらヘアーをそよ風に揺らしながら、街の周囲に広がる草原をトコトコと歩く。天気の良い早朝。太陽は地平線から頭を出したばかり。朝焼けが大地を赤色に染める。ひどく幻想的な雰囲気で、つい見入ってしまうほどだった。街を出て数分、クゥは草原の中で歩みを止めた。
半そで半ズボンの旅人の服を着た少女は、背負っている世界樹の杖を、おもむろに手に取る。
近くの草むらには、隣り合って隠れるゼロとサーニャ。ついにクゥの強さの秘密がわかるときがきた。追跡者二人に、緊張が走る。
「「は、始まる!」」
見開いた目をクゥにロックオンし、不審者たちはゴクリと喉を鳴らす。
するとクゥは体の前に構えた杖を、一層強く握り込む。深呼吸を一つ。その顔は真剣そのもので、食事をしていた時の締まりのなさは微塵もない。クゥが目をカッと開く。
「うおおおおおおおお!」
クゥの気合いが草原に響き渡る。同時、少女は身体の前で杖をバトンのように回転させる。かなりの速さだ。しかも時間が経つほどにバトン、もとい杖の回転スピードがどんどん上がっていく。目で捉えるのが困難なほどに加速した杖が、ヒュンヒュンと空気を切る。
「す、すごい速さだ! あれがクゥの修行なのか!」
ゼロは杖の動きに目を奪われる。しかしどういうことか、サーニャは無表情のまま、ファサっと髪をかき上げる。
「ふっ。甘いわね」
「えっ」
「あれは、ただの準備運動よ」
「あ、あれが準備運動……だと?」
「……本番はこれからってわけ」
魔法使いの視線は鋭い。あの自信家のサーニャが、クゥの修行を今か今かと待ち望んでいる。相手は幼い少女にすぎない。だというのにサーニャは緊張の面持ちでクゥの修業を待ちわびている。いつにない魔法使いの態度は、ゼロにまで緊張を伝え、少年の喉がゴクリと鳴る。
杖のスピードがふっと緩む。どうやら準備運動は終わったらしい。ひとしきり杖を回したクゥは「ふぅ……」と一息つくと、額にうっすらと浮かぶ汗を拭う。
かと思うとクゥが再び身構える。杖の下端を両手で握り、ヘッド側を足元に向ける。そして肩幅よりも少し広く足を開く。
「あ、あれは!?」
ゼロが驚いていると、クゥはゴルフのスイングのように杖を振りだした。そのフォームは、なかなか様になっていて、スイングスピードもかなりのもの。クゥが杖を振るたびに、ぶんっぶんっと軽快な音が鳴る。
取り乱すゼロとは反対に、サーニャは落ち着いている。
「ふふ、まだ準備運動よ」
「そ、そうだよな! だってあれ魔法じゃないもん。きっと今から、すごい魔法を使うんだよな!」
「そうよ! とんでもないことが起こるに決まってるわ!」
そうこうしていると、スイングを終えたクゥが、足元に杖を置く。
「杖を置いた……だと?」
「は、始まるわよ!」
杖の隣におもむろに寝転がったクゥが、お腹の前で指を組んで目をつむる。
「ね、寝転がった! サーニャあれは!?」
「あれは……」
アゴに手を当てたサーニャが、しばし考え込む。
「なにかしら……」
「もしかして昼寝してるんじゃない?」
「なわけないでしょ。修行するって言ってたじゃない。それにまだ朝よ」
しかしクゥは横になったまま、一向に動く気配を見せない。
「絶対寝てるぞアイツ……」
「まさか! だって寝てるだけで魔力が身につくなら、世の中、魔法使いだらけよ?」
「それもそうか」
サーニャの言い分はもっともで、ゼロは妙に納得してしまう。
「んっもー! ゼロってば勘違いさんねー」
「ははは。こりゃまいりましたなぁ」
すると、ほどなくして。
「すぴー……すぴー……」
クゥは草のベッドで寝息を立て始めた。
「「ね、寝てる……」」
ハモるストーカーたち。
サーニャの予想を裏切って、クゥは本当に眠りだした。




