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14/19

クマ出没注意

35匹目の熊は、ツキノワグマだった。

胸のところだけ白く、身体は真っ黒。

エリスは可愛らしいクマのクッキーとして、この世に華々しくデビューさせてやりたかった。しかし、結果はツキノワグマだった。

「ニール…。どうして私は、クッキー一つ作れないのかしら…」

自分を情けなく思うエリスに、ニールは慌てて言う。

「お嬢様。努力の跡が見られる、とても良い作品だと、私は思います」

「ニール。食べ物は、普通、作品とは呼ばないのよ」

「芸術的な物は、そう呼ぶに値します」

「やめろニール。余計に傷つけるだけだ」

レオンはツキノワグマクッキーをつまむと、かじりつく。

ゴリゴリという固い音を部屋中に響かせたあと、ごくりと飲み下す。

「とても個性的で、忘れられない味だと思う」

「やめてよ。余計に傷つくわ」

「お嬢様…」

ニールがハンカチで目尻を抑える。

「牛すじビーフシチューまで成功させるお嬢様がなぜ…」

「ここまでいくと病かもしれん」

「お疲れ。今日も飯食いに来たぞーって、なんだ?置物まで作る様になったのか?」

エリスが店長に着任する以前からの常連客が入ってくると、驚いたようにクッキーを見る。どうやら、食べ物として認識されていないようだ。

「飯がうまいから、変な商売に手を出すのやめろよ」

「変な時間に来て、褒めてるのか、貶してるのか、わかんないこと言わないでください」

「変な時間じゃないだろう?3時のおやつの時間だ。甘い物、なんかないか?」

エリスとニールがじっと常連客を見るので、常連客は少したじろいだ。なんだこの空気は?と思っていると。

「レモンタルトはどうだろうか?」

「ああ。食い逃げの罪を、ちゃんと反省するのね」

「そうだ」

キッチンからレモンタルトを出したレオンは、三人に一皿ずつ出す。

「うまそうなタルトだな」

常連客、ニール、エリスが同時にレモンタルトを口に入れる。

レオンが固唾を飲んで見守る中、エリスの緊張の顔が柔らかく解けていく。

サクサクの生地に、柔らかいカスタードクリーム。そして、カスタードクリームの甘味と一緒に広がる、レモンの酸味。

「おいしい!」

エリスは二口目をすぐに口に運ぶ。

味の強すぎるケーキは途中で飽きてしまうこともあるが、このレモンタルトは全く飽きがこない。

夢中で食べて、あっという間になくなってしまった。

「これうまいな。相当高い材料を使ってるんじゃないのか?」

「それほどでもない。ちゃんと店長からもらった金額内だ。レモンはニールの庭で採れた物を使った」

「でき過ぎてしまったんです。こうやって使っていただけるのであれば、幸せです」

驚きのおいしさに、エリスは思わず叫んだ。

「これは私たちだけが独占するのはもったいない!もっと色んな人に食べさせたい!」

エリスが興奮しながら言うが、レオンは首を振る。

「大袈裟だ。気に入ったのであれば、レシピを君に教えるから、君が作ればいい」

謙遜するレオンに、エリスはツキノワグマを掲げてみせる。

「…悪かった。だが、菓子を作るのは秘密なんだ。皇子が菓子を作るなんて、聞いたことがないだろう?」

「聞いたことないけど、実際おいしいのよ。忙しいと思うから、毎日がダメなのもわかる。そうね」

エリスは天啓を得たりと、輝く目で言った。

「週2回だけの限定メニューとして、少量販売しましょう!皇子やりながら、焼けばいいわ!」

「いや、しかし」

「さすがお嬢様!素晴らしい案です!」

客からのリクエスト、余りすぎたレモンの消費、孫を食堂に誘う口実、なによりも、エリスの菓子作り失敗による諸々の経費削減。それらの問題が全て解決できる案に、ニールは飛びついた。

「週2回か〜。毎日でも良いけどな」

常連客は呟くが、止める気はないらしい。

レオンはなんとか止めようと口を開いた。しかし、キラキラ光る3人の目、特にエリスの期待に満ちた瞳を見て、何も言えなくなった。

「わかった。でも、それ以上は公務があるから無理だ…」

「決まりね!」

飛び上がって喜ぶエリスを見て、レオンは苦笑いをする。

大変なことを引き受けてしまったが、エリスと長い時間を過ごせる、良い口実でもある。

彼女の料理をする姿を、近くで見られる。

彼女が自分の作った菓子を食べる姿を、近くで見られる。

そのためなら、多少のリスクは仕方がないだろう。

エリスとニールが楽しそうにメニューを作るのを見ながら、レオンはこっそり微笑んだ。

レモンタルトは週2回、数量限定だったが、知る人ぞ知るメニューになった。

評判を聞きつけたエリスの祖母が、手土産に近衛騎士団隊長に渡したことにより、評判がさらに広がる。

その評判が、隣国の王宮にまで届くとは、この時のエリスはまだ知らなかった。


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