閉店後の迷惑客
食堂は今日も繁盛していた。
メニューも増え、従業員も増えたが、店長がエリスということと、牛すじ煮込みが看板商品というのは変わらない。
「エリスお嬢様。デザートメニューのリクエストが来ています」
閉店後の後片付けを始めるニールの言葉に、ぎくりとするエリスだ。
デザート作り。
エリスにとって、側転しながらパスタを食べるより、調理が難しい料理だ。
しかし、ニールに嘘はつけない。
「ごめんなさい。私は菓子、デザート系の料理が作れないの」
ニールが目を丸くして、心の底から意外そうに呟く。
「お嬢様にも、作れない料理があるのですね。恥ずかしながら、淑女と言えば、菓子、ケーキ好きだと思っておりました」
「食べるのが好きなのと、作れるのとは別なのよ。作ったスフレを見て、元婚約者がなんて言ったと思う?」
「なんですか?」
「干からびたスフレって言われたわ」
殿下の顔を思い出して腹が立ち、そんなふうに言われて落ち込んだ過去の自分に、より腹が立つエリスだ。
「どうしたら、ケーキ作りが上手くなるのかしらね」
エリスのため息を遮るように、入り口の戸がノックされた。
エリスとニールが顔を見合わせる。
「申し訳ありません。今日は閉店しました」
ニールが扉を開けると、黒髪黒目の意思の強そうな男性が立っていた。
エリスより頭一つ分背が高く、上からニールを見下ろしてくる。
「客が来たのに、閉めるのか?」
威圧的な態度にニールが数歩下がると、男性は店内に入ってきた。
「礼儀がなっていないようだな」
一歩も引かないその態度に、ニールは息をのんだ。
「閉店です。お引き取りください」
エリスは毅然とした態度で、ニールと男性の間に割って入る。
「お、お嬢様」
「開店時間以外に来るのは、お客って言わないんですよ。迷惑、または強盗って言うんです」
高圧的な男性が怖くないわけじゃない。
けれども、エリスは祖母の孫だ。
毎日祖母と話していると、自分も斧を振り回せるんじゃないかという気持ちになってくる。
「金を倍出す。早くしてくれ」
威圧的な態度と、話を聞かない姿勢に、ますますエリスは腹が立った。
どっかの殿下を思い出させる男性を、エリスはきっと睨んだ。
「貴方みたいな失礼な人に、食べさせる食事はありません。お帰りください」
「ここの食事を食べなければ、帰れないんだ。出してもらおう」
「人の話を-」
怒鳴りそうになったエリスを、ニールが慌てて止める。
「わかりました。しかし、もう閉店時間ですので、食材の余りもありません。私のまかないとして残しておいていただいていた食事を、お譲りするのでも構いませんか?」
「ちょっとニール!それはあなたのために-」
ニールはエリスを引っ張って、ひそひそと話す。
「お嬢様。あのお方は、この国の方ではありません」
「それがどう」
「しかも、かなり階級が高いお方です。私も元服屋の店員ですので、身なりを見ればわかります。王族の方でもおかしくありません」
「だからなに?階級が高かろうが、隣国だろうが、時間外は時間外よ」
「そうおっしゃらずに。何か事情がおありなのかと思います。早く閉店させるためにも、ここは食べさせて、お帰りいただいた方が賢明かと」
ニールとしては、お嬢様の安全を確保することが何よりも優先だった。
そして、このお嬢様は、真摯に頼めば自分のお願いを聞いてくれることもわかっている。
殿下似の男に従いたくない。でも、ニールのお願いは聞きたい。
エリスの葛藤は数秒だった。
「二倍じゃ足りないわ。従業員のための残業代含めて、三倍払ってもらうわ」
「ふん。強欲め。いいだろう」
男性は椅子に座ると、横柄に言う。
「早く持ってこい」
一発殴ってやろうかと拳を握るエリスを宥めて、なんとか牛すじ煮込みセットを男性の前に配膳した。
「茶色いな。華やかさが足りん」
無表情で告げられた評価に、机をひっくり返したくなったエリスだ。そんなことをしたら、食材が無駄になるので絶対にしないが。
「早く食べて、帰ってくれませんか」
これ以上聞くに耐えなかったので、エリスが鋭く言う。
男性は無表情のまま、スプーンを持って牛すじ煮込みを口に運んだ。
気に入らなければ、怒鳴り散らすかもしれない。ニールは息をのみながら、男性の反応を見ていた。
エリスは味に自信があったので、鼻を明かしてやろうとやる気満々である。
さあ。美味しいと言いなさい。不遜な態度をとって申し訳なかったと言うのよ。
ニールと同じように、じっと反応を見ていた。
固唾をのんで見守られる中、男性は少しも表情を動かさず、咀嚼する。
そして、無言のまま二口目を口に運んだ。
なるほど。ほとんどの場合は、一口目に感想を言うものだが、この男は全部食べてから感想を言うんだなと、エリスは一人納得する。
男性はそのままもぐもぐと牛すじ煮込みとお手製のパンを平らげ、水までしっかり飲んだ。
今度こそ、何か言うのかと思い、エリスが構えていると。
「約束の銅貨3枚だ」
机の上に銅貨3枚を、にこりともせず置く。
「え?は?」
感想を待ち構えていたエリスが、目を白黒させていると。
男性は立ち上がり、そのまま出て行ってしまった。
「なに…今の?」
後には、呆然と立ち尽くすエリスと、ほっとため息をついたニールだ。
美味しいという評価は出なかったが、怒鳴られて居座られるよりは問題はない。
「まずかったってこと!?」
エリスがわなわな震えていると、ニールは慌てて首を振る。
「お嬢様。独特な舌を持つ方もいらっしゃいます。お気を落とさず、明日も頑張りましょう」
ニールの慰めは、エリスにとってあまり慰めにはならなかった。
どことなく殿下に似ていた迷惑客に向けて、思いっきり叫ぶエリスである。
「二度と来ないでちょうだい!この馬鹿舌!」
第一印象が最悪だったこの男性が、後々エリスの運命を大きく変えることを、この時のエリスはまだ知らなかった。




