15 クゥ
気がついたらゼロは走っていた。裏路地を疾走していた。すぐに、いつも見ている扉が見えてくる。自宅の扉だ。急いでノブを回して乱暴に開け放つ。玄関に転がり込む。
「サーーーーニャーーーー!」
大声で叫びながら、短い廊下を駆ける。すぐにリビングに抜ける。そのまま部屋の奥まで走り、ベッドにたどり着く。ベッドの上には、寝ころんで優雅に魔導書を読むサーニャの姿。
ゼロが騒いでいると、サーニャは煩わしそうに上体を起こし。
「うっさいわねえ。朝っぱらから」
少女は読んでいた本を閉じて枕元に置くと、ベッドの上であぐらをかく。
「ひ……ひ……」
今見たことを伝えたいのに、緊張でうまく声が出ない。
「ひ?」
「人が死んでる!」
声を詰まらせながら、やっとのことで言葉を絞り出す。
片肘をついてアゴを乗せたサーニャは、落ち着きながら少年にたずねる。
「どんな?」
「ち、小さい女の子だよ! でっかい杖を背負った!」
「へえ、その子のこと?」
サーニャの視線の先には、キッチンのイスに座って食パンにかじりついている金髪の少女がいた。少女の足元には、彼女の背丈と同じくらいの、大きな杖が置かれている。
「そうそう! この……うわあああああ!?」
さっきの死体がなぜか自分の家にいる。
引きつった顔で悲鳴を上げると、ゼロはサーニャの背後に電光石火のスピードで隠れる。
「あー、うっさい! 朝っぱらから」
背中のゼロをわずらわしそうに見つめるサーニャ。
金髪の女の子は、騒ぐゼロたちを意にも介さず、黙々(もくもく)とパンを食べる。
「ひいいいっ! お、お化けだーーーー!」
「よく見なさいよ。足ついてるわよ」
ちょこんとイスに座った金髪ボブの少女は、床まで届かない足を宙でプラプラさせる。
「もしゃもしゃ」
よほどお腹が空いているのか、一心不乱にパンを食べる少女。ゼロはビクビクしながら、サーニャの背中越しに少女を見つめる。情けない少年の姿に、サーニャは「はあ……」と、ため息をつくと、身軽な動きでベッドから飛び降りる。キッチンテーブルまで行くと、謎の女の子の向かいのイスにドスンと腰かける。テーブルに頬杖をつくと、サーニャは感心したように。
「あなた小さいのに、よく食べるわねえ」
テーブルのイスは二つ。
座る場所の無いゼロは、テーブルの隣に立つと金髪の少女を見下ろし。
「ほっほっほ。なぜ私の食糧を勝手に食べているのですか?」
「ミルクもらっていい?」
金髪少女はゼロの言葉を無視してサーニャに聞いた。
「いいわよ」
「ほっほっほ。ここは私の家ですよ。当然、ミルクも私のものです」
ゼロによる自分のミルク宣言。サーニャはウザそうに。
「うっさいわねえ。ケチケチしてんじゃないわよ」
金髪少女は冷蔵庫から取り出したミルクをコップに注ぐと、トコトコと歩いてイスに座りなおす。そして今度はテーブルの上に置かれたハチミツのビンをじっと見つめて。
「入れていい?」
「いいわよ」
ハチミツ許可に少女の顔が輝く。スプーンを手に取り、ビンに突っ込むと、黄金の液体を山盛りにすくった。
「ぐわーーーーっ!」
貴重なハチミツが一瞬にして減る。絶望的な光景に、ゼロがわめく。
ハチミツがカップに落ちていく。スプーンが空になる。少女は軽くなったスプーンを再びハチミツのビンに突っ込んだ。まさかの第二波。さすがにゼロがゆるさない。
「一杯までだ!」
「いっぱい入れる!」
止めるゼロ。反論する少女。
「ダメだ、ゆるさん!」
「むぅ……」
ゼロがきつい口調で言うと、少女は不満そうにしながら、しぶしぶ手を止める。するとゼロが諭すように。
「人は食べ物をもっと大事にしなくてはいけない」
少年がそんな説教をしていると、サーニャが少女の手からスプーンを奪い取り、ビンにダイブ! こぼれ落ちるほどのハチミツをすくい、ミルクの中に入れた。
「うおーーーーっ!」
「ぬわーーーーっ!」
沸き上がる少女。絶望するゼロ。
「な、なんてことを……」
ゼロの瞳から光が消える。
少女は口元に運んだコップを豪快に傾ける。小さなノドが奔放に動き、カップの中が一気に空になる。小さな体で実に見事な飲みっぷり。
「うめえ!」
満面の笑みを浮かべた少女が。
「もう一杯飲んでいい?」
「いいわよ」
「ほーーーーっほっほっほ! 少しは遠慮しなさい!」
容認するサーニャ。制止するゼロ。
少女は躊躇なくコップに牛乳を注いだ。ゼロの言葉は効果がなかったらしい。
「無視ですか! ほーーーーっほっほっほ!」
「あんた朝ごはん食べてないくせに元気ねえ」
サーニャは、呆れているようにも感心しているようにも取れる態度でツッコむ。
ぐう……。
ゼロのお腹が鳴った。
「……俺も食うか」
ゼロはサーニャと交代してイスに座ると、謎の少女と共に朝食をとることにした。
ゼロが食事を始めてしばらくすると、正面に座る謎の女の子は、明るい声で。
「ふー! 生き返ったぞ! ごちそうさま!」
「ごちそうしたつもりはないが」
満足そうな女の子に、ゼロは本心で返すと。
「で、なんであんなところで寝てたんだ?」
そう。少女は先ほど、街で倒れていた。
「ずっとなにも食べてなかったのだ」
「お腹が減って倒れちゃったってわけね」
コクリとうなづく少女。
「あら?」
何か気になることでもあったのか、サーニャは金髪少女の元まで行くと、足元に置かれた巨大な杖を拾い上げる。えらく神妙な顔つきで杖を見つめている。
テーブルに片肘をつき、頬杖をついたゼロが。
「ん? その杖がどうかしたのかサーニャ?」
「この杖、ものすごい魔力を感じる……」
「世界樹の杖だぞ」
金髪の少女が、なんとはなしに言う。その瞬間――。
「世界樹の杖ですって!?」
なにやら露骨に驚くサーニャ。
「なんだよ世界樹の杖って?」
「膨大な魔力を秘めた、めちゃくちゃすっごい杖よ! 世界樹の杖一本で豪邸が建つって言われてるんだから!」
魔法使いは、いつになく興奮している。
「たかが杖一本で!?」
「たかがどころじゃないわよ! 滅多に手に入らない超レアアイテムなんだからね! このあたしですら初めて見たのよ」
サーニャは、思いもかけず巡り合ったレアアイテムに緊張しているのか、心なしか表情が硬い。
「ちょ、超レアアイテム……。なんて素晴らしい響き……」
その言葉にゼロはうっとり。
レアアイテム。それは人を惹きつけてやまない。
レアアイテム。それは人を惑わせる。
レアアイテム。それは魔法の言葉。
「なんでこんな貴重な杖を……。あなたは何者なの?」
イスで足をプラプラさせている少女は、イスから飛び降りて姿勢を正す。
「ボクはクゥ。セイントナイトになるために修行の旅をしている」
金髪ショートの小さな女の子は、クゥと言うらしい。
「セイントナイトって?」
初めて聞く単語にゼロが首をかしげる。すると、サーニャが人差し指を立てて。
「王宮付きの騎士のことよ。剣と魔法のスペシャリストね」
「へえ! クゥはそのセイントナイトってのになりたいのか」
「うむ! セイントナイトになれば宮殿のごちそう、食べ放題!」
豪華な料理を思い描いているのか、クゥが締まりのない口元でニマニマする。小さい体に似合わず食いしん坊。
「食い意地張ってんなあ」
「がはは!」
140センチに満たない小さな体が、豪快に笑う。栄養補給も十分と見えて、すこぶるパワフル。
クゥの横にいるサーニャは、なぜか黙ったまま少女を見つめている。その視線は真剣そのもので、ベッドで寝ころんでダラダラしている時とは、まるで別人だった。
「ん? どうしたサーニャ」
「い、いえ。なんでもないわ」
ゼロが声をかけると、サーニャは慌ててクゥから視線をそらす。
(なんだ?)
サーニャの態度が引っかかったものの、ゼロは特に深くは追及しなかった。
その後、ゼロとサーニャも自己紹介して、三人でしばらく談笑を楽しんだ。
「よし」
突然、クゥがイスから飛び降りる。
「あら、どこか行くの?」
ベッドに腰かけたサーニャが聞いた。
「修業の時間だ」
クゥが急に真顔になる。その顔からは、さっきまでの締まりのなさは完全に消えている。決意に満ちた表情だった。
テーブルに頬杖をついたゼロが。
「修行?」
「ウム。セイントナイトになるための厳しい修行さ」
クゥは足元に置いてある世界樹の杖を拾い上げて背負う。
「世話になった」
「おう。達者でな」
「さらばだ。二人とも」
ちょこんとした少女はそう言い残すと、せまい歩幅で玄関に向かう。小さな背中が家を出ていった。パタンとドアが閉まった。その瞬間。
「行くわよゼロ」
サーニャは、めずらしく真面目な顔をしている。
「行く? どこへ?」
「あの子を追うのよ! 急いで。見失っちゃうわ」




