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3/13

初めてのお客様

祖母が経営しているという食堂は、隣国にあった。

どんな食堂なんだろう。食堂というからには、たくさんの人がいて、がやがやしているんだろう。

たくさんの人にもまれ、たくさんの仕事に追われれば、この傷ついた心も少しは癒えるかもしれないと、エリスはさっそく食堂の様子を見に行くことにした。

「こちらです。お嬢様」

エリスは希望に胸を膨らませながら、馬車から飛び出した。

そんなエリスを迎えたのは、お客の気配すらない、閑古鳥が鳴く食堂だった。

ぽかんと見上げるエリスを、風見鶏がくるくると見下ろしている。

「こ、ここ?」

食堂が建てられてから1、2年。公爵家の名前も一応出ていると思うのに、この人気のなさ。

希望がみるみるしぼんでいくのを感じたが、エリスは首を振った。

従業員に挨拶をして、状況を確認しよう。

「こんにちは」

扉を開けて中に入ると、中年の男性が机に脚をのせて、酒を飲んでいた。

行儀の悪さに目を白黒させていると、キッチンから初老の男性が出てきて、エリスに頭を下げる。

「エリスお嬢様。お出迎えしなくてすいません。当食堂のシェフ、ニールです」

そのニールの手には、掃除用具が握られている。

「ここは、おばあさまの食堂だと聞いていたのだけれど、おばあさまは?」

「はあ。半年いらしていません」

「シェフの貴方が、どうして掃除用具を握っているの?」

「従業員は私一人だけでして。ほとんど人が来ないので、毎日掃除をしております」

エリスは天を仰いだ。

想像とかけ離れている。

ここからどうしようと、頭が真っ白になっていると。

「おい、姉ちゃん!酒!」

机の上に足をのせた中年男性が叫んだ。

エリスのこめかみがぴくりと痙攣する。

どいつもこいつも、男という生き物は、どうしてこう、自分に命令してくるのだ。

「飲み過ぎです。ご飯を食べたらいかが?」

「はは!ここの飯は、高くてまずいんだよ!知らねえのか!?」

エリスがニールを見ると、ニールは小さくなった。

「申し訳ございません。私は元々シェフではなく、服屋の従業員でして…。家督を息子に譲り、定年後の仕事でここに雇われております」

つまり、ニールは畑違いの仕事をしているというわけだ。

「わかりました。ニール。従業員の服はある?」

「え?」

「まさか、洗濯していないの?」

「いえ!新しいのが確かにあります。こちらです」

エリスは案内された部屋で手早く着替えると、食堂のキッチンに入った。

ニールが震えながら聞いてくる。

「お嬢様。本当に料理をするおつもりですか?」

「悪い?メニュー票はある?」

「この国では、貴族の方は料理なんてしません。隣国では、貴族の方が料理をするんですか?」

「もちろんよ。キッチンを取り仕切るのは、その屋敷の女主人の務めだわ」

だから、晩餐の儀が成り立つのだ。

ニールからメニュー票を受け取ったエリスの眉間が、ぎゅっと寄った。

「…なにこれ?」

「メニュー票です」

「トースト一皿三銀貨?高すぎるわよ。トーストだけなら、一銅貨もとれないわ」

「ですが、特別なパンを使っています。三銀貨でも赤字でして…」

「売れなければ、もっと赤字でしょう?…まさか、古いパンを使っていないでしょうね?」

エリスの言葉にニールは縮こまった。

怒鳴りそうになるのを、エリスはぐっと我慢する。

ニールは畑違いなのによくやってくれている。その証拠に、キッチンはとても清潔に磨かれ、顔がうつりそうなくらいなのだ。

「ごめんなさい。貴方に当たっても仕方がないわよね。お金をあげるから、そのお金で安い食材を買ってきてくれない?あと、パンの材料も」

「安い食材とパンの材料ですか?」

「食材は食べられればなんでもいいわ。パンの材料はメモするから、お願いね」

ニールにお使いを頼み、エリスは硬いパンを細かく切り、即席のラスクを作った。

「ビールを持ってきたわよ」

机に脚をのせて騒ぐ客のところに行くと、客をぎろりと睨む。

「足をおろしてくださらないと、料理を机に載せられないわ。それとも、貴方は靴を食べるのかしら?」

「なんだよ!うるせぇな!」

「おろしなさい。出て行ってもらうわよ」

エリスの凄みに、客は悪態をつきながらも足をおろした。

「はい。どうぞ」

机の上にビールとラスクをのせると、客はきょとんとした。

「俺はこんなの、たのんでねぇぞ?」

「サービスです。一人でも、来てくれていることに、感謝しますわ」

男性客はラスクを一つ摘まむと、パクリと口の中に入れた。

サクサクという小気味のいい音と共に、口いっぱいにバターの風味が広がり、バジルの香りが鼻腔を通る。

「う、うめぇ」

夢中で食べていると、あっという間になくなった。

「姉ちゃん!このサクサクのやつ、おかわり!」

「おかわりはお金とるわよ」

「いくらだ?」

「そうね…。銅貨1枚で、籠いっぱいかしらね」

「2枚だすから、一つは包んでくれ!」

「はいはい」

エリスがラスクを出すと、男性客はまた一口食べた。

食べてから、涙を静かに流し始めたので、エリスはぎょっとする。

「え!?辛かった!?」

「違う…。違うんだ…。このパン、硬くて…」

「硬すぎた!?」

男性客は首を振ると、静かに話し始めた。

「俺は兵士で、ずっと遠征で家を空けててな。帰ってきたら、妻も子供もいなかった」

エリスは隣に腰を下ろしながら、ただ頷いてみせた。

「残されてたのは、硬いパンだけでな…。これを食べたら、そのパンを思い出したんだ…」

「辛い記憶ね…」

「辛いけど、こんな風に、硬すぎても美味くなれるんだな」

それ以降は静かにラスクを食べきって、エリスから残りのラスクを受け取ると、明るく言った。

「悪かったな。机の上に足はもう載せないから、またよらせてくれ」

「おまちしております」

エリスが頭を下げると、男性客は手を振って帰っていった。


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