あわれな大根
衝撃発言を聞いたエリスとニールは、すぐにレオンを吊し上げ、食堂から叩き出す!…ということはしなかった。
「わかりました。夕方もよろしくお願いします」
てっきり、悪口雑言が飛んでくるのかと思いきや、エリスが言ったのはそれだけだ。
「もっと何かないのか?」
キッチンに入ったエリスを追いかけて、レオンもキッチンに入る。
ニールもオロオロとキッチンに入ってきた。
「俺は、お前を傷つけた男の、弟なんだぞ?」
エリスは無言で、野菜を洗い始める。
「兄と同じように、茶色い料理だと罵ったことを、なぜ責めない」
野菜を切る手を止めて、エリスは真っ直ぐにレオンの瞳を見た。
「素晴らしかったです」
「なに?」
「貴方のタルトは素晴らしかったです。私の料理を、批評するに値します」
レオンは今まで、たくさんの人間に賞賛されてきた。
剣の腕を褒め称えられ、馬術を褒め称えられ、容姿を褒め称えられた。
みんな、第二皇子であるレオンに取り入ろうと、心にもない賞賛をしてくる。
そして、陰でこそこそとレオンの悪口を言うのだ。
真っ向から悪口を言ってくる兄の方がまだ付き合いやすいと、何度思ったことか。
怒る気力もなく、王宮で広がる自分の噂話をただ聞き流していた。
だが、エリスは違った。
嘘偽りなく、レオンのタルトを称賛したのだ。
打算のない褒め言葉を、レオンは一瞬受け止められなかった。
数秒してから、やっと返答ができる。
「ああ…。ありがとう…」
後から思えば、もっと気の利いた言葉が言えたのではないかと思ったが、その時はそれが精一杯だった。
「夕方のラッシュが始まります。準備を進めてもよろしいですか?」
レオンは何かを言おうとしたが、慌ててニールが止めた。
「当食堂が一番混む時間帯です。これ以上、時間を無駄にできません」
「しかし」
「閉店後でも、できる話です」
レオンはまだ何か言いたそうだったが、目が据わったエリスを見て、何も言えなくなった。
「菓子ができるならば、ちょうどいいです」
ギラリと光る包丁で野菜を素早く切りながら、エリスは平坦な声で言った。
「私のために働いていただきますよ。第二皇子レオン様」
ずどん。
まるまる太った大根が、一刀両断された音だった。




