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アナザーロール  作者: 清澄 武
第1章 旅立ち編

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14/61

14 死体



 顔があたたかい。窓から差し込む朝日が顔にかかっている。パジャマ姿のゼロが自宅の床で目を覚ます。


 Q.なぜ床で寝てるの?


 A.昨日押しかけてきた自称天才魔法使いのサーニャに、ベッドが占拠せんきょされているから。


 なので昨晩、ゼロはしかたなく床で寝た。


(本当に泊まっていきやがった……)


 木製の床に寝そべったゼロは、目をシパシパさせると、図々しくも無許可宿泊した少女について考える。


(まいったな……。あの子、どうしよう……)


 途方とほうに暮れるゼロ。どうにも我の強い彼女は、勇者の剣の秘密を知るまで、帰る気がないらしい。しかしゼロからしたら、その話は昨日終えたのだが……。すると、目と鼻の先にあるキッチンから、なにやら物音がすることに気づく。


 ゼロは、床に座ると、透き通るブルーの瞳でキッチンを見る。淡い紫色の長髪を、腰のあたりまで垂らしたサーニャが、背中をこちらに向けて立っている。気が付けば、なんだかいい匂いがする。どうやら彼女は朝食を作っているらしい。


 スラリと痩身そうしんで色白な少女は、ヒザ下の露出ろしゅつしたそでなしの紫ローブを着ている。このあたりは朝方こそ涼しいものの、昼前くらいになれば、じっとしていても、うっすらと汗ばむほどに暑くなる。サーニャの格好は、温暖おんだんなこの地方に似つかわしいものだった。


(朝飯作ってくれるとか、案外、気がくんだな)


 意外にも早起きなサーニャ。しかも朝食まで作ってくれている。案外優しいところのある同居人を、ちょっぴり見直したゼロは、ぼんやりとするまなこをこすると、おもむろに立ち上がる。パジャマを脱いで、赤いTシャツと白い長ズボンといういつもの格好に着替えると、よく履き慣らしたブラウンのブーツに足を通して、キッチンに行く。そしてサーニャの背後から。


「あーら、サーニャさん。ご機嫌きげんよう。いい朝ね。そろそろお家へお帰りになったら?」


 お嬢様言葉で帰宅をうながす。


「ごきげんようゼロ。よく眠れたかしら?」


 サーニャは背中越しに、上品なあいさつを返してきた。


「わたくし繊細せんさいザマスの。硬い床では熟睡じゅくすいできなくってよ」

「おっほっほ。あたしはよく眠れたわよ?」

「そりゃあベッドならなっ!」


 うらみを込めて吐き捨てるゼロ。


 しかしサーニャはゼロの言葉など右から左。お構いなしに料理を続ける。と。


「よっしゃー、できた!」


 どうやら朝食が完成したらしい。


 ごきげんなサーニャは、プレートに盛りつけた料理をキッチンテーブルに並べる。イスにドスンと腰かけると、目の前の朝食に、紫色の瞳を輝かせる。


 ゼロは反対側のイスに座り。


「悪いな」

「あら、どうかしたの?」


 サーニャは不思議そうな顔。


「俺の分も作ってくれたんだろ?」

「あたしの分しかないわよ?」


 悪びれもせずに、無慈悲むじひなセリフをく魔法使い。さすがにひどすぎる。テーブルを叩きつけたゼロが勢いよく身を乗り出し。


「はあ!? そりゃないだろ!」

「だってゼロってば、寝てたんだもの。残っちゃったらもったいないでしょ?」

「冷蔵庫にしまうとかあるじゃん」

「料理は作りたてが一番おいしいのよ。知らなかった?」


 人差し指を立てたサーニャが、子供をからかうような調子で言う。


「じゃ、いただきまーす!」


 パンッと手を合わせて元気よく食事の開始を告げると、サーニャは皿の上の料理を次々と口に運ぶ。


「ああっ! 俺のハムと卵焼きが!」


 大事な食材が少女の口に消えていく。絶望。まさに絶望だった。


 サーニャは口をモゴモゴさせながら。


「トーストとコーヒーもあるわよ。あたしの分だけ」

「チキショウ!」


 おいしそうな料理を見せびらかしてくる。なんてひどいやつだ。


「じゃーん! プチトマト~!」


 薄情な魔法使いが、真っ赤に熟した実をゼロの口元に近づける。れたてなのか、新鮮な緑の匂いが鼻を刺す。口をパクリとすると、少女はサッと手を引っ込める。そして自らの口にポイッと放り込み。


「おいしー!」

「ひどい!」


 あんまりな所業。ゼロの目がうらめしく光る。そんな中、サーニャがさらに追い打ちをかける。


「あ、ヒマならベッドメイクしといてくれる? 食事が終わったら横になって魔導書を読むから」


 少年のことをまるで召使めしつかいとでも思っているのか、少女はごくごく軽いノリで仕事を申し付ける。プチンッ。ゼロの中で何かが切れた。ドンッとテーブルを叩き付けると、荒々しくイスから立ち上がり。


「もうキレた! こんな家、出ていく!」


 少年は玄関に向かってズカズカと歩く。その途中もムカムカが止まらない。ゼロが家を出る直前、背後から聞こえる居候いそうろうの、のんきな声。


「暗くなるまでには帰ってくるのよー」


 サーニャの忠告ちゅうこくを無視して、ゼロは我が家を飛び出した。



「クッソー。サーニャのやつ、居候いそうろうのくせに好き放題しやがって……」


 家を飛び出したゼロは、ぶつぶつと愚痴ぐちりながら早朝の路地裏を歩く。路地裏の突き当りにあるゼロの家から大通りに行くためには、この道を通るしかない。路地裏は両サイドを建物の壁に囲まれているため、日中であっても、ほんのりと薄暗い。ましてや朝日が顔を出したばかりとなれば、なおさらだ。


「寒っ……」


 心なしか、いつもより空気が冷たい。足元はブーツだし、お気に入りの漆黒しっこくのマントだって羽織はおっている。温かいこの地域にしては、十分に着込んでいるほうだ。というか、この街でこんなに暑そうな格好をしていたら、変わり者の烙印らくいんを押されたっておかしくない。空を見れば雲はほとんどなく、きれいな朝焼けが見える。そもそも、この街において肌寒さを感じることなんて、めったにない。街全体を包む空気が、どこかいつもと違う……。


(この後どうしよう。こんな朝早くじゃ店もやってないし……)


 朝焼けに染まる空をながめながら、今後の予定を考える。正直なところ、外にいたところでやることはない。正直、家に帰りたい。しかし自ら飛び出した手前、帰りづらい。帰ったところで、間違いなくサーニャに、からかわれるだろう。それは絶対にイヤだった。


「まったく。なんで俺がこんな目に……」


 ぶつくさ愚痴ぐちりながら大通りに出た瞬間、ゼロは、なにかに足元を取られた。考え事に夢中で、完全に油断していた。世界がひっくり返る。


「ぶべっ!」


 へんてこな態勢で地面と激突。肉体ダメージは無いものの、精神に、ほんのり効く。サーニャから受けた仕打ちといい、今日は朝からとことんツイてない。


「なんだあ……?」


 自らを転ばせたハタ迷惑な相手を確認するため、ゼロは、うつ伏せのまま足元に顔を向ける。そこには、10歳くらいの小さな女の子が、うつ伏せで倒れていた。どうやらこの子に、つまづいたらしい。


「子供……?」


 少女の髪は金色で、肩くらいまでの長さのボブヘアー。半そで半ズボンの旅人の服を着ている。丈夫な布地で仕立てられていて、長旅をする者が好んで着る服だ。そして、少女の背中には、ひときわ目を引く大きな杖。杖は少女の背丈ほどもあり、小柄な彼女には明らかに不釣り合いなサイズだ。


 見覚えのない子だった。服装からして、たぶん旅人。そこまでは察しがつくものの、なぜこんな場所に倒れているのかまでは見当もつかない。


 倒れている女の子に歩み寄る。


「ねえ、大丈夫?」


 返事がない。


「おーい、こんなところで寝てるとカゼひくよー?」


 再び声をかける。やはり返事がない。それどころか女の子は倒れたまま微動びどうだにしない。その肌は病的に白く、血の気がまるでない。何度も呼びかける。反応なし。何かがおかしい。いや、何がおかしいかに本当は気づいている。だけど信じたくなかった。まさかそんなことが自分の身の回りで起こるわけがない。そんなことはフィクションの世界の話。まさか自分の身に降りかかってくるわけがない。脳が現実を受け入れることを拒否してくる。だけどいくら現実から目を背けたところで、それはまぎれもない事実。耐えがたい現実。ゼロはついにその言葉を口にした。


「し、死んでる……」


 なぜこんなところに子供の死体が。


 なぜこんな朝っぱらから。


 なぜよりにもよって、自宅の近くで。


 昨日この道を通った時には、少女はいなかったはず。となれば、この子がここに倒れたのは、ゼロが帰宅した後ということになる。


 ――いや、本当に倒れたのか?


 嫌な想像が頭をもたげる。そんなことは本当は考えたくない。今すぐに自分の頭の中から追い出してしまいたい。でもそんなことをしても、現実は何も変わらない。だけどそんなことを信じたくない。その考えを否定するために、もう一度考えてみる。だけどやはり無理だ。考えは変わらない。変えることができない。いくら考えても、その可能性を否定できない。


 ――少女は“誰かに放置された”のでは?


 それはつまり……。……。その先を考えることを脳が拒絶する。その先の言葉をつむぎたくない。嫌だ。今すぐに、この場から逃げ出したい。だけど……もしも……。もしもこの少女が“自分でここまでやってきたのではない”のなら。それが示す答えは一つしかない。それは――。


 ――少女は誰かに殺されてここに放置された。


 ……いや。まだそうと決まったわけではない。事故の可能性だってあるのだ。


 あたりには争ったような形跡けいせきはない。


 じゃあ事件ではない? いや、わからない。ここではないどこかで事件に巻き込まれた後に、ここまで運ばれて放置されたのかもしれない。情報が足りない。思考をめぐらせるためのパーツがあまりにも不足している。目の前の事実だけでは答えを導くことができない。


 わからない。わけがわからない。わからないことだらけだ。


 しかし自分の生活圏で人が死んでいる。それだけは動かしようのない事実。耐えがたい現実。目の覚めた悪夢。


 ゼロの視界がらぐ。唐突とうとつに日常が崩れ去り、急激に現実感が失われていく。


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