第1話 王宮の床磨きに忙しいので、お局伯爵令嬢の「うざい花嫁修業指導」は秒速でゴミ箱に捨てます
トントン、トントン。
我が家の古びた台所に、小気味よい包丁の音が響く。
「よし、できたわ!」
お弁当箱の中に並ぶのは、ニンジンを可愛いお花の形に飾り切りした特製のおかずだ。
お肉の油分で冷めても固くならないよう、かつて我が家にいた料理人が涙ながらに教えてくれた「簡単で美味しい魔法の調理法」を凝縮してある。
我が家は中堅貴族とは名ばかりの、家計が火の車の男爵家だ。
数年前、最愛の母が亡くなった。
大恋愛の末に母と結ばれた父は、そのショックで心と体を病んでしまい、領地経営もままならなくなって収入が激減。
今は少しずつ回復し、実家の小さな庭の手入れや弟妹の勉強を見るまでにリハビリが進んでいるけれど、女主人が不在の我が家は火の車だ。
身を焦がすような激しい恋愛の果てに、あんな風にボロボロになってしまう父の姿を見て、私は誓った。
――恋愛なんてコスパが悪い。
激しい恋にうつつを抜かす暇があるなら、とにかく手に職!生活力!お父様が完全に立ち直るまでは、長女の私が何としても頑張って稼がねば!
こうして私は料理人を雇う余裕のない我が家で自ら包丁を握り、王宮へ侍女として出稼ぎに出るようになったのだ。
「待っててね、今日も王宮でしっかり働いて、生活費を稼いでくるからね」
食の細い弟が少しでも喜んでくれるよう工夫した「キャラ弁」の包みを大切にカバンにしまい、私は元気よく家を出た。
――王宮。
「ふん、ふふーん♪」
私は使い古された、けれど手入れの行き届いた雑巾を手に、無駄のない動きで廊下をピカピカに磨き上げていく。
同僚たちが嫌がる重要書類の仕分けも、「我が家の家計簿のやり繰りに比べれば!」と、ものすごいスピードで片付けていく。
汗を流して働くのは最高に気持ちがいい。
そこへ、廊下の向こうからヒラヒラとした派手な衣擦れの音が響いてきた。
現れたのは、現役大臣の娘であることをいいことに王宮でお局として君臨する、伯爵令嬢のファビオラ様だ。父親のコネを自分の実力だと大勘違いしている、うざさ満点のお嬢様である。
「あら、あなた今日もそんな泥臭いお仕事?可哀想に。男爵家はお労しいわねえ」
頼んでもいないのに、ファビオラ様は私をねぎらい《見下して》扇子をパタパタと仰ぎ始めた。
「いい?侍女の仕事なんて適当にいなして、通りかかる殿方に微笑みかけなさいな。私なんて、若き宰相様と近衛隊長のギルバート様に想いを捧げられていて本当に悩ましいの。二人に愛されて辛いわ。一人としか結婚できないのですもの。どちらを選んでも悲しませてしまうでしょう?……ああ、美しさって罪ね」
(……二人に愛されてって。お二人とも、あなたの姿が見えた瞬間に直角に曲がって全力で逃げてますけど…。ファビオラ様のお父様から縁談を申し入れられているという噂のギルバート様に至っては、かなり引きつった笑顔のような……)
私は心の中で盛大に突っ込みを入れながら、「左様でございますか」と大人の対応で受け流す。
「分かったら、私のように殿方に愛される仕草を身につける事ね。あなたのためを思って言っているのよ?」
「温かいお言葉、恐れ入ります。ですが私、今日の市場のタイムセールで大根を買いに走らねばなりませんので、これにて失礼いたします!」
最近咳が止まらない弟。
亡きお母さま直伝の大根のシロップは効果絶大なのだ。
私はペコリと頭を下げると、唖然とするファビオラ様をその場に残し、テキパキと次の掃除場所へと移動した。
私の頭の中は、育ち盛りの弟妹の晩ご飯のメニューと、カバンに入った可愛いキャラ弁のことでいっぱいだった。
まさかこの後、あのうざいお局令嬢が、その大切なお弁当に目を付けるとも知らずに――。




