意外な提案
食堂は今日も繁盛していた。
メニューも増え、従業員も増えたが、店長がエリスということと、牛すじ煮込みが看板商品というのは変わらない。
変わったことと言えば。
「牛すじ煮込み、セットで一つ」
今日も無愛想な男性が食堂に来ていた。
「昨日もそれでしたよ」
「今日もそれで」
「はいはい。かしこまりました」
第一印象が最悪だったため、エリスの態度は冷たい。
ガシャンと音が鳴るほど乱暴に、できたての牛すじ煮込みセットを男性の前に置く。
男性は出されたセットを無表情で機械的に食べる。そして、食べ終わるとなんの評価もせずに金を置いて帰っていく。
一人で黙々と食べるのだが、食べ終えるのにたっぷり1時間かかる。
他の客と食べるペースがまるで違う。
うまいうまいと言いながら、あっという間に気持ちよく皿を空にする他の客と比べて、明らかに遅い。
あまりの遅さに、エリスはやきもきしながら食べ終わるのを待っていた。
遅い上に無言、無表情。
おいしいと思って食べているのか、まずいと思って食べているのか、エリスにはわからない。
「国に帰るんじゃなかったんですか?」
嫌味たっぷりに聞いてみたが、男性は無言で食べ続ける。
今日もたっぷり1時間をかけて食べ終え、金を置いて出て行くのだろうと思っていた。
「なぜもっと、料理の見た目に気をつかわない?」
相変わらずの無表情で聞いてくる。
嫌味というよりは、純粋な疑問なのかもしれないと思ったエリスは、素直に答える気持ちになった。
「味が良ければ売れます」
「貴族向きじゃない」
「食堂ですからね」
痛いところを突かれている。
殿下に似た男に言われると、純粋な疑問でも腹が立つ。
「お嫌なら、来なければいいでしょう?」
別に、来てくれなんて言ってない。
言外にそう告げるエリスの目を、男性はじっと見つめてきた。
「レオン」
「はい?」
「俺の名前だ」
「はぁ」
気のない返事をするエリスに、レオンは平坦な口調で言う。
「1日、働かせてくれ」
「へ?」
「1日だけでいい。ここで働かせてくれ。金は払う」
無表情の中で、口だけを動かすレオンに、エリスは数秒固まった。
そして、ぷるぷると震えてから、レオンに静かに言った。
「舐めてます?」
「なに?」
「1日だけなら、こなせると思って、舐めてます?」
殿下もそうだが、レオンもそうだ。
料理を、キッチンを舐めている。
どうせ貴族のお坊ちゃんが、楽しそー。俺もやりたーい。なんて甘い考えで言っているのだ。
「わかりました。いいでしょう」
エリスはレオンを睨むと、静かに言った。
「明日は四時から来てください」
「四時?夕方の?」
鼻で笑いそうになるのを、ぐっとこらえて、エリスは静かに言った。
「朝の四時です。私たちの仕事を、味わっていただきましょうか」
このお坊ちゃん、泣かせてやる。
エリスは静かにそう決意するのだった。




