父親の思惑
食堂を臨時休業させて、エリスは実家に帰った。
父親には何も期待していないが、挨拶だけでもしようと思ったのだ。
相手が礼儀知らずだからといって、自分まで礼儀知らずにならなくてもよいのだ。
「さて。どんなことを言われるかしら」
庶民の食堂の切り盛りなんて、淑女らしからぬ行為だと、また怒鳴られるかもしれない。
晩餐に出席できなければ、国王の勅命を無視することになるので、拘束されることはないだろう。
しかし、なにがあるかわからない。ある程度の覚悟はしておこう。
腹に力を入れたエリスが実家を訪れると、すぐに公爵である父親に面会ができた。
怒鳴られるかと身構えたエリスに、公爵は満面の笑みで話し始める。
「よくやったな。エリス」
その笑みを不審に思いながら、エリスは椅子に座った。
「お前の噂はこちらまで来ている。国王も、今回の晩餐がうまくいった方を、殿下の婚約者とするそうだ」
父親の手のひら返しの意味が理解できたエリスだ。
つまり公爵は、エリスがまた次期国王の婚約者に返り咲ける可能性が出てきたので、家に戻そうとしているのだ。
とてもわかりやすい。
そして、公爵は自分がエリスに怒鳴り散らした過去を忘れてしまったんだと、呆れてしまった。
「お父様。まだ晩餐がうまくいくとは限りません」
だいたい、もうエリスは殿下と婚約する気がない。
あんな食べ物を粗末にするような人間は願い下げだ。
食べ物を粗末にするような人間が、国王になる未来に不安は感じるが、それはエリスとは関係ない。
そう。自分は食べ物を大事にして、料理がうまい人と結婚したい。
例えば-。
エリスの頭の中で、微笑む人が浮かんだが、頭を振って追い出した。
今はそれどころじゃない。
「全力を尽くしますが、マリアンヌ嬢はとても華やかな料理を作ります。私にはマリアンヌ嬢のような、宮廷料理は作れません。とても不利な状況に、私は置かれているのです」
「なに。大丈夫だ。こちらは最高の食材と最高のシェフを用意する。お前は、ただ味見をして頷けばいい」
エリスの片方の眉がきれいに跳ね上がった。
「お父様は、私に料理をさせないおつもりですか?」
「先程お前が言ったではないか。お前に宮廷料理は無理だ。だから、私が用意してやる」
「私が連れてきた従業員は?」
「解雇しろ」
怒りを通り越して、ため息が出た。
ほとほと呆れて、エリスは席を立つ。
「お父様。いいえ。公爵閣下。お話はそれだけでしたら、私は辞去させていただきます」
「なに?」
「私が国王に指名されたのです。自分の料理と、一緒に働いてきた従業員と共に、私が国王に料理を提供します」
エリスに反抗されると思わなかった公爵は、数秒固まっていたが、慌てて怒鳴った。
「馬鹿な!お前の茶色い庶民料理が、宮廷料理に通用すると思っているのか!?私に恥をかかせる気か!?」
「勝手に恥をかいてください」
部屋を出て家を出て行こうとするエリスに、公爵は「許さんぞ!」「勝手なことをするな!」と怒鳴りながら追いかける。しかし、エリスはどこ吹く風で歩いていく。
娘がこんなに自分を無視するなんて、公爵は考えたことがなかった。
隣国に出すときには、自分が怒鳴れば黙り、うつむいて泣いていたのに。
そんな娘はどこにもいない。
いるのは、家の看板を頼りにせず、自分の実力で立っている料理人だった。
「お前とは縁を切ってやる!人は出さない!お前一人で恥をかくがいい!」
最後の公爵の遠吠えに、エリスはやっと足を止めて振り返った。
玄関からの光が逆光となり、公爵からエリスの表情は見えない。
「お見送りありがとうございます。晩餐でお会いしましょう」
優雅に一礼すると、エリスはそのまま出て行ってしまった。
「どいつもこいつも、茶色茶色茶色」
エリスは玄関先で足を止め、公爵家を振り返る。
「目にもの見せてやるわよ」
それ以降は一切振り返らず、エリスは公爵家を後にしたのだった。




