#1/君とはもうさようなら。
———意味の感じない一日が始まった。
透が学校へ行く足取りは重かった。当たり前だ。
透には小さい頃から一緒にいる大切な幼馴染がいた。白菊 沙耶という明るく元気で、子供っぽい幼い笑顔を浮かべるような子だ。
一緒にいて楽しい。透も関わっていてそう思える子だった。
* * *
学校ではいつも通り、朝のショートホームルームが始まる。みんな半袖ワイシャツ。ドロドロとした蒸し暑い夏の日だ。
透は墨をかけたかのように、黒い髪を目にかかったままで俯いている。透には人が寄らぬまま時間が過ぎ、チャイムが学校中へ響いた。
それと同時に、入室してきた担任の先生は出席確認を始める。次々に呼ばれていく名前。「はい。」という短い返事が続いていた。
「柳本 透さん。」
「はい。」
薄い黒い返事をした。
そのまま出席確認は進み、朝のショートホームルームも終わり、授業も進んでいった。
そして、特に意味も感じぬまま時間が過ぎ、帰りの時間となった。6時間目が体育だったため、疲れが続いており、夏の暑さだけでハァハァと息を吐く。息苦しく感じる。エアコンの運ぶ冷たい風だけが、唯一の助け舟のように感じた。でもずっと自分に当たっているわけじゃない。
「さようなら。」
帰りの号令をして一斉に人が動く。帰る人の群れに飲まれて、透はそのまま帰路を進んだ。
昇降口、校門を出て、なにもない道をずっと真っ直ぐ進む。踏切で電車が通り過ぎるのを待ち、通り過ぎたらゆっくり再び歩き始めた。
何分か歩いた頃、商店街まで着いた。この歩道を直進する。やはりどれだけ時間が経っても立ち直ることはできない。
俯きながら歩いていると視界がグラッと揺れた。足がもつれて転んでしまうな、と自覚した。
———倒れた先は車道だった。
車の明るいライトが目の前まで近づいてくるのがわかる。眩しいなと思う。諦めかけていた。沙耶のいなくなった世界に今、意味など感じてはいない。ここで別に死んだって構わない。
そう透は思った。
そのまま視界は黒い暗がりに包まれた。
* * *
どのくらい経っただろうか。瞼をゆっくりと持ち上げる。車道に倒れて、車に惹かれそうになって…そこからの記憶がない。
でも目の前は、車道でも病室でもない。レッドカーペットの派手な床。同じような紅色の壁。一定間隔に均等に並べられたライト。
「カジノみたい…だな。」
ドラマなどで見る。賭け事をしていそうな所。先には大きな扉があり中の様子はわからない。透はここがどこなのかわからず、周りをぐるぐると見渡していた。
目の前には品位の漂う立ち姿。赤橙の刈り上げられたボリューム感のあるパーマがかかった髪。オニキスのような黒色の燕尾服。紅色で黄色の縁のついたマスカレードマスクをつけている。
「ようこそお出でいただきました!」
嫌でも耳に潜り込んでくるような通った声で両手を広げた。歓迎しているのだろう。
「私、此処の司会人でございます。ベルジットと申します。どうぞよろしく。」
甲高い声とともに、男性的な低く響く声が終始見える。透はベルジットの差し出したてを恐る恐る掴み握手をする。
「柳本 透です。此処は…?」
透は此処の正体をベルジットに聞いた。目が覚めたらいきなり此処にいたのだ。不思議に決まっている。
「まぁまぁそんなことは中には入ればすぐわかりますよ。」
ベルジットは握手した手をそのまま握って、透を引っ張ってドアまで連れて行った。
「さっ、入ってください。」
「…はい。」
透自身に危害は加えてこないし、悪い人のではないのだろうと信じるしかなかった。少なくとも見知らぬ場所と人。安全ではなかった。
身長の倍くらいある大きな扉。最初は片手で開こうとしたが扉が重いため両手で押した。
扉の隙間から中のざわめきが、海の波のように押し寄せてきた。
———同じ台に数人集まって遊戯をしている。
予想通り賭け事をするような広々とした会場が広がっていた。
「貴方は今夜開催される遊戯の参加者。もう貴方以外揃っておりますよ。」
「遊戯の参加者…!?そんなの知らない。」
「そぉですね、確か!貴方と同じように高校生くらいの参加者、いましたね。ほらあそこに。」
ベルジットは透の言葉を無視し、自分の話題を進めた。ベルジットが指さした先には、白いワンピースを着た高校生の女の子が立っていた。
太陽のような笑顔。夏の涼しさまでも感じさせるような声色。向日葵の黄色を垂らしたような美しい瞳。明るく光を放つように見える、茶髪。
「沙耶…?沙耶…なのか!?」
どう見ても沙耶だった。長年見てきた顔を、姿を見間違うはずなどない。
「あれっ、透!…久しぶりっ?」
弾むような君の声。懐かしい…君に会えなくなってからそこまで経っていないはずなのに。
どうして沙耶はそこにいるのか。どうして僕は沙耶と再開できたのか…そしてこの会場は一体何なんだろう。
そんな疑問も忘れるくらい、僕は沙耶に再開できて嬉しかった。




