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アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編

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16 尾行



「……いた」


 ここはパドの街の西大通り……の隅っこに置かれた大きなゴミ箱の裏。ゴミ箱に張り付いたサーニャが、猫のように目を光らせる。右前方、約20メートルの距離には、薄明かりを歩くクゥの後ろ姿。通りの中央を堂々たる態度で歩く少女は、大きな杖を背負っているため、遠目にも目立つ。


 サーニャの背後にいるゼロは、意味もわからないまま、こんな場所まで連れてこられて不審がる。


「なんで尾行なんかするんだ?」


 そう。突然こんなことを始めるなんて、サーニャはどうしてしまったんだろう。しかも相手はさっき知り合ったばかりの女の子。なんの変哲もない普通の女の子。少なくともゼロの目にはそう見えた。しかしサーニャは血相を変えて少女の尾行を始めたのだ。


 振り返ったサーニャがゼロの顔を見て黙り込む。


「な、なんだよ」


 いつになく真面目な雰囲気に、気圧けおされるゼロ。


「あのクゥって子、すごい魔力を持っているの。不自然なほどのね。……なにかおかしいわ」


 常に自信満々で偉そうなサーニャが、他人をそんな風に言うのは意外だった。天才魔法使いを自称するサーニャがそこまで言うとなれば、あのクゥという少女は相当な実力者なのだろうが……。


「そうなのか? とてもそうは見えないけど」

「は~、愚かね! これだからシロウトは……」


 魔法使いは、やれやれと首を振る。


「はいはい。どうせ俺はシロウトですよーだ」

「あの子の魔力の秘密、正々堂々、解き明かすわよ!」


 ゴミ箱に隠れて、謎の決意を固める魔法使い。


「じゃあ、なんでコソコソけるんだよ?」

「う、うっさいわね! 細かいことはいいのよ」


 このサーニャという人物は、スラリとしていて、容姿も整っており、黙ってさえいれば聡明そうな美少女なのだが……。いかんせん、やたらと自信家であったり、勝手に人の家に居座ったりと、問題もあった。


「なあ、これってストーカーだろ? 犯罪じゃん。やめない?」


 ゼロが尾行の中止を提案するが、サーニャは悪びれもせずに。


「バレなきゃ合法よ?」

「なわけねえだろ!」


 どうやら、この魔法使いの倫理観は壊れているらしい。魔法の道を極めるためなら何をしても許されると思っていそうだ。


 そもそもゼロには、クゥを尾行する理由がわからなかった。


「クゥはセイントナイトを目指してるんだろ?」

「剣と魔法の騎士ね」

「だったら魔力が強くてもおかしくないじゃん」

「バカね」

「バカとはなんだね」

「いい? 魔力は一日にして身につくものじゃないのよ」

「ウッソだぁ~!」

「ウソじゃないわよ!」


 ふざけるゼロに、サーニャがピキる。


「えーと。つまりどう言うこと?」

「んっもうっ! 鈍いわねぇ!」


 サーニャの言いたいことが、ゼロにはさっぱりわからない。会話がみ合わず、サーニャは、ぷりぷり怒る。


「あの子の魔力は、何十年も修行したベテラン魔法使い並なのよ!」

「えっ! なんでそんなに!?」

「だから、それがわかんないから、後をつけてるの!」


 ヒートアップしたサーニャの声が、早朝の静寂せいじゃくを切り裂く。


「ム?」


 物音に気づいたのか、クゥが道路の真ん中で立ち止まる。おもむろにこちらに振り返った。


「「やばっ!」」と、口を押さえる二人の追跡者ストーカー。あわててゴミ箱の陰で縮こまる。


 クゥが警戒の眼差まなざしで辺りをサーチする。息を殺すストーカー二人。このまま黙っていればやり過ごせるだろう。そんな見立てのゼロだったが、甘かった。どういうわけかクゥは、ゼロたちの隠れたゴミ箱をじっと見つめてくる。そして無言のままこちらに向かって歩き出したのだ。少女の足音が早朝の静寂をひかえめに破る。一歩、また一歩とクゥが近づいてくる。わき目もふらずまっすぐにこちらにやってくる。彼女はついにゴミ箱の手前までやってくるとピタリと足を止めた。ゴミ箱一つはさんだ向こうにクゥがいる。ゼロの鼓動こどうが早くなっていく。絶体絶命。すると。


「気のせいか……」


 つぶやくと、金髪少女は前を向き直り去っていく。


 ゼロたちは奇跡的にも見つからずにすんだ。


 クゥが十分に離れると、ぷくっと頬をふくらませたサーニャが。


「バレかけたじゃないの!」

「俺のせい!?」


 なぜか責任を押し付けられるゼロ。あまりにも理不尽である。元はと言えばサーニャが大声を出したせいなのに。


 そんなサーニャは一呼吸置くと、なぜかほくそ笑む。怒ったり笑ったりいそがしい。


「どうしたんだよ、急にニヤニヤして」

「あの子、あんなすごい魔力を身に着けたってことは、きっととんでもない修行をしてるに違いないわ。……それが今から見られるのよ」

「――!」

「楽しみじゃない?」

「……ああ」

「ふふ、ふふふ……」


 魔法使いがニチャリと笑う。


「へへ、へへへ……」


 勇者はキモく返した。


 物陰の二人がアホ面で見つめ合っている間に、クゥはパドの街の出口に差しかかっていた。


「ああっ! もうあんなところに! 急ぐわよ!」

「がってんでやんす!」


 パドの街を出たクゥは、金髪ボブのさらさらヘアーをそよ風に揺らしながら、街の周囲に広がる草原をトコトコと歩く。天気の良い早朝。太陽は地平線から頭を出したばかり。朝焼けが大地を赤色に染める。ひどく幻想的げんそうてきな雰囲気で、つい見入ってしまうほどだった。街を出て数分、クゥは草原の中で歩みを止めた。


 半そで半ズボンの旅人の服を着た少女は、背負っている世界樹の杖を、おもむろに手に取る。


 近くの草むらには、となり合って隠れるゼロとサーニャ。ついにクゥの強さの秘密がわかるときがきた。追跡者二人に、緊張が走る。


「「は、始まる!」」


 見開いた目をクゥにロックオンし、不審者たちはゴクリとのどを鳴らす。


 するとクゥは体の前に構えた杖を、一層強く握り込む。深呼吸を一つ。その顔は真剣そのもので、食事をしていた時のまりのなさは微塵みじんもない。クゥが目をカッと開く。


「うおおおおおおおお!」


 クゥの気合いが草原に響き渡る。同時、少女は身体の前で杖をバトンのように回転させる。かなりの速さだ。しかも時間が経つほどにバトン、もとい杖の回転スピードがどんどん上がっていく。目でとらえるのが困難なほどに加速した杖が、ヒュンヒュンと空気を切る。


「す、すごい速さだ! あれがクゥの修行なのか!」


 ゼロは杖の動きに目を奪われる。しかしどういうことか、サーニャは無表情のまま、ファサっと髪をかき上げる。


「ふっ。甘いわね」

「えっ」

「あれは、ただの準備運動よ」

「あ、あれが準備運動……だと?」

「……本番はこれからってわけ」


 魔法使いの視線は鋭い。あの自信家のサーニャが、クゥの修行を今か今かと待ち望んでいる。相手は幼い少女にすぎない。だというのにサーニャは緊張の面持ちでクゥの修業を待ちわびている。いつにない魔法使いの態度は、ゼロにまで緊張を伝え、少年の喉がゴクリと鳴る。


 杖のスピードがふっと緩む。どうやら準備運動は終わったらしい。ひとしきり杖を回したクゥは「ふぅ……」と一息つくと、ひたいにうっすらと浮かぶ汗をぬぐう。


 かと思うとクゥが再び身構える。杖の下端を両手で握り、ヘッド側を足元に向ける。そして肩幅よりも少し広く足を開く。


「あ、あれは!?」


 ゼロが驚いていると、クゥはゴルフのスイングのように杖を振りだした。そのフォームは、なかなかさまになっていて、スイングスピードもかなりのもの。クゥが杖を振るたびに、ぶんっぶんっと軽快な音が鳴る。


 取り乱すゼロとは反対に、サーニャは落ち着いている。


「ふふ、まだ準備運動よ」

「そ、そうだよな! だってあれ魔法じゃないもん。きっと今から、すごい魔法を使うんだよな!」

「そうよ! とんでもないことが起こるに決まってるわ!」


 そうこうしていると、スイングを終えたクゥが、足元に杖を置く。


「杖を置いた……だと?」

「は、始まるわよ!」


 杖の隣におもむろに寝転がったクゥが、お腹の前で指を組んで目をつむる。


「ね、寝転がった! サーニャあれは!?」

「あれは……」


 アゴに手を当てたサーニャが、しばし考え込む。


「なにかしら……」

「もしかして昼寝してるんじゃない?」

「なわけないでしょ。修行するって言ってたじゃない。それにまだ朝よ」


 しかしクゥは横になったまま、一向に動く気配を見せない。


「絶対寝てるぞアイツ……」

「まさか! だって寝てるだけで魔力が身につくなら、世の中、魔法使いだらけよ?」

「それもそうか」


 サーニャの言い分はもっともで、ゼロは妙に納得してしまう。


「んっもー! ゼロってば勘違いさんねー」

「ははは。こりゃまいりましたなぁ」


 すると、ほどなくして。


「すぴー……すぴー……」


 クゥは草のベッドで寝息を立て始めた。


「「ね、寝てる……」」


 ハモるストーカーたち。


 サーニャの予想を裏切って、クゥは本当に眠りだした。


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