第二皇子レオン
閉店後の食堂は静かで、レオンの声がよく通る。
「俺の母が、今の王妃様とは別人だということは、知っているな」
「ええ。今の王妃様のご実家の料理長だった方とお聞きしています」
レオンは現国王の妾の子供だったので、貴族からは遠巻きにされやすい。
実際エリスも、父親から近づくなと言われていたので、レオンと今まで会ったことがなかった。
父親の言うことをちゃんと聞いていた、いい子だった頃の自分が懐かしい。
「俺を身ごもったが、母は王妃様と争いたくなかったらしい。1人で俺を産んで育てる決意をした。そして、王宮を出たんだ」
女性1人で城を出て、子供を産み、育てる。
その決意をするのに、どれだけ勇気がいるだろう。
エリスには想像もつかない。
「母親には、父親は死んだんだと言われていたよ。俺は疑いもしなかった」
「寂しくなかったんですか?」
エリスの言葉に、レオンは俯いて、空になった皿を見つめた。
「母がいたから、寂しくなかった。生活も楽ではなかったが、それも母が毎日手料理を作ってくれたから、辛くなかった。ひとり親であることで、心ない言葉を投げられることもあったが、母がいれば耐えられた」
エリスには、生まれた頃から父親と母親と、使用人がいた。
衣食住に困ることがなかったエリスには、レオンに何も言えない。
「牛すじ煮込み」
「え?」
「俺の母も、よく作ってくれたんだ。安く手に入って、うまく調理すればとても美味い。大好きな料理だ。君の牛すじ煮込みを食べると、母を思い出す」
お金はないが料理の技術はある。
レオンの母親は、たくさんの工夫をして、レオンを育てていたのだろう。
「母の料理をしている姿が好きで、よく母を手伝っていたよ。手伝ううちに、俺も料理が好きになって、特に菓子作りが好きになってね」
皿を見つめていたレオンが顔をあげて、初めてエリスに笑いかけた。
心臓がどきどきするほど、穏やかな笑顔だった。
「パティシエになるのが夢だったんだ。俺が甘いものを作って、母さんがメインを作る。でも…」
火が消えたように、レオンの笑顔が消えた。
「母は死んだ」
そう。レオンの母親は流行病に侵され、亡くなったとエリスも聞いている。
「叔父は、王宮からの多額の補償金と引き換えに、俺を王宮に戻した。
後は君も知っていると思う。周りからの圧力に潰されまいと、必死に努力中だ」
肩をすくめて言うレオン。
「必死に努力中だから、冷徹皇子なんて言われてるんですか?」
「そうだな。最近は、努力、努力でだいぶ口数が少なくなっていた。あと」
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
全身から力を抜き、思いっきり脱力したようだ。
「母の料理よりも、美味いものに出会えなかった。特に最近の王宮の料理は、見た目ばかりで、味が落ちているからな。口数も少なくなるし、表情筋も固まるだろう?」
「確かに。王宮の料理のレベルは落ちてますし、今日の貴方は、めちゃくちゃしゃべりますね」
「そうだな」
レオンは立ち上がると、改めてエリスに頭を下げた。
「数々の非礼を詫びよう。エリス嬢。そして、また食べさせて欲しい」
エリスも立ち上がると、頭を下げた。
「こちらこそ、口が過ぎました。ぜひまた食べに来てください」
お互い顔を上げると、笑い合う。
やっと、本当のレオンに会えたような気がした。
「では、馬鹿舌の誰かさんに聞かれたら、君の料理は素晴らしかったと言っておくよ」
「それは、ぜひぜひ、お願い致します」
レオンは静かに扉を開け、別れを告げて出て行った。
「まさか、第二皇子だったとはね」
第二皇子にしておくのは、もったいない菓子作りの腕だった。
第二皇子じゃなかったら、こっちがお金を払って雇うのに。「1日だけでいい。ここで働かせてくれ。金は払う」と言っていたから、今回は謝礼という形に……。
「んん?謝礼?」
そういえば、お金をもらっていない。
参加させたらくれると言っていた、謝礼をもらっていない。
働かせていたのだから、そこまで要求するのはどうだろう?という自分と、いや!約束は約束だ!謝礼がないなら、食べさせたお金は取り立てるべきだ!という自分がせめぎ合う。
そしてエリスは、結論に到達した。
「食い逃げ!許すまじ!」
またレオンが来たら、このネタで強請り、また菓子を作らせようと誓うエリスだった。




