13 勇者の剣
倒れたセラが慌てて立ち上がろうとする。
「痛っ!」
しかしセラは立ち上がることができない。顔をゆがめてもがいている。
(足が……)
転んだ拍子に片足をひねったらしい。しかしだからと言って止まってはいられない。怪物は今にもセラに襲いかかろうとしている。うつぶせ状態のセラが仰向けになる。無事な足と両手を使って、怪物から離れようともがく。当然、こんなスピードで逃げ切れるわけはない。しかし少しでも距離を稼げば、ゼロが逃げる時間を作れる。もはや最後のあがきだった。
しかし抵抗もむなしく、すぐに追い詰められる。セラは目の前に迫った怪物を見上げて、自嘲気味に笑う。
「運がないねえ……」
「さよなら」
怪物は感情のこもらない声で別れを告げる。悪魔からしたら人間なんて取るに足らない存在なのだ。
次の瞬間、圧倒的パワーの怪物によって、セラはつぶされるだろう。両者の戦力差は歴然。セラには、あらがう術はない。A級悪魔の前では、人間など砂つぶ以下の存在でしかない。
しかし怪物は、セラを見下ろしたまま静止している。
どういうわけか一向に攻撃する気配を見せない。
(な、なんだい……?)
セラがいぶかしげに怪物の動向をうかがっていると、なぜか目の前の怪物も、セラ同様、いぶかしげな目つき。
(――なに? なぜ動かない?)
怪物が自分の足を見る。
サイクロプスの背後にゼロがいた。
ゼロはサイクロプスの足を、片手でつかんでいた。
怪物が無言のまま、ゼロを見つめる。
(なに、この力……)
と。
「はあーーーーーーーーーーーーーーっ!」
少年が片手で怪物の体を持ち上げる。
「なにいっ!?」
浮かび上がった怪物が驚愕の表情を浮かべる。
「えっ!?」
セラが思わず声を上げる。
ゼロは持ち上げた怪物を、中央広場に向かって力いっぱい投げ飛ばした。怪物の巨体が東大通りを凄まじいスピードで飛んでいく。サイクロプスは一瞬のうちに中央広場まで飛ばされると、出店の一つに盛大に激突した。轟音を立てて屋台が崩れる。壊れた屋台から外れた横断幕が、怪物の頭にかぶさった。
それは信じがたい光景だった。セラは固まって言葉を失っている。
壊れた屋台に倒れかかっているサイクロプスが、巨大な目を見開く。
(――なにが起きた!?)
怪物はしばらくの間、呆然とすると、頭にかかった横断幕をどかす。そしておもむろに立ち上がり。
「なんなの……。なんなのあの子供……」
ぶつぶつと、ひとり言を漏らす。
「ホント生意気! すぐ殺す!」
怒りをあらわにした悪魔が、東大通りを睨みつける。敵対者を殺すべく、赤い瞳が少年を探す。
しかしそこにはセラの姿しかない。
どういうわけか、少年の姿がいつの間にか消えていた。
(ヤツがいない! どこ!?)
怪物は大きな瞳をゆっくりと下に動かす。怪物の足元には、いつの間にかゼロがいた。
瞬間、巨大な全身が震えあがる。同時、大きな足が地面を蹴った。青緑色の大きな塊が後方に飛びのく。ゼロから十分に離れた位置に、悪魔は着地した。
「い、いつの間に……」
広場の隅に移動したサイクロプスが、広場中央のゼロを観察する。先ほどまでは一切見せなかった慎重な行動。サイクロプスは明らかにゼロを警戒していた。
「キミ、何者なの?」
「俺はゼロ」
淡々とした口調だった。
悪魔が苦い顔をする。今の少年は、サイクロプスを前にしても、なんらの動揺も見せない。怪物を全く恐怖していない。人を恐怖させることを好むサイクロプスにとって、それは屈辱以外の何物でもないだろう。
怪物はふと、自身の両手を見る。大きな手が、かすかに震えている。いや、手だけではない。巨大な全身は、広場の片隅でぬれた子犬のように震えていた。
たかが人間の、たかが子供ごときに、A級悪魔であるサイクロプスは恐怖していたのだ。
「なにこれ……」
真っ赤に染まった一つ目が、最大まで開かれる。
「あああああああああああああっ!」
怪物は空に向かって咆哮すると、ゼロを睨みつける。
「キミ、ナマイキィィィィーーーーーーーーッ!」
怒号をまき散らしながら、青緑色の怪物が疾走する。巨体が進むたびに、大きな足底が石畳にヒビをいれる。十分過ぎるほど加速した怪物は、大きく腕を振りかぶると、小さな人間めがけて、怒り任せに拳を打ち込んだ。
ゼロはその攻撃を、片手でたやすく受け止めた。
「なにいぃぃぃぃーーーーーーーーっ!?」
絶叫するサイクロプス。同時、ゼロも叫んだ。
「はーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
ゼロの手が光り輝く。
その手から、鈍い光を放つ巨大な剣先が現れ、サイクロプスの腹に直撃する。
「うごおおおおおおおおおっ!」
サイクロプスの体が浮く。怪物を持ち上げた剣先は、勢いを落とすことなく、西大通りのはるか彼方へ伸びていく。剣はサイクロプスを西大通りの終わりまで押しのけたところで、動きを止めた。
剣に持ち上げられた怪物の全身から、ガクリと力が抜ける。悪魔の全身が煙に包まれていく。一筋の風が吹き、煙が消えると、そこにサイクロプスの姿は無かった。かわりに、その場所には光輝く玉が浮いていた。ストンと地面に落ちた玉は、輝きを放ちながら、コロコロと転がっていく。
静寂に包まれる街。そこには、ありえないほどに巨大な剣が横たわっていた。
◇
「ちなみにその時の報酬で買ったのが、こいつ」
イスに座ったゼロは、手のひらサイズの携帯ゲーム機を、正面のベッドに腰かけるサーニャに見せびらかす。
「三年来の相棒なのよ、俺たちは! へへっ!」
端末を握りながら、照れるように鼻をこするゼロ。
「まさか俺がこんなに強かったなんてな。でも、その時に気づいたんだ。俺はきっと『勇者』なんだって」
昔を思い出して、どこか遠い目のゼロ。
黙って聞いていたサーニャは「はえ?」と、ポカン顔。……しかしすぐにベッドから身を乗り出し、ゼロにぶつかりそうなほどに顔を近づけて。
「いやいやいや! 剣は? その剣はどこから来たの?」
「……さあ?」
「はあ!?」
まるで他人事なゼロ。イラだったサーニャが、自身の両ももをドンッと拳で打ち。
「ぜんっぜん説明になってないっ!」
魔法使いは露骨に不満顔。
とは言えサーニャの怒りも当然で、少年の話は剣の真相をまるで語っていない。
「ていうか、そもそも勇者って何よ?」
「世界の平和を守るのが勇者なんだよ」
自信満々に答えるゼロ。
直後、少女は、なにかに気づいたのか、あごに手を当てて目を細める。
「ははーん。さてはヒミツにする気ね? いいわ。そっちがその気なら、教えてくれるまで、ここにいるから!」
「はあ!? ここ俺んちだぞ!」
わけのわからないことをのたまうサーニャに、ゼロがイスから立ち上がって抗議する。
負けじとサーニャもベッドから立ち上がり。
「だからなによ! いいでしょ、減るもんじゃないし!」
「減るだろ! スペースが!」
「なによツンツン頭!」
顔をプクーッと膨らませたサーニャの口から出たのは、ゼロの悪口(?)。
「髪型は関係ないだろ!」
けだし正論である。
サーニャはベッドに豪快に飛び乗ると、大の字で寝ころび。
「おやすみー」
「ああっ!? 俺のベッドで!」




